ECMOを装着したまま出産 新型コロナ重症者病棟の”奇跡”

NHK
2022年2月21日 午後7:38 公開

その患者はECMO=人工心肺装置を装着した状態で、出産を迎えることになりました。

意識がない中、顔をゆがめ、突然始まった陣痛。

ICUに急遽集まった、産婦人科医、新生児対応の看護師、助産師たち―

懸命の治療で救われた、“2つの命”の記録です。

(報道局 社会番組部 チーフディレクター 松井大倫)

車いすから赤ちゃんを見送る女性

聖マリアンナ医科大学病院(川崎)

 

私たちがおととし4月から継続取材をしている聖マリアンナ医科大学病院。これまで番組や記事などで、“医療崩壊”の危機に直面する現場の様子をお伝えしてきました。

これまでの取材記事を読む|証言記録「新型コロナ“第5波”」

 

この記事を書いている2月17日現在、同病院には重症者8名、中等症8名が入院し、さらに他の病院で受け入れられず、搬送された救急患者で病棟は満床状態です。

オミクロン株の重症化率は低いと言われていますが、いまも医療従事者たちは新型コロナ治療の現場に立ち続けています。

 

先月(1月)28日、病院の入り口で涙ながらに赤ちゃんを車いすから見送る女性がいました。新型コロナ重症患者だった、坂本なつ子さん(仮名・40代)です。

この日、退院するのは、生後5か月の菜々美ちゃん(仮名)。夫の腕に抱きかかえられながら、つぶらな瞳をパチクリさせていました。

産まれて初めて目の当たりにする病院の外の光景、そして初めて肌に触れるヒンヤリとした外の空気…どこか菜々美ちゃんも“いつもと違う日”と感じ取っていたに違いありません。

わが子の興奮した様子…坂本さんは、目に涙を浮かべながら、見送り続けていました。

親子にとって、この日を迎えるまで、壮絶な日々がありました。

 

妊娠24週で「重症者病棟」へ

聖マリアンナ医科大学病院 救命救急センター長 藤谷茂樹医師

 

同病院で新型コロナ治療の最前線で指揮を執ってきた救命救急センター長の藤谷茂樹医師。坂本さんが出産した時のことを“奇跡的”だったと、いま振り返ります。

 

坂本さんは第5波まっただ中の去年8月末、コロナ重症者病棟に担ぎ込まれました。妊娠24週でデルタ株に感染したのです。

当初は高濃度の酸素投与で処置をすれば、粘れるとの判断でしたが、入院から2日後に母体の容体が悪化。緊急で人工呼吸器管理を行い、そしてECMO=人工心肺装置も取り付けられました。

母体の酸素化(※酸素が血液に取り込まれること)がうまくいかない場合、胎児にも脳損傷など多大な影響が出るおそれがあります。胎児の成長に必要な酸素は、母親の血液から送られるからです。

そのため藤谷医師たちは、坂本さんの大腿部から胎児に酸素を送るための太いチューブを挿入するなど、様々な処置を行い、母子の容体を24時間管理することになりました。

  

母体を、子どもをどう救うか 議論の最中に…

 ECMO装着のまま出産を迎えた坂本さん 家族の写真をベッド脇につるしていた

 

坂本さんの陣痛が始まったのは、入院後第2週(妊娠26週)のこと。まだECMOを装着し、予断を許さない状態でした。

病院内の倫理委員会では、坂本さんと赤ちゃんの命をどう救うか、議論が行われている最中だったと言います。

 

藤谷医師:

「院内の倫理委員会では、胎児の帝王切開での取り上げで、母体の生命を優先して守ることが議論されていました。

ただ、ECMOを導入している時には、回路の血液が固まらないように抗凝固薬が持続投与されているため、帝王切開をしたとしても、今度は大量出血という危険性の高い治療オプションとなります。

そのため、我々は妊娠中絶というリスクを負ってでも、つまり胎児よりもまずは母体を守ることも考え始めていました

 

しかしこの議論の最中、事態は急変します。坂本さんが今までにない動きをして、苦しむような表情をしていたのです。

受け持ちの看護師がその様子にすぐ気づき、「もしや陣痛が起こっているのではないか」と観察を行ったところ、その予感は的中。破水が起こっていました。

すかさず、集中治療医、産科医、新生児科医師が集まり、出産に備える体制が敷かれました。

全てのスタッフがそろったところで、始まった通常の分べん。坂本さんの体には鎮静が深くかかっていたため、娩出(※胎児を生むこと)する力も弱く、徒手(※器具を使わず手を使って)で胎児の娩出を行うことになりました。

胎児は一時的に仮死状態でしたが、助産師が中心となって懸命な処置をし、蘇生に成功。第一声の産声をあげたと言います。

意識がない母親に子供が無事なことを伝え、赤ちゃんは保育器に入れられ新生児ICUに移されました。

 

藤谷医師:

「27週まで胎児を母体の中で育成できたことは、まさに奇跡的でした。一時は、妊娠中絶も考えていた時期に、胎児も『自分も生きたい』という思いを母親に伝えて、母親もそれを悟り、出産につながったとしか思えません」

 

いち早く事態を察知した看護師たちの連携 

中本亜也看護師

 

坂本さんの奇跡的な出産を支えたのが、看護師や医療スタッフたちの連携でした。入院当初から、出産まで立ち会った、中本亜也看護師もその1人です。

新型コロナの感染で重症化した患者の治療では多くの薬剤投与も必要となり、胎児に影響を及ぼしかねません。そのため、母親と胎児をどのように管理するのか、集中治療医、看護師、助産師、産婦人科医、NICU(新生児集中治療管理室)看護師ら多くの医療者で議論を重ねました。

そして、家族の思いに配慮しながら意思を確認し、出産まで危機的な状況となった場合は、母体優先の治療を行うことになったと振り返ります。

 

中本看護師:

「坂本さんの全身の状態は悪化していましたが、胎児の成長には影響なく妊娠27週を無事に迎えていました。入院18日目、血圧や脈拍が上昇し、顔面が紅潮している坂本さんに気づきました。

お腹を見ると固く張っていて破水をしていました。すぐに医師らを集め10分も経過しないうちに出産しました。坂本さんと胎児の命を守るという思いを持ち、日々、観察や管理を行った結果、坂本さんの普段とは違う様子に素早く気づけたのではないかと感じています。

破水を認めた際、偶然にも集中治療医、産婦人科医、助産師らが隣の病室に集まっていました。これにより迅速に対応が出来たことは、今思えば奇跡的なことだと思います」

 

赤ちゃんの命は救えたものの、出産後、坂本さんは大量出血で意識不明の状態になりました。懸命に治療・ケアに努め、些細な変化を見逃さないよう、中本さんらは看護を続けました。

そしてある日、声をかけながら体を拭いていると、坂本さんがうなずき、目を開く仕草に気づいたといいます。

 

中本看護師:

「声が届いて意識が戻ってきたのでしょうか。しかし、意識がもうろうとした状態が続いていていて、自身が無事に出産できたことには気づいてないだろうと思いました。

そこで、私たちは坂本さんに無事に出産できたことを感じてもらうために、NICUの看護師と話し合い、NICUですくすく育った赤ちゃんの動画や写真を見せることにしました。

赤ちゃんの泣き声に耳を傾ける坂本さんの反応をみると、母性の育成・生きる活力の源となっていたのではないかと思います」

 

ECMO離脱の決断 家族との面会が力に

ECMOを使った治療の様子(2021年8月17日放送「クローズアップ現代プラス」より)

 

坂本さんが入院して1か月半。赤ちゃんは順調に育つ一方、坂本さん自身の容体はなかなか回復しませんでした。

左の肺は完全に無気肺(※肺が粘液で潰れている)状況で、まだまだECMOの装着が必要な状況。いつECMOの離脱ができるのかわからないまま、治療は継続されました。

そして入院開始から約2か月。ついに、坂本さんの意識が戻りました。今まで1回の呼吸換気量が100mlも入らない(正常1回換気量350-450ml)状態でしたが、1回の呼吸換気量で160ml入るようになり大きな進展をみせたのです。

次のステップはECMOを外すことに向けた治療。ここで藤谷医師らは大きな決断に踏みきりました。

 

藤谷医師:

「我々は、ECMO離脱で人工呼吸器管理だけで頑張る決断をしました。当然この決断が生命にかかわることもご家族にも説明しました。ここでもまた奇跡が起こりました。1回換気量が200mlに満たない状況でも、坂本さんが頑張ってくれたのです。

苦しくて諦めそうになる彼女のサポートをするために、新型コロナ病棟から一般病棟に移動させ、ご家族や、赤ちゃんとの面会など、本人に生きる力を与えるケアの導入が看護部から提案されました」

 

意識を回復させた坂本さんでしたが、それまで家族への感染を考慮して面会は制限されていました。

約3か月もの間ECMOを装着しており、極限まで達していた精神状態。心の支えとなる夫との面会はとても重要だと考えたチームでは、坂本さんのPCR検査結果をもって感染症患者としての対応を解除し、家族と面会できる環境を作ることを最優先としました。

コロナの感染症対応を解除すると、治療費など金銭面の家族負担は大きくなります。しかし、母親として夫、そして赤ちゃんのもとに帰るためには家族の力が必要だと考えた結果でした。夫はたびたび面会して坂本さんを励ましました。

面会をするようになり劇的に精神状態は安定し、全身の状態も改善に向かいました。坂本さんに常に寄り添ってきた看護師らの提案が、大きな力となったのです。

 

藤谷医師:

「集中治療は、医師による高度医療のみで成り立つわけではないことを強調したいです。私たちは患者が治ろうとする治癒力をできるだけ引き出すことが必要であると考えています。

チーム医療は、臨床工学技士、理学療法士、薬剤師、レントゲン技師など多くの仲間に支えられて成り立っています。そして、コロナ病棟から非コロナ病棟に移動してからは、坂本さんの夫の献身的な介護も大きな力となりました」

 

「なんとかして赤ちゃんと会わせたい」

藤谷医師と坂本さん

 

ECMOを外した後、坂本さんはさまざまな合併症にも見舞われます。右肺に緊急性気胸(※肺に穴が空き、心臓を圧迫、血圧低下をきたすなど生命の危険に陥る疾患)、さらに左肺にも気胸、そして左胸腔からの大量出血など…ギリギリの状態が続きます。

そのつど、医療従事者らの懸命な治療で、何とか生命の危機を脱しました。

入院から4か月たった昨年末。大きな山は越えたものの、長い入院生活で痩せ細った坂本さんは自分の体重を支える足腰が弱り、立ち上がるだけでも時間を要することがしばしば。

懸命にリハビリを行いますが、ここでも看護師らの提案が回復の大きな支えとなりました。

  

藤谷医師:

「年末に、看護師からの提案で、意識もしっかりして、リハビリが少しずつ進んでいるにもかかわらず、まだ一度も赤ちゃんに触れたことがなく、スキンシップが取れていないことで、母親として実感が持てないのではないかという意見が投げかけられました。

どうしたらより母親として実感をもってもらい、より治療へ積極的に取り組んでもらえるか、医師を含めて協議をしました。

そこですでに出産後3か月以上経過して、子どもが退院するまでに1度、スキンシップを取らせようということに。NICUの看護師とICUの看護師とで相談して、保育器の中にいる子どもをビニール1枚隔てて触らせることを実現させたいと思ったのです」

  

産まれてから初めての母子の対面。坂本さんは人工呼吸器をつけた状態で、看護師の呼びかけに、おそるおそる手を伸ばし、保育器の中で泣き叫ぶ菜々美ちゃんに何とか触れようと、ゆっくり手を伸ばします。

ビニールの上から初めて触れる菜々美ちゃんの小さな頭。坂本さんは安堵した表情で優しくわが子をなでていました。そして看護師が保育器の位置を変え、足やお腹の部分にも触れます。

それまで泣き叫んでいた菜々美ちゃんが、母親になでられた直後、不思議と泣き止んだのが印象的でした。

 

車いすの上で初めて抱くわが子

わずかな奇跡を信じて、5か月にも及ぶ戦いを続けてきた坂本さん。この戦いも終わりが見え始めてきています。

1月、坂本さんはまだ人工呼吸器の管理が続いていました。そのなかで歩行の訓練も始まり、食欲も増していました。

藤谷医師は坂本さんが母子一緒に退院できるようにと考えていましたが、人工呼吸器の離脱までにはまだ時間がかかるため、菜々美ちゃんだけが先に退院することになりました。

そして菜々美ちゃんが退院する日に、坂本さんは初めて直接わが子を抱くことができると決まりました。

この日まで、車椅子から何度も立ち上がり、屈伸運動と歩行訓練のリハビリに明け暮れた坂本さん。看護師に支えられながら、数メートルを歩けるようにまでなっていました。

 

迎えた退院の日。人工呼吸器を装着しているため、まだ言葉を発せない坂本さん。いまの気持ちを伺うと、スマホで1文字ずつ打ちながら、答えてくれました。

 「抱けるかな?すごく重そうだから…」

そして、いよいよ菜々美ちゃんとの直接対面。車いすに乗った坂本さんの膝の上に、わが子が横たわり、初めてその重みを感じます。

菜々美ちゃんの頬を指で愛おしそうに、何度もさすっていたのが、印象的でした。

 

 

坂本さんは、夫と娘が帰る姿を病院の入り口でずっと見つめていました。

「ようやくここまで来た」という安堵の表情…その目には、涙をためていました。

  

 

坂本さんはいま懸命に退院を目指し、リハビリをしています。

肺の損傷がひどく、会話はスマホを介してですが、医師や看護師の呼びかけに「トレーニング、トレーニングしたい…」と返してくるなど一刻も早い退院を待ち望んでいます。

先日(2月15日)には、入院当初から付けていた人工呼吸器もはずれ、一般病棟に移るまでに回復をしました。家族の元に帰りたいという強い願いが背景にあると藤谷医師は言います。

 

「患者一人一人に愛する家族がいて、そこには医療従事者の懸命な支えがある」。

感染者数や重症者数など、ややもするとこのコロナを数字で把握し、全てを理解したと判断してしまう状況…。坂本さん親子や医療従事者らの様子を目の当たりにして、改めて取材者として大切なことを教えられました。

そして引き続き、この取材を続けていきたいと思っています。  

 (報道局 社会番組部 チーフディレクター 松井大倫)

  

 

 

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