応募された短歌2,634首 歌人・東直子さんが選歌 さらにNHKスペシャルで特集

NHK
2023年5月11日 午後1:51 公開

3月14日の放送で「春」をお題にした短歌を募集したところ、わずか2週間で2,634首が集まりました。ご応募ありがとうございました。

歌人の東直子さんに選歌していただきましたのでご紹介します。また、桑子真帆キャスターの心にとまった歌も掲載します。

5月28日には、今回の短歌作品をもとに制作した『NHKスペシャル』も放送予定です。番組中、お寄せいただいた歌が多数登場しますので、どうぞお楽しみに!

(クローズアップ現代取材班)

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応募された短歌によく使われていた言葉

お寄せいただいた2,600首あまりの短歌には、春を迎える気持ちや卒業、新スタート、恋愛についてなど、さまざまな思いがつづられていました。

どのような言葉を用いて歌が詠まれたのか「ワードクラウド」という手法で可視化したところ、次のようになりました。大きく表示された言葉ほど、多く使われたことを表しています。

ワードクラウド

最も用いられた言葉は、お題でもあった「春」。喜びも憂いも「春」という言葉に託して詠んだ方が多かったようです。

続いて「桜」「花」「咲く」「君」など。花の季節が象徴されているようですね。また「マスク」「花粉」といった言葉が見られるのも興味深いところです。

歌人・東直子さんによる選歌

番組にご出演くださった歌人の東直子さんに依頼し、2,634首の中から特に優れた短歌を選んでいただきました。東さんは「素晴らしい作品ばかりで、大変難しい選歌でした」とおっしゃっていました。

特選3首、秀作10首、佳作30首をご紹介します。

歌人・東直子さん

(歌人・東直子さん)

<特選>

並びはじめた春色のブラウスに触れる小川をさわるみたいに     古川柊

洋品店に淡い色のブラウスが並び始めたことで春の訪れを知る、という季節の捉え方が新鮮である。やわらかくて、つやがあって、さらりとした触感があるブラウスの生地の感覚が、清らかに流れる春の小川のイメージにつながる、その詩的な飛躍が心地よい。都市の建物の中の洋品店と、ノスタルジーをかきたてる春の山や野原に流れる小川という対照的な風景が、指先の感覚によってひとつながりになる構成が素晴らしい。「みたいに」と、カジュアルな話し言葉の言いさしで終わっている点も余韻が残り、効果的。とめどなく水が流れ続ける小川の感覚とも響き合う。

生ぬるい渡り廊下で不合格通知を見たらゆるんで春、きた      むく

受験した学校の渡り廊下を通って、合格者の番号が掲示されている場所まで歩いていったのだろう。「生ぬるい」という体感が、春の空気感と、不安を抱えてどきどきしている主体の心情を代弁している。掲示を見た結果は、残念ながら不合格。ある程度覚悟はしていたものの、一気に脱力したのだろう。「ゆるんで春、きた」が絶妙である。「生ぬるい」という感じはあったものの、春という季節感までは感じることができないほど緊張していたのだ。ダメだったのか、という落胆とともに、張りつめていた心がほどけ、もう春がきていたことに初めて気づいたのだ。「、」によって、気持ちにいったん区切りをつけたことが伝わる。

三色丼を食みたる午後は菜畑を飲み込んだ大女のねむさ       二宮史佳

春の体感を象徴する強い眠気を、ファンタジー風味を加えてユニークに表現している。お弁当の定番でもある三色丼の、卵の黄色とそぼろの茶色、サヤエンドウの緑が、そのまま菜畑の風景を連想させる。遊び心のある比喩で、菜畑をまるごと飲み込んでしまった大女の妖怪のようなものを想像した。三食丼を平らげてお腹がいっぱいになった午後は、眠くなる。この歌の舞台は職場だと思うが、明るい日の差す春の真昼の菜の花畑ののどかさがなだれこんでくる。この歌を読んだことによって、お昼ご飯を食べたあとの眠さに新しい豊かさが与えられたようで、眠たくなる度に思い出しそうだ。

<秀作>

軽トラの窓から顔を出す犬の鼻の先から季節が変わる      朝田おきる

「軽トラ」と「犬の鼻」との取り合わせにぐっとくる。軽トラは、工務店や植木屋さんなどが仕事の道具を運ぶために使われることが多い。この犬は、飼い主の仕事に同伴しているのだろうか。鼻がよく効く犬が春を一番に感じるのだ。風を感じる。

誰もいない春の車両に呼びかける名前のなかにひとりがすんで   ひろたえみ

誰も乗っていない車両。けれども、春のふんわりとあたたい車両の中はなんらかの気配に充ちている。だから会いたい人の名前を呼びかける。「いる」ではなく「すんで」いることがポイントだろう。名前の中に、その魂はずっと暮らしているのだ。

プリーツにまもられていた両膝を風にさしだす卒業の朝     高野文

上の句で両膝をかくすくらいの長さの制服のスカートを着ている女学生の姿がくっきりと浮かぶ。早春の風が吹いてひざ小僧が少し見えた。それを「風にさしだす」としたことで、卒業後の新生活で、風の吹く方へ立ち向かっていこうとする潔い意志が感じられる。

オーロラの首輪ゆらして春の鳩そうだね冬をくぐりぬけたね     紡ちさと

歩くたびにきらきらと光る鳩の首にオーロラを見出すという独特の見立てが目を引く。それは春になって日差しが少し強くなったことでもある。街の中で年中見かける鳩だが、野生動物として寒い冬を乗り越えたのだ、という観点は独特で、やさしい。

アパートの下見を終えて川沿いを桜のつぼみ数えて帰る    中村マコト

一首の背後から情景とその後の時間が広がる。これから住むことになる街には川があり、桜の木がある。うれしい気持ちで数えていた桜のつぼみは、引っ越してくる頃には満開になっていることだろう。シンプルな景色の描写に気持ちが伝わる。

この春のあいだに捨ててゆく部屋で深夜ラジオにメールを送る     海老沼夕

退去予定の部屋から深夜のラジオ番組に当ててメールを送っている。「捨ててゆく」という動詞が複雑な心境をはらんでいることを伺わせる。この部屋でつづった言葉が、ラジオを通じて別の場所で聞くことになるかもしれない。時空間の不思議なつながりが味わい深い。

最初からピンクで生まれ最後までピンクのままだ いいな、桜は   岩松ぽむ

桜の花は、葉が出る前にピンクの花を咲かせる。そして、あっという間に散る。それを「いいな、桜は」と、人を羨ましがるかのように表現していて新鮮。人間である自分はきれいなピンクだけで生きるわけにはいかないという苦味がにじむ。

非正規で終わる三月自転車のギアを一段軽くして漕ぐ   一色凛夏

三月は年度の終わりの時期。今期も非正規のままで終わり、四月からの期も同じ条件が続くということだろう。悔しさが滲む。自転車のギアを一段軽くすれば速度は落ちるが、負荷は軽くなる。力んでいた心を少し軽くして進もうとする意志を投影している。

百円を入れて望遠鏡で見るかぎり世界はみな春休み      飯田和馬

観光地などにある有料望遠鏡で景色を眺めた。「百円」の範囲内で見える世界は、すべてが春休みのようにのんびりとしている。「見るかぎり」には、それ以外の視界にはのんびりしてはおれない状況なのだということを暗に示してもいるように思う。

箸で割く黄身溢れ出す目玉焼き朝から春が動き始める      yosi

目玉焼きの黄身がどろりと流れ出す感じを、春という季節が動き始める感覚に結びつけた。不思議な取り合わせだが、実感を伴う説得力があり、色あいが春らしい。黄身を箸で割く行為は、新しい世界へ入っていくときの違和感や緊張感につながる。

<佳作>

あたらしい本にスピンはみどり児のような姿勢でおめでとう春        高尾里甫

あたたかくなったら 白い息でした約束を守るために乗るバス       瀬戸口祐子

胸の白木蓮狂う春の晴れ実家のは父が切ってしまって        アナコンダにひき

光とか硝子で出来たサラダですこの春を生き延びてください         小林菫子

春棺 すべての過去を弔った形の木には桜が燃える              Odora

一本が見えればつくしの目になれるその一本がまだ見つからない       こうゆき

生まれたての朝を思うよそよそよとふきのとうみたいな小さなあくび  わきもとあやこ

春、それはあなたが揺り戻される日のひかりのような再来だろう         後藤

カーテンを外した部屋はがらんどう窓のひかりが春を揺さぶる       村瀬ふみや

春の道歩けばふいに思い出す父の親指にぎっていたこと          金倉かおる

自転車を止めて眺める人ひとり去りて桜は花こぼしたり            月下桜

イヤホンの落とし物はいずれ変わる薄いピンクの桜に変わる          シラソ

廃線のトンネルの向こうは青い海記憶の中に春の風吹く         はらだまさこ

いち面の菜の花の上の青い空ウクライナの国旗に切り取る        しろつめくさ

透明なあをのゼリーでたっぷりと眼中みたすやうなハルソラ        大重知加子

わかってて捨てていけないものばかり春の埃はひなたの匂い         鈴木精良

信号を待つ春の橋あたらしい風はコートを身に馴染ませる          外川菊絵

公園の鳩の間を春風はポップコーンを転がしてゆく              音羽凜

くすぐられてさみしいばかり 春の手をにぎりかえせばわたしも春に     永汐れい

憂鬱な確定申告終えた今サティの曲が春をふちどる             友常甘酢

春の野のそのまたのちの春の野のわたしの犬に降れハクモクレン         芍薬

どのバスに乗るかを調べているあいだじっと香っていた沈丁花        もんそん

手に負えないことは放っておけばいい道の花粉を洗う春雨     今哀子 コンアイコ

「アイスで」と口が勝手に言ったのでただ今、春がはじまりました      水野葵以

マグノリア空を漱いで雨曇りシロイルカの背みたいな温気         白石ポピー

ほのほのとマスクの外は春になる冷たい冬を知らぬくちびる      みおうたかふみ

安宿の匂いが好きだ太腿に春霖という言葉を挟む              青井硝子

春の日がながくてお茶はぬるみますなんにもしないというただしさで     日下踏子

まえがみを揃えて春を思案する洗面台は虹のたつ場所            芝澤 樹

やわらかなアルトサックス聞こえきて他人の春にのっかっている      鈴木ベルキ

桑子キャスターの心に残った10首

桑子真帆アナウンサー

もう春か 握りしめてた悔しさをそっと開いて風に流そう          鰯 丹治

春うららガッタンゴットンゆりゆられ どこまで行くの 舟漕ぐ人よ    十六夜/朔

「アイスで」と口が勝手に言ったのでただ今、春がはじまりました      水野葵以

たくさんの思い出つまったこの駅も明日からはもう通過する駅        岡本若葉

期待して不安になって期待して春のこころはミルフィーユかな       松永美千代

春ね。とピンクのストールを巻く母 デイサービスの迎えを待ちて      ZENMI

さくらもち 葉っぱもたべるの?きみが問う 食べてごらんよ春の味だよ     さく

木漏れ日の下のベンチに座ったら 時計の針が姿を消した          屑乃ハコ

アラームがなくても起きる虫や花 小さきいのちにやる気をもらう      山口絢子

サクラサク 部屋埋め尽くす 段ボール も少し子供で いてもいいけど     テツ

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