「床にはまだ、息子の血痕が残っています。住むことはないけれども、住宅ローンの残りを70歳まで払い続けなければならない。むなしいですね」
ある日突然、自宅に押し入った見知らぬ男に子ども2人の命を奪われた男性。事件そのものの被害に加えて、現在、経済的にも厳しい状況に置かれています。
事件のあと体調を崩し、仕事を続けられなくなった男性に国から支払われた「犯罪被害者給付金」は、約680万円。日本弁護士連合会の調査では、殺人事件の被害者側が受け取った賠償金は、裁判などで認められた額のうち13.3%にとどまっていることも分かっています。
日常を奪われ、経済的にも苦境に立たされる。犯罪被害者の“二重の苦しみ”を取材しました。
(クローズアップ現代取材班)
一家で暮らすマイホームが突然、銃撃事件の現場に
(事件があった市川さんの自宅)
長野県の市川武範さんの自宅で事件があったのは2年前の2020年5月。
夜11時すぎ、職場から車で帰ろうとした市川さんの携帯に、長女の杏菜さんからの着信。返事はなく、何かが壊れるような音が聞こえて急いで帰宅し玄関ドアを開けると、杏菜さんが壁に寄りかかった状態で倒れていました。さらに、寝室の入り口には倒れている次男の直人さんの姿も。面識のない暴力団員による凶行で、男はその場で自殺しました。
※詳しい事件のいきさつは↓の記事から
亡くなった長女の杏菜さんは当時22歳、飲食店で働いていました。16歳だった次男の直人さんは、高校に入学したばかりでした。
(左)長女・杏菜さん (右)次男・直人さん
2人の命は奪われ、経済的な負担はさらに重くのしかかり…
30年のローンを組んでマイホームを購入していた市川さん。事件の前までは、市川さんは自営業、妻はパートとして働き、家計を支えていました。
しかし、現場に居合わせた妻はその後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断。市川さん自身も精神的に不調をきたし、仕事を続けられなくなりました。
事件の生々しい痕跡が残る家に住み続けられないと、警察を通じて町営住宅への入居を希望しましたが、叶いませんでした。警察からは「暴力団員が関係する事件でほかの住民の安全が保障されないと町に断られた」と説明されました。市川さんは新たに借りる部屋の家賃と残された住宅ローン、二重の負担を背負うことになりました。
(今は住んでいない自宅にたたずむ市川さん)
犯罪被害者への公的な支援はどうなっているのか。
国は2004年に定めた「犯罪被害者基本法」で、“再び平穏な生活が送れるまで必要な支援を途切れなく受けられるようにする”としています。
市川さんが国からの経済的支援として受け取ったのが「犯罪被害者給付金(遺族給付金)」です。その額は320万円~2964万5千円と幅があります。
給付額は、年齢や被害者の当時の収入額などから算定され、家族の生計を支えている場合はその人数に応じて加算されます。例えば、最高の2964万5千円となるのは「50~54歳で4人以上の家族の生計を支えている場合」となります。
杏菜さんはコロナ禍で飲食店が休業となり 、事件当時の収入はゼロ。高校生の直人さんも収入がなく、支払われたのは2人あわせて約680万円と、最低額に近いものでした。
市川武範さん
「突然、犯罪の被害に遭った人が、なぜそこまで落ちた生活をしなければならないのか。被害者の生活を守るすべはこの国にないのだろうかと強く思いました。被害者の遺族がこんなに苦しい思いをしなければ、この国で生きていけないというのが、悲しい現実かなと」
損害賠償が全く支払われない
(2015年に息子を殺害された森田悦雄さん)
加害者からの損害賠償が難しいという現実もあります。
和歌山県で、7年前に息子を殺害された森田悦雄さん。これまで取材には匿名で応じていましたが、犯罪被害者が置かれている理不尽な現実と自身の思いをしっかり伝えたいと、今回初めて実名で取材に応じてくれました。
2015年2月。
当時小学5年生だった森田さんの次男・都史くんは、家の近くで遊んでいたとき、近所に住む男に突然襲われました。胸や頭などを10か所刺され、森田さんが駆けつけたときには、すでに意識はありませんでした。
(次男・都史くんが被害に遭ったとき着用していた服)
森田さんは刑事裁判に合わせて、加害者に「損害賠償」を申し立てました。
加害者は約4000万円の賠償を命じられましたが、全く応じませんでした。その対応に納得がいかないと、森田さんは弁護士費用を借り受けて民事裁判でも訴え、4444万円の損害賠償の支払い命令を勝ち取りました。
しかし、それから4年がたった今も、1円も支払われていません。
謝罪の形としてせめて賠償金を支払ってほしい。その思いは今もかなわずにいます。
森田悦雄さん
「損害賠償の支払い命令が出たことで、『大金が入ってよかったね』と言われたこともあります。でも実際は、1銭も支払われていないということをほとんどの人は知らない。それに、都史くんが帰ってくるのであれば、お金なんかいらないんです」
日本弁護士連合会が2018年に行った調査では、損害賠償命令制度などによって加害者に賠償を求めたケースで、裁判などで認められた賠償額のうち実際に被害者に支払われた金額は、殺人事件で13.3%、強盗殺人で1.2%、傷害致死で16%にとどまっています。
加害者が自殺している場合や不明のままのケースなど、賠償を求めることさえできないこともあるといいます。
森田さんはこれまでに、葬儀費用や弁護士費用など事件に関するもので数百万円を支払っています。さらに、捜査への協力や裁判の準備のために、観光バスの運転手としての仕事を休まなければならなくなり、収入がゼロの状態も続きました。
被害者側が損害賠償金を請求できる期間には、判決が確定してから10年の時効が設けられています。時効を前に、再び訴訟を起こすべきか、泣き寝入りするしかないのか。
森田さんは今も、裁判費用の返済を続けています。
森田悦雄さん
「私はまだ今のところ、一歩も二歩も進んでないです。事件から7年たって、耐えることを教えてくれただけかなと、本当にそんな部分しか感じる部分がない」
海外と日本 これほどまでに違う犯罪被害への支援
なぜこれほどまでに犯罪被害者が追い詰められる状況になっているのか。
犯罪被害者支援に詳しい白梅学園大学講師の尾﨑万帆子さんに聞きました。
日本は“加害者の責任”を重視し、国として補償する姿勢が弱いと言います。
白梅学園大学講師・尾﨑万帆子さん
「犯罪被害に対して責任を負うのは一義的には加害者だというのが、国の基本的な考え方であるといえます。そのため、犯罪被害者に支払われる犯罪被害者給付金は“見舞金”としての性質が強くなっており、補塡(ほてん)的な意味合いに近い。その考え方では犯罪被害者給付金はどうしても弱くなってしまいます」
(犯罪被害者基本法の前文。“犯罪等による被害について第一義的責任を負うのは、加害者である”の一文がある)
海外の犯罪被害者支援はどうなっているのか。
下の図は、各国の補償額の比較です。(警察庁・令和4年度の調査)
犯罪件数の違いはありますが、被害者に対する公的な経済支援の総額を比べると、アメリカやドイツなどが数百億円規模になっているのに対して、日本は10億円ほどです。かけている予算には大きな隔たりがあります。
ドイツでは、犯罪被害者の医療費はほぼ無償で、住宅改築も国が担い、補償金は年金制度を取っています。ノルウェーやスウェーデンでは、国が加害者に代わって損害賠償を立て替え、加害者への回収も行っています。
なぜ日本と諸外国とで、これほどの違いがあるのか?
白梅学園大学講師・尾﨑万帆子さん
「ヨーロッパの中では、“国が犯罪を防げなかった”として、被害者への補償は国の責任と捉える国もあります。一方、日本は治安がよく、犯罪被害者が極めて少数で、親族間の事件が多いということもあり、“自助”でなんとかするという風潮になっていると感じられます」
「被害者自身が先頭に立って被害者支援を進めてきた日本は、 国際会議の場では『日本方式』と呼ばれ、称賛されることもあります。しかし、本来は被害者が先頭に立つ必要なんてないはずです。犯罪被害はいつ誰がそうなるか分かりません。被害者支援をセーフティーネットと捉えて、仕組みを作っていくことが必要です」
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