異例の「起訴取り消し」 ある中小企業を襲った“えん罪”事件

NHK
2022年11月16日 午後6:06 公開

「平和で健康的な社会作りに貢献する」

そんな社是を掲げた中小企業の社長ら3人が、軍事転用の恐れがある機械を不正輸出したとして逮捕・起訴され、1年近い勾留を強いられました。うち1人は、勾留中に病が発覚し、無罪を訴えながら亡くなりました。

計り知れない犠牲を、企業や当人、家族にもたらした事件は、3人の逮捕から1年4か月後、突如、幕を下ろします。「起訴取り消し」。検察が起訴を取り消した極めて異例の事件として注目されることになります。

(第2制作センター 石原大史)

粉ミルクや粉末コーヒーを作る機械がなぜ?

容疑をかけられたのは、横浜市都筑区に本社を置く機械メーカー大川原化工機。従業員約90名の中小企業ながら、創業40年あまりの歴史と噴霧乾燥機の国内シェア7割を誇る業界のリーディングカンパニーです。

朝礼の様子

10月下旬、朝礼を訪ねると、およそ30名の従業員が本社ビル2階のオフィスに集まっていました。機械メーカーらしく作業着をまとった社員もいれば、スーツで固めた営業職の社員もいます。会社を率いる社長の大川原正明さんは上半身だけ作業着姿。創業者である先代の父の後を継ぎ、会社を業界トップに成長させた立役者の1人です。

大川原正明 社長

本社1階の展示室には、主力商品である数台の噴霧乾燥機が置かれていました。噴霧乾燥機とは液体を乾燥させ粉状に加工するための機械で、機械内部で液体を霧状に噴霧、そこに熱風を加え、瞬時に乾燥させることで粉として取り出すことができます。

もともと噴霧乾燥機は、牛乳を粉ミルクに、コーヒーを粉末コーヒーにするなど、食品加工の技術として開発され100年以上の歴史を持つといいます。近年は、セラミックや電子部品の材料の製造にも使われ、半導体やスマートフォンの製造にも欠かせない存在になっているそうです。

噴霧乾燥機

今回の事件と直接結びつくのは、この用途の多様性です。噴霧乾燥機を使えば、一部の菌を生きたまま粉状に加工できます。このことが、軍事転用の可能性、すなわち有害な菌を粉末状にして兵器化するという、生物兵器製造に転用可能という容疑につながっていきました。この機械で生物兵器は製造可能なのか、大川原社長に率直に尋ねてみました。

噴霧乾燥機で加工した粉

大川原正明 社長「食品に使える乳酸菌を乾燥するとかですね、そういうものはできるんですけれども、感染性のあるような毒物、危険性のあるものはやれない。機械の扉を開けたら粉がふぁーっと出てきちゃうんで、周辺の人が感染しちゃう。危なくてやれないですね」

事件の焦点は

噴霧乾燥機の輸出規制が日本で始まったのは9年前。大量破壊兵器を規制する国際的な枠組みで合意された内容を受けて、特定の性能を有する噴霧乾燥器の輸出の際に、経済産業大臣の許可を取ることが義務づけられました。

今回の事件で焦点となったのは、その規制要件の一つである「定置した状態で機械内部の滅菌又は殺菌をできるもの」という条文の解釈です。

噴霧乾燥器で生物兵器を製造しようとした場合、機械内部に残る有害な菌に、製造にあたる作業員らが暴露するのを防がなければなりません。そのため、「定置した状態で」つまり、機械を分解しない、そのままの状態で、機械内部に残る有害な菌を殺滅できる性能が噴霧乾燥器に備わっていることが必要となります。つまり、作業員の安全性を確保し、生物兵器を製造が可能な機械は、輸出規制の対象になるというわけです。

この要件を、大川原社長は、自動洗浄機能など特殊な装置が付加された機器や、内部の菌が漏れ出ないような専用設計をされた機械と考えていました。これらは、今回の逮捕容疑をかけられた大川原化工機の標準機には、付けられていない機能です。

生物兵器を製造が可能な機械は、作業員の安全性を確保しなければならない

大川原正明 社長 「粉が残らないような、また洗ったときに全部きれいになるような装置でなきゃだめだというのが最低限あるわけなんですね。それでなかったら(菌が)どっかに残っちゃうわけですから」

大川原社長によれば、抗がん剤の開発に使うという用途で、こうした専用機能をもつ機械を製造したことはあったものの、機械の費用は格段に跳ね上がるため、標準的な機械には、そうした特殊な性能をつけてはいませんでした。そのため、一般的仕様の標準機はこの規制要件に該当しないと考え、輸出規制が導入された後も製品の輸出を続けていました。

違っていた警察の見解

しかし、警察の見解は違っていました。

警察は、社長らの逮捕の約3年前から捜査を開始していました。大川原化工機以外の同業他社や、噴霧乾燥機のユーザー企業、細菌学の研究者など、多くの専門家たちに意見を聞き、機械の性能の把握や「滅菌・殺菌」という言葉の定義について捜査を進めていきました。

そして捜査開始から数か月後には、噴霧乾燥機ユーザーや大学などの協力を経て、噴霧乾燥機内部の温度計測や、細菌の殺滅試験などに着手しました。

それらの結果行き着いた見解は、噴霧乾燥機に元々備わった熱風を送り込む機能だけで、特定の種類の菌については殺滅できるというものでした。

噴霧乾燥機には、液体を乾燥させる熱風を送り込むため、電気ヒーターが備え付けられています。このヒーターの出力を上昇させれば、250℃以上の熱風を機械内部に送り込むことが可能です。これを長時間続ければ、菌を殺滅できる温度まで機械全体を加熱できると考えました。

実際、警察の実験では、機械の温度を測定し、100度近くまで温度が上がったことが確かめられています。そして、100度近い熱風にさらし続ければ、特定の菌については完全に殺滅することができるという実験結果も、警察は得ていました。

あらわになる認識の“ずれ”

捜査開始から1年以上を経た2018年10月。警察は大川原化工機の全営業所と、役職員らの自宅を対象に家宅捜査を実施し、大量の資料を押収しました。その2か月後には社員50名を対象に、任意の事情聴取を開始。それは、1年半にわたり延べ291回も続く大がかりなものでした。

逮捕された1人、当時、営業担当役員だった島田順司さんは、40回以上続いた警察の事情聴取で、警察の実験の概要を聞かされたといいます。

島田順司さん 「熱風が入れば(輸出規制に)該当なんだと。我々も熱風を入れて、菌が死ぬというテストをしてるんだと。あなたも熱風が入れば菌は死ぬと思うだろうと」

熱風だけでも菌が死ぬ以上、特別な装置がついていなくても、大川原化工機の機械は規制要件に該当する。警察は、そうした警察の見解を示しながら、規制対象と知りながら無許可で輸出したのは違法だと島田さんに迫ったといいます。

しかし、島田さんを含め社員は警察の言うような意味合いで、規制要件を理解してはいなかったとしています。熱風を当てれば、菌の一部は死ぬかもしれないが、かといって菌を殺しきれるとは思えない。通常の噴霧乾燥機で、完全な滅菌・殺菌ができることを売りにして取引したこともない。加えて、もしこの機械で生物兵器を製造したら有害な菌が拡散し、危険極まりない。輸出規制が要請する「作業員の安全性」は担保されていないというのが社員らの理解でした。

島田順司さん 「私は、ですから、そうは認識しておりませんでしたと。私はCIP(自動洗浄)が装備されかつ粉体が漏れたり、吸引したり、触れたりできないような装置が具備されてるものが(規制要件に)該当だと認識しておりましたと、何十回も警察には言いました」

熱風だけで「滅菌・殺菌」できるという警察、そして「特殊機能」がなければ「滅菌・殺菌」できないと考える大川原の社員たち。両者の間に存在する規制要件を巡る認識のずれが、事件の根底に横たわっていました。

本質を見抜いた技術者

亡くなった相嶋静夫さん

この「認識のずれ」をいち早く指摘した技術者がいます。逮捕されたもう1人、相嶋静夫さんです。相嶋さんは、大川原化工機で長く技術部門のトップを担い、逮捕時は技術面の顧問として後進の育成に力を入れていました。逮捕容疑をかけられた機械は、かつて相嶋さんが設計開発を担った機械で、その性能や構造については最も理解が深かった人物の1人といえます。

相嶋さんは後で詳述するように、勾留中に発見された病が原因で、逮捕容疑がはれる前に亡くなりました。相嶋さんの自宅を訪ねると、遺族となった妻が真新しい仏壇を前に話を聞かせてくれました。

相嶋さんの妻 「今でもちょっと信じられなくて。また『ただいま』って帰ってきそうな気がして。帰ってきてほしいなって思います。もうなんか、悔しい気持ちと、すごく残念な気持ちと。半分半分ですね」

記録によれば相嶋さんは、警察の任意の事情聴取に17回にわたって応じていました。相嶋さんが事情聴取開始直後に社長らに送ったメールのコピーには、次のような相嶋さんの言葉が記されています。

「マンホール、覗き窓、温度計座、差圧計座および同圧管等極端に温度の低い箇所があるため、完全な殺菌はできない。実験法案が問題である可能性がある」

相嶋さんは、問題となった機械を設計開発した当事者です。当然、機械の特性や性能については熟知していました。警察の実験概要を聞かされた相嶋さんは、いち早く温度が上がりきらない場所の存在を指摘し、技術者らしく警察の実験の方法が問題とまで主張していました。

しかし、こうした相嶋さんの主張に警察は理解を示しませんでした。何度も同じ説明をさせられた相嶋さんの様子を、妻は記憶していました。

相嶋さんの妻 「『まだ行くの?』って私が聞いたら『いくら言っても分かんないんだよねえ』って。『いやあ、機械の仕組みとかそういうことをねえ、何回も何回も説明するんだけど、全然分かんないんだよねえ』って。それにはちょっと困り果てていたみたいですね」

動き出した技術者たち

容疑を否認したまま経営の中核が逮捕・勾留されることになった大川原化工機。事件は大きく報道され、会社は苦境に陥りました。残った社員らは、事件は「事実無根」であると取引先などに説明して回ることを余儀なくされました。しかし、取引の一部は停止となり、一時受注額は4割以上減少したといいます。

対応にあたった管理部長・初沢悟さんは、当時の様子について次のように語っています。

初沢悟さん 「当社として法令違反はないと。あくまでそこしかないんですけどね。そういう逮捕っていう事実の前にはなかなか通用しない。無罪判決を勝ち取らないと要するに取引できないと」

追い詰められた状況を前に、動き出したのが会社の技術者たちです。

この頃、逮捕された3人の刑事裁判の準備を進める過程で、警察の実験の内容の詳細が判明しました。警察は、問題となった噴霧乾燥機の温度計測を行ったとしていましたが、実験記録を見たところ、温度計を配置し計測した箇所は限られていました。事情聴取直後の相嶋さんの指摘が、一気に現実味を帯びてきたのです。

大川原化工機は、技術者らを中心とした実験チームを組織。相嶋さんから技術を教わった後輩たちが集まりました。自分たちの力で、警察の実験への反証を行おうと考えたのです。その1人、実験チームを主導した根本源太郎さんによると、実は、温度が上がりきらない場所があるというのは、日常的に機械に触れる技術者たちにとっては、経験的に常識とされていたことでした。

根本源太郎さん 「この装置の場合は、外気を取り込んで電気ヒーターで加熱します。それで上部から乾燥室の内部のほうに熱風を吹き込むわけですね。こういった枝になっている部分は、風の流れにくいところになりますので、温度としては上がりにくい箇所になりますね」

根本さんは、そう言いながら、温度の上がりにくいとした部分を素手で触って見せました。その枝のように突き出た突起状の装置は「測定口」と呼ばれています。機械内部の温度や圧力を計測するため備え付けられた装置です。

この測定口の温度計測を警察は行っていませんでした。機械内部の滅菌・殺菌を熱風だけで可能というなら、この部分の温度も上昇していなければ、危険な菌が機械内部に残ることになります。

根本さんらは、社長らの逮捕から1か月半後には、測定口など複数箇所で、温度が上がりきらない場所が存在することを確認。警察の実験と同じ条件で温度計測するため、天候や気温まで気を配りながら実験を繰り返し、データとして取りまとめていきました。しかしそれでも、不安を拭い去ることはできなかったといいます。

根本源太郎さん 「もともとは我々としては規制に該当しないと信じていたものがいわゆる捜査起訴にまで至ったわけですから。どこまでデータを出しても該当するって言われてくる、そういった怖さは常にありましたので。だから、ゴールというのは感じなかったですね」

警察の主張は、大川原の技術者たちからしてみれば、単なる見解の相違を超え、科学的事実に反するものでした。それでも、社長らの逮捕、勾留が現実に目の前で起きていました。そのことに強い恐怖や不安を覚えたのです。

無実を訴えたままの死

逮捕から半年が経っても、3人の勾留は続いていました。このころ思わぬ事態が発生しました。相嶋さんの体調が急変したのです。異変にいち早く気がついたのは妻でした。

相嶋さんの妻 「東京拘置所に移って、面会行ったときちょっと、目が元気なかったんですよ。どうしたのかなって内心思ったけど、なんか言うと主人も気にすると思って黙っていたんですけど。それから9月の中頃に相嶋さん体調不良だって聞いて、で、輸血を500㏄したとかすごいこと聞いて、大きな潰瘍も見つかった、悪性だったって」

相嶋さんがのこしたメモ

相嶋さんが勾留中に記録していた手書きのノートには、「専門医にかかりたい」という言葉が残されていました。命に関わりかねない事態であることは明白で、相嶋さんや家族らは、拘置所の外の病院への入院を求め、保釈の請求を行いました。

しかし、その訴えは退けられました。大川原化工機の弁護を務めた高田剛弁護士は、逮捕当初は、最短で2か月程度の勾留で保釈が許されると見込んでいました。1年半をこえる事情聴取を行い、大量の資料も押収している。今さら、被疑者を長く勾留しておく理由はないはずだと。しかし、ここに至るまで、相嶋さんに限らず、社長や島田さんの保釈についても許されていませんでした。病が発覚し、もはや猶予ができないと、相嶋さんの保釈を再度請求したものの、ここでもまた証拠隠滅の恐れがあるなどと検察が反対したといいます。

高田剛 弁護士 「相嶋さんはまさに生命の危機に立たされている。保釈の必要性はさらに高いわけですよね。さらに高いのになぜ蹴られるのかというところですよね。否認イコール保釈しないみたいな風潮が残っているわけです。つまり無罪だと言っている人を閉じ込めとくというのが日本の人質司法的な保釈の難しさなんです」

病の発覚後、せめて夫を励ましたいと妻は連日、東京拘置所へ接見に通うようになりました。夫が日に日に衰弱していくように見えたものの、一向に保釈が決まる気配がありません。妻は「気が狂いそう」だったといいます。意識したのは「人質司法」という言葉でした。追い詰められた状況下で、ある選択肢を夫に話さざるを得ませんでした。

相嶋さんの妻 「80までは充実した老後を送ろうって2人で約束していたので。絶対死んでほしくなかったので。『ここで嘘ついたらどう?』って。『ああ、もうここまで来たらもう助かる道は嘘をつくしかしょうがないよ』って言ったんですけど、それには主人はもう黙っていました」

病が深刻な状態にあるのは、相嶋さん本人が一番に理解していたはずです。身に覚えのない罪を認め保釈を獲得するべきか。それとも、信念を貫き、このまま耐えるべきなのか。相嶋さんの沈黙を、どう理解したのか、妻に尋ねました。

ディレクター 「相嶋さんは、賛同はしなかったということでしょうか?」

相嶋さんの妻 「そうですね。もう絶望しちゃって、そういうやってもいないことをウソつくのも嫌だし、だからといって命が助かりそうな感じもしないし、すごい主人も苦しかったと思います。命の瀬戸際で」

結局、相嶋さんは、信念を貫く選択をしました。度重なる交渉でも保釈は許されませんでしたが、病発覚から1か月半後、勾留一時停止の許可は下り、拘置所外の病院へ入院することができました。しかし、勾留による心身への影響は大きかったといいます。入院から3か月後、相嶋さんは亡くなりました。妻は、死が迫った相嶋さんが事件をどう見ていたか、教えてくれました。

相嶋さんの妻 「どうしてこんなことになったのかなと言ったら、あいつらのやり方は汚いって。そのうち本当のことが分かるさって。俺たち何も悪いことしてないんだからって。まあ様子見ててみなって」

大川原社長が相嶋さんの死を知らされたのは、社長本人の保釈が許された2日後でした。それまで、体調が悪いとは聞かされていましたが、そこまで切迫していたとは知らされていませんでした。保釈の条件の1つを「会社関係者との接触しないこと」としていたため、葬儀にも参列できませんでした。

大川原正明 社長 「本当の技術の相棒が亡くなったという感じです。そりゃ、なんだかんだで40年近く一緒でやってきたわけだから。一緒にいる時間だったら女房よりも長いくらいなんだもんね、会社にいる時間だから。寝てる時間を除きゃ、本当に彼とは長いこと…」

とどめの一撃

相嶋さんの死に前後して、技術者たちは新たな目標に取り組み始めました。警察の実験の詳細を知った彼らは、もう一つ、気になることがあったのです。それは警察の実験では「粉体」を使用していないという点でした。

警察の実験では、小型の乾熱滅菌器で、液体状の菌などを熱風にさらし、菌の死滅を確認したとしていました。しかし、噴霧乾燥機で生物兵器を製造しようとした場合、殺滅しなければいけないのは、機械の内部に残る粉状の物質、「粉体」に含まれた菌になります。技術者たちは「粉体」と液体とでは、熱の通り方が違うことを熟知していました。

実験チームを主導した根本源太郎さん 「粉が堆積しているところに空気が入り込んでいるわけですから。保温効果というか断熱効果が高いと。堆積した粉の表面の部分は熱に晒されて菌が死ぬ可能性がありますけど、その内部の層にまでは空気層などがありますので熱が伝わりにくい。したがって『滅菌・殺菌』を証明するには、データとしては『粉体』を用いたものでないと特に意味がないというふうに思っていました」

しかし、有害な菌を実際に噴霧乾燥機で粉にする作業は、大川原化工機でも経験がある人はいませんでした。作業にあたる人間の安全性や、機械そのものの汚染の可能性など、事前に考えなければならない手順が大量に存在し、技術者たちは、大学の専門家らの協力を仰ぎながら、一つ一つ実験に向けた準備を進めていきました。

弁護士立ち会いの下、本番の試験が行われたのは2021年の5月末。相嶋さんの死から約4か月が経っていました。大腸菌を培養した液体を機械内に噴霧し、粉状になった残留物に警察実験と同じ条件で熱風をあて続けました。それらの作業を経た粉体を採取し、測定口から採取した粉体では、菌が死滅していなかったことが確認されました。

1年以上、70回を超える実験を繰り返し、たどり着いた結論でした。実験データは、弁護士が報告書にまとめ、検察などに提出されました。技術者らと伴走し続けた高田弁護士は、粉体実験の結果を見て、裁判での勝利を確信するようになったといいます。

菌が死滅していないことを確認

高田剛 弁護士 「とどめの一撃だというのは強く実感しました。本当に皆さん自分たちのやってることを信じて誇りを持ってやっている。素晴らしいなと思いました。中小企業かもしれないですけれども、本当に社員の力、人の力を感じました」

突然の幕切れ

刑事裁判が始まる予定の4日前。2021年7月30日。事件の幕切れは突如訪れました。

この日、大川原社長は、証言内容や証拠の整理など、まもなく始まる裁判の準備に取り組んでいたといいます。その時、弁護士からかかってきた電話に耳を疑いました。「東京地検が起訴を取り消した」。何を意味するのか分からず、思わず問い直したといいます。

大川原正明 社長 「裁判はって、いや裁判はありませんと。えっ…それどういうことですかと。起訴取り下げ…向こうが取り下げたんで。これでもう裁判終わりです。実質的には裁判に勝ったと同じですというふうに言われたんだけど、ぴんとこないですよね」

「起訴取り消し」によって、公判開始を目前に控えた刑事事件の裁判は、打ち切りが決まりました。直後に開かれた、大川原社長らが出席して開かれた記者会見の映像には、浮かない顔をした社長の姿が記録されています。

大川原正明 社長 「相嶋さんの無念さというか、それはどうしようもないよねと。どうしてくれるんだというか。せめて謝ってほしいというふうに思ったんで。それが本当の正直の気持ちでした。人間的な問題だと思うんです。これだけ拘束しておいて、病状が悪くなっているのにもかかわらず保釈もしなかった。それに対してだけは謝ってほしいと思ったんです」

相嶋さんの妻は、裁判の開始を待ち望んでいました。会社の技術者たちが、反証実験に取り組んでいることも知らされていて、一生懸命、証拠を積み重ねている姿に頼もしさを感じていたといいます。もうすぐ、みんなが夫の無念を晴らしてくれるはずだと。しかし…

相嶋さんの妻「庭で草取りしている時に電話がかかってきて。起訴取り下げになりましたって。まず思ったことが、なんで裁判しないのかなって。拳をあげといてね。都合悪くなったら引っ込めて取り下げますなんて。やっぱり裁判してきちっと相手が非を認めて、あなたたちは何も悪くなかったですと言われてこそですよね。やれるだけいじめられて、いじめたほうが悪いなといって引き下がってそれで終わりじゃあね」

さらなる事実の解明を

異例の「起訴取り消し」から、およそ4か月後、東京地裁は、逮捕された3人に対し、拘束された期間の補償について、国の規定の満額の支払いを決定しました。決定にあたり、裁判長は、仮に裁判が始まったとしても「無罪判決を受けるべきと認められる十分な理由がある」と述べました。

一方、これとは別に、大川原社長や遺族らは、国や都を相手取り、損害賠償を求める訴訟を提起しました。国や都は、捜査に違法性はなかったとして、争っています。事件はなぜ引き起こされたのか、捜査の途中でブレーキはなぜ踏めなかったのか、そして、その責任は誰が担うのか。相嶋さんの妻は、いまだ明らかになっていない事実の詳細が、裁判を通じて明らかになることを望んでいます。

記者会見する大川原社長ら

相嶋さんの妻 「やっぱり主人が亡くなってしまったことがすごい私の中では一生、生きてる間忘れられないし、あんまり話す時間もなかったですしね。突然連れて行かれて勾留されてしまって、もうあと何ヵ月という命で面会しても何も話せなかったので、そういう心残りがすごくあります。『自分が何も悪いことしていない、だから大丈夫』じゃないんです。何も悪いことしていない、一生懸命やってきても、疑いを持たれれば逮捕されてしまうというのが今の日本なので。できるだけ皆で真剣に考えて、悲しい思いする人が1人でも減ればいいと思います」

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