スラムダンクも大ヒット! 韓国“イエスジャパン”現象の理由とは?

NHK
2023年7月24日 午後5:00 公開

今、韓国で日本発のコンテンツが次々とヒットしています。あいみょんや優里などのJ-POPがヒットチャートをにぎわせ、町で見かける「日本式居酒屋」は大にぎわい。日本のウィスキーを使ったハイボールが「オシャレな飲み物」として若者を中心に大流行しています。

2019年に巻き起こった日本製品不買運動「ノージャパン」(※)と対比して「イエスジャパン」と呼ばれる今回のムーブメント。中でも群を抜くヒットを記録しているのが人気漫画「SLAM DUNK」のアニメーション映画です。

今年一月に上映が始まると、わずか数か月で累計観客動員数は400万人を突破。韓国における日本映画の歴代興行収入記録を塗り替えました。(※)なぜ今イエスジャパンなのか!?その理由を韓国の新進気鋭の文化心理学者ハン・ミンさんと読み解きます。

(クローズアップ現代 取材班)

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※ノージャパン:2019年7月、日本政府が半導体3品目に関する韓国への輸出規制を強化したこと等が発端となって起こった。

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※その後、新海誠監督の「すずめの戸締まり」が記録を塗り替え500万人を突破しました。

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【関連番組】7月31日までNHKプラスで配信中

クローズアップ現代「韓国で“イエスジャパン現象” 深層に迫る」

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ハンミン先生

ハン・ミンさん/文化心理学者 高麗大学卒業後、同大学院にて心理学博士課程を取得。現在、韓国の亜州大学にて教鞭をとる。今年、日本の出版社から「線を越える韓国人 線を引く日本人」を上梓。新しい視点の日韓比較論として注目を浴びている。

スラムダンク大ヒットの理由 最初は“韓国の”作品だったから

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―スラムダンクが大ヒットした理由は何だと思いますか?

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ハンさん

スラムダンクの観客の過半数は30代から40代です。私自身がその一人で、スラムダンクは青春時代を共に過ごした友人でした。多くの人は10代のときに原作に触れていて、大人になった今「もう一度あの感動を味わいたい」と思って映画館に足を運んでいるのだと思います。

その一方でスラムダンクを典型的な日本のコンテンツと理解するのは難しい面もあります。私たち韓国の30代、40代にとって主人公は桜木花道ではなくカン・ベクホ、流川楓ではなくソ・テウンなんです。

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―どういうことでしょう?

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ハンさん

韓国でスラムダンクの原作漫画が出版された1990年代始めは、日本の大衆文化が規制されていました。ですので、登場人物の名前などの設定を韓国に置き換える形の作品になっていたのです。当時、既に私は高校生だったので日本の作品であることを知っていましたが、私より下の世代は韓国の作品だと思って読んでいた子も少なくなかったと思います。

彼らは後にスラムダンクが日本の作品であることを知ったときに、少なからずショックを受けたと思います。それは幼い私がマジンガーZやマクロスで味わった気持ちと同じです。

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―もしかして、今でもスラムダンクは韓国の作品だと思っている人がいるのですか?

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ハンさん

いえいえ、そんなことはありません。スラムダンクの「聖地」になっている湘南の踏切に、韓国人が大勢押し寄せていることは日本のみなさんもご存じだと思います。確かに今回の映画でも韓国語の字幕や吹き替え版の上映では韓国名が踏襲されていますが、みんなスラムダンクが日本の作品であることは理解しています。イエスジャパンは「良いものは良い」「素晴らしいものは素晴らしい」そういうことだと思います。

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スラムダンクが韓国で大ヒット ソウル支局 長砂記者のルポ

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イエスジャパンの理由は「韓国の劣等感」が消え始めたこと

※ソウルの街角で偶然出会った女性 

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―わずか数年前まで「ノージャパン」の動きがあったのに、今「イエスジャパン」という動きがあるのはなぜしょう?

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ハンさん

政治外交やそれを伝えるマスコミ報道だけを見ていると、日本の方がとまどう気持ちもよく分かります。ノージャパンが盛んだった2019年ころ、一方で「シャイジャパン」という現象も韓国では取りざたされていました。シャイは英語の「恥ずかしい」のシャイです。

日本の商品や文化を消費しても積極的に話さない、周囲に知らせないという態度です。2019年、韓国の旧盆休暇の海外旅行予約先の上位に日本がランクインしていたのは象徴的でしたし、私も日本のアニメを視聴していました。

韓国で今の40代以下の世代は、政治外交と文化を分けて考える傾向が強いと思います。特に今の10代、20代、いわゆるZ世代はその傾向が強いと思います。私の世代、40代には未だに少し残っている日本文化への劣等感が、Z世代の彼らにはほとんどないように見えます。

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―興味深いお話です。まず「日本文化への劣等感」とは、どういうことでしょうか?

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ハンさん

私が子どもだった1980年代、韓国の文化的力量は嘲笑の対象でしかありませんでした。誰も彼もが「わたしは韓国の映画なんてみない、俺は韓国の歌なんて聴かない」というようなセリフで自分の高尚さをひけらかしていた時代でした。私たちが、とりわけ劣等感を感じていた国は日本でした。先程話したとおり、まだ子どもだった私ですら、マジンガーZやマクロスが日本の作品だと知った時は切なさを感じました。

ところが今の若者はスラムダンクが日本の作品だと知っても切なさを感じることはないと思います。それにスラムダンクの観客は10代、20代もとても多いんですが、彼らは日本の作品だとわかっていて足を運んでいます。純粋に作品のすばらしさに感動しブームが広がっている印象です。

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―韓国の若者が日本の大衆文化への劣等感がないのはどうしてでしょうか?

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ハンさん

一言で言えば自信だと思います。BTSがビルボード1位を獲得したり、「パラサイト 半地下の家族」がアカデミー賞を受賞したり、近年の韓国の大衆文化の躍進は自国のことながら目を見張るものがあります。

ただ自信というと何か自慢する、誇るという積極的な意識があるかも知れませんが、韓国の今の若者はそれすらないかも知れません。あえて言えば「普通」。「韓国にも世界に誇る文化があるんだから日本にあるのも普通だろう」そういう感覚じゃないかと思います。

また、ネットの影響も無視できません。韓国では「自主規制」の下、未だにテレビの地上波では日本語の歌やドラマの放送がほとんどありませんが、ネットはそんな大人の事情を飛び越えて、韓国の若者たちのスマホに日本のコンテンツを届け、彼らは友人たちとそれを簡単にシェアできるからです。

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イエスジャパンがもたらす日韓の未来  “あきらめたら そこで試合終了ですよ” 

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―イエスジャパン現象は、今後の日韓関係や相互理解にどんな影響をもたらすでしょうか?

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ハンさん

私は政治や外交の専門家ではないのですが「イエスジャパンは日韓関係に良い影響がある」と単純には言えないかも知れません。韓国の特に40代以下の世代が、文化と政治をわけて考えるということは「日本文化は素晴らしいけれど、日本の政治や歴史認識は問題だ」という態度でもあるからです。韓国の若者の政治や近現代史に関する興味関心は高いですし、学校教育はもちろん、おじいちゃん、おばあちゃん世代が未だにその話をします。

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―なかなか一筋縄ではいかないとお考えなんですね。

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ハンさん

韓国と日本は心理的にも十分に近くになれる国だと私は思っています。ただ、それにはあまりに「お互いがお互いのことを知らなすぎ」という思いも持っています。

私は日韓の人々のメンタリティーの相違を「線を越える韓国人 線を引く日本人」と表現しています。まずは、これを理解することが大切だと思っています。

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―興味深い表現です。どういう意味でしょうか?

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ハンさん

まず、韓国人は自分と他の人の間の「線」を越えがち、一言で言えば「おせっかい」です。これには行き過ぎるとプライバシーの侵害やパワハラといった弊害が生まれ韓国の国内でも問題になっていますが、一方で李秀賢(イ スヒョン)という青年のケース(※)が国内では決して珍しくないように弊害ばかりではありません。韓国人は「他人事」と割り切ることが苦手なのです。

一方で日本人は線を引く。他人のことに口を出さない、口を出すことを極端に嫌うように見えます。これは「何よりも迷惑かけることをさける」という動機で、それが「物静かで清潔、そして秩序を守る日本」を作り上げているのではと思います。日韓の問題はセンシティブなので、あえて誤解を生まないように断りますが、私は日本社会には李秀賢のような人がいないと言っているわけではありません。

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※2001年東京で駅のホームから線路に転落した酔客を救おうとして命を落とした韓国人青年

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―日本と韓国のメンタリティーの違い、「線」は乗り越えられると思いますか?

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ハンさん

これに関してはイエスです。一方で「乗り越える」必要はなく、お互いが「相手はそういう文化的メンタリティーを持っているんだ」と理解すればいいと思います。ただ、それにもお互い努力が必要なことは私も理解しています。でも、こんな時こそ、スラムダンクのあの名言です。日本も韓国も「あきらめたら そこで試合終了ですよ」

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―貴重なお話ありがとうございました。

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