“半地下”からの叫び 韓国大統領選・カギ握る若者たちの声

NHK
2022年3月1日 午後7:40 公開

韓国・ソウル。日の当たらない地下の部屋に住む20代の夫婦がいる。

映画「パラサイト 半地下の家族」を彷彿とさせる暮らし。

大学を出て懸命に働いても、住宅価格の高騰によって、条件のいい部屋には住めないという。

「家を買うなんて宝くじが当たらないと無理。お先真っ暗ですよ」

3月9日に大統領選の投票を控える韓国。

住宅難、就職難・・・、将来の展望が描けない若者たちは、いまの政治に何を見ているのか。

(クローズアップ現代+取材班)

 

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大統領選の行方は若者票に

今回の韓国大統領選は、まれにみる大接戦が予想されている選挙だ。

有力な候補はふたり。革新系与党「共に民主党」の、イ・ジェミョン(李在明)候補と、保守系最大野党「国民の力」の、ユン・ソギョル(尹錫悦)候補

韓国の世論調査では、2人の支持率は競り合いを続け、先月下旬の時点で、イ・ジェミョン候補がわずか1ポイントのリード。

大統領選を長く取材してきた韓国メディアのベテラン記者も「終盤でここまでの接戦は見たことがない」というほどだ。

イ・ジェミョン候補(左)とユン・ソギョル候補(右)

 

投票を間近に控えるなかで注目されているのが「若者」たちの票だ。

5年前の選挙では20代~30代の投票率は70%以上。

先月の調査では、まだ投票する候補を決めていない人の割合が10代・20代では18%、30代では15%と他の世代より高く、彼ら若者たち選挙結果を左右するともいえる状況なのだ。

では、彼らが新大統領に求める政策は何なのか。

取材で見えてきたのが、若者たちが直面する深刻な「住宅難」、そして「就職難」だ。

 

“半地下”から抜け出せない

29歳のチョン・チャニョン(全燦榮)は、ムン・ジェイン大統領に「裏切られた」という感情を持っている。

チョン・チャニョンさん:

「ムン大統領の住宅政策は失敗したとしか言えません。それは若者じゃなくても、みんな分かることだと思います」

 

チャニョンが暮らすのは、ソウルのマンションの地下1階。

10畳ほどのいわゆる“半地下”住宅だ。

内装は自分できれいに整えたが、窓から見えるのは地下駐車場。日光は入ってこない。

今年出産を控える妻と暮らすには、いい環境だとは言えない状況だ。

(チャニョンさん夫婦が暮らす部屋)

 

チャニョンさん:

「冬は寒くて乾燥、夏は暑くて虫も出るし、湿気がすごくてカビが生えます。除湿器を“命を守るため”に買いましたから。収納も足りないし、前は水漏れもしました。

妻と二人で暮らすのは狭くてストレスですし、換気もできないので、匂いのする料理をするだけで、妻の“つわりがひどくなってしまって…」

 (妻のお腹の中には新しい命が) 

  

ムン・ジェイン政権下、韓国の住宅価格はこの4年でおよそ2倍に上昇。

首都圏への人口流入や、不動産投資の加熱が価格高騰の原因とされる。

ムン政権の度重なる対策でも、価格上昇を抑えることができなかった。

結婚し、子供を育てるためにマイホームを持つという夢は、韓国の若者にとってどんどん遠いものになっている。

 

幸せ半分、でも「お先真っ暗」

チャニョンが、ソウル近郊のキョンギ(京畿)道の大学を卒業し、ソウルで一人暮らしを始めたのは2018年。いまも住む部屋に、2年契約で約350万円を一括払いし暮らし始めた。

その資金は、親が援助してくれた。

これまで福祉や市民運動にかかわる仕事をしてきたチャニョン。愛する女性と出会い、もうすぐ家族が増えるという人生の大きな変化を迎えている。

生まれてくる子どもに部屋を与えてあげたいと願うが、マンション購入という夢には、どんなに働いても手が届きそうにない。

 

チャニョンさん:

「ひとりで暮らすには、ここはまだ安くて住みやすい方でした。でも、数年ここに住んでいたら、いつの間にか同じ価格で引っ越せる住宅はなくなっていました。

家族と暮らすには、今のワンルームより広い家に移らないと意味がないですが、24坪のマンションは値上がりして今は10億ウォン(約1億円)です。政策で状況が変わるか、宝くじでも当てるしかありません。

別のワンルームに引っ越しても“半地下”から地上に出るだけ。それでも数千万ウォン(数百万円)の補償金を払う余裕もありません」

 

大統領選で、イ・ジェミョン候補とユン・ソギョル候補は住宅供給を増やすことを公約に掲げている。しかし、チャニョンはそれだけでは、若者たちがマイホームを持つ未来には近づかないと語った。

 

チャニョンさん:

「不動産価格を抑えるには、たくさん不動産を持つ富裕層への課税を強化するべきだと思いますが、2人の政策はそうなっていません。どちらが大統領になっても、価格の上昇は続くと思います」

チャニョンさん:

「家族が増えることは幸せですが、漠然とした不安があります。迫ってくる現実に、上手く備えなければいけないですが、今は飢死しなければいいんじゃないか、と思うこともあります。自分の置かれている現状を考えると、お先真っ暗ですね…」

 

ソウルに立ち並ぶ高層マンションを見上げるチャニョン。

彼は住宅政策に期待が持てない二人の有力候補ではなく、別の野党候補に投票することを考えているという。

  

若者たちの就職難はなぜ

さらに、韓国の若者たちが直面しているのが「就職難」の問題だ。

若者の失業率は去年8%近くになった。

大学を卒業しても3割が非正規労働者として働かざるを得ない状況になっているのだ。

(ソウル ノリャンジンの街並み)

 

そうした中で若者たちが望みを託すのが公務員試験だ。

ソウルの中心部にある街・ノリャンジン(鷺梁津)。ここは公務員試験のための予備校や、地方出身の受験生たちが暮らす「考試院(コシウォン)」と呼ばれる安い宿がひしめいている。

志願者の増加で、公務員試験の競争率は高まり、20倍~30倍は当たり前。

そのため合格までに2年、3年とこの街に留まる人は少なくない。

大学を卒業したばかりの20代だけでなく、転職して公務員を目指す30代も多く見かける。

彼らに志望の動機を聞くと、その多くが「安定」という言葉を口にする。

たとえ給与は安くても、一生働き続けられる公務員になりさえすれば、韓国社会を生き抜く保証となると考えているのだ。

(ノリャンジンでは多くの若者が試験勉強に明け暮れる)

 

警察官を目指すキム・ミンチョル(金珉喆)(34)。

韓国中部の都市、テジョン(大田)出身で、地元の国立大学を卒業後、故郷で自動車販売店の営業マンとして6年間働いた。

しかし歩合制の給料のため、朝早くから同僚との競争に明け暮れることに疲れ、退職してノリャンジンにやってきた。

キム・ミンチョルさん:

「優秀な人たちと競争し続けるのは無理だなと思ってしまったんです。営業マンはインセンティブ収入が多いので、体調が悪い時や精神的に疲れて休みたい時はどうやって暮らしていけるのか、不安を感じました。

警察官なら安定しているし、法に従って信念を持って働ける。結婚するにも、安定した公務員の方が女性に評判がいいんですよ」

 

何度落ちても諦めきれない

チェジュ(済州)島出身の29歳、オ・ソナ(呉宣娥)は警察官を目指してノリャンジンで勉強し、4年がたった。

オ・ソナさん:

「ソウルに来て2年くらいはここに暮らすと思っていましたけど、4年も暮らすとは予想していませんでした。振り返ると…やはり長いですよね」

 

大学時代はメディア業界への就職を希望していたソナ。

その就職が難しいと知り警察官に志望を変えた。今月には9回目の試験に臨む。

年に数回行われる警察官の試験の合格率は、30倍を超えることも多く、これまで8回不合格に。筆記試験を突破し最終面接に進んだこともあるが、女性警官に採用される枠はわずか。

部屋には、先に警察官になった仲間たちの写真を貼り、くじけそうな時に歯を食いしばる。

 

ソナさん:

「何か別の仕事を探さないといけないと漠然と思うこともありますが、最終試験に進んだこともあるので、むしろ諦められないんです。諦めなければ報われると信じて、勉強を続けています」

 

今回の大統領選で、ソナが最も重視するのは雇用政策だ。

特に雇用機会を増やすだけでなく、若者のキャリアを支援する政策が必要だと考えている。

 

ソナさん:

「今は、どんな仕事でも学生に求められるスペックが高すぎると思います。漠然として雇用を増やすというのではなく、その仕事に就くための準備過程を支援してくれる政策が出てほしいですね。

すべては金銭的支援に関わりますけど、英語の勉強ができる環境や、希望する資格を取得できる環境を支援する政策を作ってほしいです」

 

若者に必要な雇用政策は?

ソナが就職支援のための金銭的なサポートを望むのは、ノリョンジンの若者たちの多くが、アルバイトなどで生計を立てながら、学費や教材費など出費を重ね、それでも合格できる人が少ないからだ。

 

若者が自習するためのスペース「スタディカフェ」を経営するカン・ナング(姜南求)は、公務員を目指す若者たちに対して、オンラインの教育コンテンツを提供して学費の節約になるサポートをしている。

彼は、そうした若者への支援政策が、大統領選で注目しているポイントだと話す。

カン・ナングさん:

「若者たちは結局、就職していない状態で勉強を続けているので、お金が稼げません。勉強するためには教材を買って予備校にも通わなければなりませんが、これに対する負担は大きい。

予備校に通いながら公務員を目指している人たちに学費など金銭的な支援策こそ、若者たちの生活に役立つものだと思います」

 

若者の期待と失望

先月、警察官を目指すオ・ソナは、アルバイトのかたわら大統領候補のテレビ討論会を真剣なまなざしで見ていた。

この日のテーマの一つが、若者たちへの支援についてだったからだ。

各候補の政策を投票の参考にしようと思っていたが、その期待は徐々に失望に変わっていった。

予定されていた20分間のほとんどが、有力候補のイ・ジェミョンとユン・ソギョルの、自身や家族の不正疑惑の追及で終わってしまったのだ。

 

ソナさん:

「相手をけなすことだけに夢中になっている印象でした。政策について問題点やメリットを議論してほしいのに…。時間を無駄にして私たちが聞きたくもない議論をして、(若者の問題について)今この場では重要視していないように思えました。

今日の討論を見て、その候補がいいか、決められません」

 

討論会に失望を隠せない様子だったソナ。

それでも、投票日まで自分の手で各候補の政策を調べて、じっくりと投票先を考えると話した。

若者の一票は誰に

大統領候補者たちの公約や姿勢を、冷静に見つめる若者たち。

候補者たちも20代、30代の若者票を取り込もうと必死だ。高い投票率を記録する若者たちの投票行動は、選挙の結果を大きく左右すると考えているからだ。

有力候補のふたりも、インターネットの動画で政策をアピールするなど、若者票の取り込みに躍起になっている。

 

安定した仕事に就くことが難しく、働いても安心できる住宅には手が届かない若者たちの現実。将来を展望できない若者たちの怒りと不安は、どのような投票行動に現れるのか。

3月9日の大統領選投票日まで残りわずか。

若者たちそれぞれの一票に注目が集まっている。

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