今、全国で問題になっている「教員不足」。その背景にあるのが長時間労働です。
日本の先生たちは「世界で一番、労働時間が長い」と指摘されています。
「過重労働」をどう見直し、子どもの学びを守るのか。
思い切った取り組みで、解決の糸口を見い出し始めた、地方の事例を紹介します。
(クローズアップ現代 取材班)
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「4時半下校」 市内一斉に勤務時間を見直し
ひとつめは、岐阜県下呂市が街ぐるみで取り組む事例です。
下呂市のある中学校、放課後グラウンドでは生徒たちが部活動に取り組んでいましたが、時計の針が午後4時半を回ると、合図とともに一斉に生徒たちは片づけに入り、足早に下校していきます。
下呂市ではこの春から、教育現場の働き方改革のため、市内6つの中学校すべてで「4時半下校」に取り組んでいます。
この学校での教員の定時は、朝8時から午後4時半。
これまでは、部活動が午後6時ごろまであり、その後に授業の準備や会議を行うため、月の残業時間が45時間を超える教員も少なくありませんでした。
下呂市内すべての学校で同じ課題を抱えていたため、一斉に下校時刻を見直すことにしたのです。
この思い切った決断を下すことは、学校にとって簡単なことではなかったと言います。
下呂市立下呂中学校 中村好一校長
「下校時間を早めることは『学校が子どもをみる時間が少なくなるのではないか』『もっとみてほしい』という声があるかもしれないと思いました。また、学校ごとに下校時間が異なれば『あの学校はまだ部活動をしているのにこちらはしていない』といった話題も上がるかもしれないと思いました」
鍵は『時間割見直し』と『自治体の取り組み』
数十年続いてきた下校時間の慣習を、どのように変えるのか。
まずは、慣習として行ってきた行事などの見直しです。
・委員会活動の削減
・運動会、卒業式の準備などを最小限に
・掃除は4日→週2回に
そして、授業時間と部活動の時間を維持するために、時間割も見直しました。
・4時半までに収まる時間割の変更
この取り組みは教育現場だけでは実現できません。
・コミュニティバスのダイヤ変更
下校時間が大幅に変わった子どもたちのために、登下校に使うコミュニティバスの運行時間を、4時半下校に合わせて変更してもらいました。
4時半下校になったことで、教師たちの退勤時間を早めることに成功しました。
教師たちの声
「授業準備の時間が増えたので、自信を持って授業に臨めることになった」
「心の余裕ができた。このゆとりを、笑顔で元気に子どもと接することで返したい」
「帰宅後、子どもと一緒に夕飯がとれる」
生徒たちも、この取り組みに賛成の声が多いと言います。
生徒たちの声
「最初は遊ぶ時間に使おうかと思っていたけど、受験のために努力して勉強したい」
「先生はいつも夜遅くまで働いているのを見ていたので、家族との時間が増えていいことだと思います」
下校時間の子どもたちは…寄せられた課題
一方で、課題も浮かび上がってきました。
4時半下校が始まって1週間後に開かれた校長会では、保護者から寄せられた意見について、話し合いがもたれていました。
校長会の様子
保護者からの意見
「子どもが帰ってからゲームばかりやっている」
「親としては、一番やってほしいのは勉強。宿題を増やせないか」
「宿題を自分でできない子のために、地域で勉強を見てもらえる場が欲しい」
校長会の様子
校長の意見
「下校が早まった時間を、どう使えば将来の自分のためになるのか考えさせていくのが、我々の仕事。子どもたちに自由な時間を作った以上、そこをどうコーディネートしていくか。学校の責任はまだ終わっていないのではないか」
下校時間が早まることで、新たに求められる学校の役割。
どこまで目を配るべきか、悩む日々は続いています。
教師の仕事はどこまで?地域が支える学校は
教師が不足する中で、教員の働き方の実態を地域に積極的に発信しているのが静岡県です。
県の教育委員会は2017年、教員の労働環境について知ってもらおうと、親子向け映画の上映前に流す30秒の動画を制作しました。
静岡県教育委員会が制作した動画(2017年)
学校では、ひとりひとりの教師の負担を減らすために、学校の仕事を地域の住民が引き受ける取り組みを進めています。
富士市にある小学校では、「サポーター」と呼ばれる地域住民100人が、これまで教師が行ってきた細かな仕事を引き受けるようになりました。
その仕事内容は様々。
草取り、花壇の整備、フェンスのペンキ塗り、授業で使う畑の管理、大掃除の手伝い、自習の見守りなど、地域住民でもできる学校の仕事を、ボランティアが担っています。
富士市立富士見台小学校 四條秀樹校長
「私が子どもの授業で使ったほうれん草の畑を片付けていると、サポーターさんが『先生、こっちはいいから、学校の仕事をしてください』と言ってくれるんです。地域のかたがたの中に、教師の働き方という視点があることに感激しました。地域からの理解を得られることは、私たちにとっては作業の負担が減るだけではなくて、精神的にも励まされることなんです」
この仕組みのカギとなるのが、「コミュニティスクールディレクター」という調整役の存在です。
富士市では独自に予算をつけて、市内29の学校に配置しています。
学校と地域の調整を行う「コミュニティスクールディレクター」
教師の要望を聞き取り、地域住民に依頼します。
サポーターが業務の一部を担うことで、教師が授業の準備や子どもたちに向き合う時間を確保できるようになったと言います。
コミュニティスクールディレクターのノート
教師の声
「心の負担感が減った」
「授業のための時間が確保できてやりがいがある。子どもたちのために頑張りたい気持ちも強くなる」
「放課後の時間があると、学習の遅れている子にフォロー出来たり、トラブルになった子に丁寧に対応できる」
こうした取り組みで、この学校では最大で月18時間半の残業時間を削減しました。
高齢化でいつまで続けられるか課題も
一方で、サポーターとして参加する地域住民から課題の声も上がっています。
地域住民
「私たちも高齢化してきているから、いつまで続けられるか、ちょっと僕にもわからない」
日中行われる学校の仕事に、働く現役世代が参加するのは難しく、活動の中心は主にシニア層。高齢化が進む中で、今後の活動をどのように継続していくかが、課題です。
富士見台小学校 校長
「時間もお金も限られている中で、地域のみなさんの力を借りながら、どうやって学校運営をしていくのか。これからも考えていかないといけない、校長の仕事であり、課題です」
子どもの学びを守るために、全国の教育現場では、先生たちがギリギリの状況の中で模索を続けています。
文部科学省は「教員不足」の現状を受けて、教員免許がなくても知識や経験がある社会人を採用できる制度を積極的に活用するよう全国に緊急で通知しました。
しかし、「長時間労働の実態」や「残業代が出ない現状」を抜本的に変えなければ、「先生になりたい」という人材が増えず、根本的な解決にはなりえません。
教師の心のゆとりを生むことは、子どもたちに丁寧に向き合う時間を生み出すこと。
今回の取材で見た、先生と生徒の笑顔から、このことを改めて教えられました。