2021年も残すところあとわずか。この1年「クローズアップ現代プラス」は123本の番組を放送しました。春にキャスターを引き継いだ井上裕貴&保里小百合の両アナウンサーが、これまで扱ったテーマやキャスターとしての心構えなどを振り返りました。まず【前編】は『新型コロナとその影響』について。ことしの「クロ現」の約3割がこれに関する内容でした。(対談は12月16日に実施)
ワクチン開発者・カリコ博士の言葉に「力をもらった」
井上:この春からのことを振り返って、保里さんはどうですか?
保里:あっという間でしたが、1日1日がただただ濃密でしたね。ドキドキして飛び込んだこの番組で「ぜえぜえ」言いながら駆け抜けたみたいな。
井上:たしかに、濃密でした。早かったけど、同時にすごく長く感じましたね。
2人がキャスターになったのは、新型コロナの“第4波”が始まった時期。
番組では、重症患者の治療にあたる病院の密着ルポや、亡くなった方の“看取り(みとり)”ができない現実。さらにコロナ禍で学びの場を奪われた子どもたちの状況など、新型コロナが社会や暮らしに与えた影響について繰り返しお伝えしました。
新キャスターとして手探りの状態が続いていたと語る2人。その中で井上アナウンサーが「自分自身も勇気をもらった」という番組がありました。
井上:ワクチン開発の立役者・カリコ博士を取材した番組*ですね。IPS細胞研究の山中伸弥さんとの対談でした。一躍世界中から注目を浴び、“時の人”となりましたが、それまで長い間、カリコさんはスポットライトが当たらない苦節の人生を過ごしてきました。その言葉がどれも重くて。
保里:ワクチンに関心が集まる中、長年の努力を人知れず重ねてきたカリコさんの言葉には反響がありましたよね。
*5月27日放送「新生ワクチンは世界を救うのか!?開発の立て役者・カリコ博士×山中伸弥」特集ダイジェスト
井上:まだ自分が「クロ現」を担当し始めて2か月ぐらいでしたが、すごく励ましてもらったインタビューでもありました。周りからどう思われても気にせず、とにかく「自分の道を歩んでいくんだ」という、その言葉がすごく響きました。前向きな力をもらいました。
この1年、キャスターとして全力で背伸びをして、全力で“痩せ我慢”をしながら走ってきて、まだ追いついていないところが多いんですが、特に最初の3か月はひたすら走っている感じでした。その中でカリコさんの言葉によって地に足をつけてもらったように感じます。
「頑張れば、きっとたぶん大丈夫だ」っていう、そんな力をもらいました。
井上キャスターによる取材後記はこちら。「世界を変える方程式 ~カリコ博士 取材後記~」
“1人も取り残さない”放送の難しさを痛感
“第5波”によって感染者数が過去最多を更新し続けた夏。各地から切迫した報告が次々に届けられる中、この状況をどのように伝えればいいのか、2人は問い続けたと言います。
井上:新型コロナに関する取材現場はどれも過酷で、取材する側も“未知のウイルス”への怖さがあります。だからこそ、記者やディレクターが取材してきたものをしっかり受け止めて、現場の熱と危機感が伝わるように心掛けていたんですが…難しかったですね。
保里:私も責任を持って、番組が取材した現場の危機感をちゃんと伝えようと思っていました。一方で新型コロナが長期化する中でいろいろな立場、状況の方がいて、いろいろな受け止め方や感覚があります。
危機感やリスクはきちんと伝えつつ、不安を煽る表現にならないように冷静な視点をもつ必要がありました。絶妙なバランスを常に探りながら伝える意識というか、難しさがありました。
井上:いろいろな状況の人がいる中で、とにかくたくさんの視点を集めて事実を伝えていく。例えば「ワクチンを打ちたいけど打てない人」など、できる限り「誰も置いていかない放送」を目指してきたんですが…
保里:「1人も取り残さない」という番組が大切にしてきた精神は意識していました。それを毎回30分の放送でどこまでできるのかは、本当に難しいです。
『放送+記事』で多くのニーズにこたえる
できるだけ多角的に情報を紹介して、もっと多くの方のニーズにお応えできないか。
番組ホームページでは「クロ現取材ノート」*というコーナーを新たに設けました。
番組内で紹介しきれなかった情報や、スタッフの取材実感、さらに放送後に追加取材した内容などを記事にして掲載しています。
保里:12月に放送した「私には帰る場所がない 家を失う女性たち」では、実際にいま困っている人たちやその周りにいる人たちに向けて、相談窓口を紹介する記事*を掲載しました。番組内でも記事を案内するQRコードをできるだけ長い時間出すようにしました。
「1人でも多くアクセスしてくれれば」という気持ちでした。
*【女性向けの相談窓口一覧】生活相談、DV・性暴力被害など(2021年12月更新)
保里:その上でいろいろな立場の人たちに現状を知ってほしい。番組を見て「自分にできることがあるのかも」と思ってもらい、その後の何かにつながってほしいと思っています。
そして、国や行政の担当者にも「クロ現プラス」の内容を届けることができるので、そこも意識しています。
井上:当事者の方に向けて発信したい気持ちはもちろんありますけど、ご本人はどうにかしたくても、どうしようもできない場合も多いので、せめてその周りの人たちに伝えていきたいという思いもあります。
番組を見てくれた人に「この問題とあなたは何かしらつながっていますよ」というのが、少しでも届くと良いなと感じますね。僕自身、取材や制作をする中で、まずはその問題を自分とつなげて考えるようにしています。それを皆さんにも共有していけたらと思っています。
コロナ禍で制作現場も激変 リモートインタビューで海外と近づいた
新型コロナの影響は、扱うテーマだけでなく番組制作の手法にも変化をもたらしました。現場に直接足を運ぶことが制限されてもどかしさを感じる一方、“新たな可能性”を感じたこともありました。
保里:私たちも感染リスクに最大限気をつけながらの番組制作だったので、打ち合わせはリモートが中心。スタッフとも直前まで顔が見えない状態で、リハーサルで初めて会う、ゲストとも本番のスタジオに行くまでお会いできない…といった状況でした。
井上:本来はゲストの方と直接お会いして信頼関係を築いていくと思うんですけど、なかなかそれが叶わない時もあったりして・・・
保里:コロナ禍でなければもっと取材にも行けたと思うのですが、なかなかできない。
その反面、海外の方にはリモートで直接話を聞ける機会が増えました。
保里:キャスターになって間もない4月に「生理の貧困」*を放送しました。経済的な理由などで生理用品を十分に入手することが難しい人たちの実態をお伝えしたのですが、その際に国内で活動している団体の方と、イギリスで活動している方をリモートで結んで、インタビューをさせていただきました。
*4月6日放送「生理の貧困 社会を動かす女性たち」特集ダイジェスト
保里:4月の段階では、日本ではこの問題がいま以上に可視化されていなかったので、番組として何を伝えるのかディレクターたちも模索していました。そのなかで、日本と海外双方で活動している人たちをつなぐことで、お互いの問題意識を聞くことができて、“化学反応”も生まれました。
直接会って取材できなくてもいろいろな可能性があるんだなということを感じられた機会でもありました。
その後も、海外の方にリモートでインタビューすることが何度もあって、コロナ禍で一変した世界の中で、逆にそういう機会が生まれやすくなったと思います。
井上:たしかに、そうですね。
保里:そしてこの前はついに、宇宙ともつながりました!
つづく【後編】では、2人が番組で「大切にしたい」と語っていた多様性やジェンダーをテーマに、ことし1年を振り返ります。