アメリカ議事堂乱入事件の裏で ピュリツァー賞ジャーナリストが語る 知られざる危機

NHK
2022年1月4日 午後5:43 公開

去年1月、アメリカの連邦議会議事堂にドナルド・トランプ大統領(当時)の支持者らが乱入し、警察官を含む5人が死亡、500人以上が訴追された。その2日後、アメリカ軍幹部が核攻撃の危険に関して、中国軍幹部と非公式に連絡を取っていた―。

この事実を報じ、世界に衝撃を与えたノンフィクション「PERIL 危機」は各国で翻訳され、日本語版も発売された。

NHKではこの本の著者である世界的ジャーナリスト・ボブ・ウッドワード氏と、ワシントン・ポスト記者のロバート・コスタ氏に単独インタビュー。トランプ政権からバイデン政権への移行期に何が起こっていたのか。そして中間選挙が行われることし、アメリカの民主主義はどこへ向かうのか尋ねた。

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ボブ・ウッドワード

1943年生まれ。およそ50年にわたりワシントン・ポストで歴代大統領を取材・報道し続けている。ウォーターゲート事件のスクープや9.11テロに関する報道でピュリツァー賞を2度受賞。

ロバート・コスタ

1985年生まれ。ワシントン・ポストで記者としてアメリカ政治を担当。

去年9月に2人の共著で「PERIL」を出版。12月には日本語版が発売された。


 

議事堂乱入事件の衝撃

去年1月6日、トランプ氏支持者らによるアメリカ連邦議会議事堂への乱入事件は「アメリカの民主主義が失われた」とも言われる事件だった。前年11月に行われた大統領選挙の結果を不服とするトランプ氏の支持者たちは、議事堂を包囲し内部に侵入。大統領選の結果を確定させようとしていた連邦議会は中断に追い込まれた。

当時ウッドワード氏とコスタ氏は、トランプ氏からジョー・バイデン大統領への政権移行期のアメリカ政治の動きを本にまとめようと取材を進めていた。

 

ロバート・コスタ氏

 

コスタ

自分の国の首都が攻撃されたことはショックでしたね。可能性として考えられないことですから。それは記者としての私のミスです。記者は時に「ここでの最悪のシナリオは何か」ということをもっとよく考える必要があるのです。 実際、私は暴動の前夜にワシントンD.C.にいて取材をしていましたが、翌日にあのような暴動に発展するとは、当時の私には想像もできませんでした。

あの事件は、アメリカにとって非常に暗い出来事でした。民主主義、政治システム全体が極限まで試されたのです。平和的な政権交代を前提としてきたアメリカのシステム全体が、暴力と不安定さを目の当たりにすることになったのです。

 

ボブ・ウッドワード氏

 

ウッドワード

長くアメリカ政治を取材してきた私も初めて直面することで、「なんでことだ!果たして次は何が起こるんだ?」と皆が息をのんだ瞬間でした。かつて私がスクープした(ニクソン元大統領が辞任した政治スキャンダルの)「ウォーターゲート事件」の時でさえ、こんな事態にはなりませんでしたからね。

ただ、私たちはアメリカ政府内に多数の情報源を持っていましたから、この暴動をどう報道すべきかわかっていました。問題は「何が起こっていたか」ということです。その点に関して言えば、トランプ前大統領が受け身になって暴動を見ていた、というのは事実ではないでしょう。暴動の1週間前から、彼は議論に深く参加していました。トランプ氏はペンス前副大統領に、バイデン氏当選の選挙結果を認めないように猛烈な圧力をかけ始めていましたから。

 


ふたりはホワイトハウスや国防総省など関係者への取材を進める中で、暴動に前後して起きていた安全保障上の知られざる「危機」を明らかにした。その中心人物が、アメリカ軍の制服組トップ、統合参謀本部議長を務めるマーク・ミリー氏だった。

 

ひそかに起きていた「PERIL 危機」

アメリカ統合参謀本部議長  マーク・ミリー氏

 

「PERIL」の中で明らかにされた、ミリー氏の知られざる行動。

ミリー氏は、トランプ氏が中国に対して挑発的な発言を繰り返していたことについて、「戦争になるのではないか」と懸念。不安を抱く中国に対し「攻撃することはない」と伝えるため、大統領選挙前の2020年10月と議事堂襲撃事件後の2021年1月の2度にわたって、中国人民解放軍の李作成参謀長と秘密裏に連絡を取っていたというのだ。


 

ウッドワード

私たちが調査してわかったのは、米国の私たちや日本を含む世界が知らないうちに、トランプ氏の行動が世界の国家安全保障上の危機を引き起こしていたということです。

2020年の大統領選挙の前に、ミリー氏は、中国が「米国に攻撃される」と考えているという諜報を入手しました。アメリカにそのような計画や意図はありませんでしたが、ある国が「誰かに攻撃される」と警戒するというのは非常に危険で、深刻で不安定な状況を作り出すことになります。そこでミリーは裏のルートを用いて、中国軍(人民解放軍)のトップ、李作成参謀長に連絡し中国軍側を落ち着かせました

そして議事堂襲撃の2日後の1月8日、ミリー氏は再び李氏と話をしました。李氏は、あのような暴動は前例がなく、アメリカが崩壊するのではないかと心配していたのです。暴動のあまりのすさまじさに、中国も、ロシアも、イランも軍事的な警戒を強めていましたからね。

 

 

コスタ

私たちは可能な限り取材を重ね、「PERIL」のプロローグとして、ミリー氏に言わせれば「理論的にあり得る絶対的な暗黒の瞬間」、つまり中国がトランプ氏を誤解した場合、あるいはその逆の場合も、何らかの形で核戦争が勃発する可能性があるという状況に直面した様子を書いています。

ミリー氏はトランプ氏を裏切っていたわけではなく、中国とアメリカがお互いに、「相手が戦争の準備をしている」と誤解しないようにするために、舞台裏で動いていたのです。

彼は中国軍幹部と連絡を取ったことについて、トランプ氏には伝えていませんでした。しかし、他のアメリカ軍幹部とは共有していましたし、マーク・エスパー国防長官とも緊密に連携していたと後に報告されています。決して彼は孤立して動いていたわけではなかったのです。

外国の軍事指導者の間では、こうした機密扱いの通話は、ある程度日常的に行われます。ただ、今回の米中間の通話は、その背景からして非常に珍しいものでした。ミリー氏は中国を落ち着かせようとしていたのです。ご存知のように、南シナ海では軍事的に非常に厳しい環境に置かれることがあります。ミリー氏は今回の暴動によって、(中国に)アメリカが不安定だと思われるような、新たな混乱が生じることを望んでいませんでした。

 


選挙で敗れたトランプ氏が情緒不安定になっていると考えたミリー氏は、軍の最高司令官である大統領が出す、核使用も含むすべての命令について自分に必ず知らせるように、軍の高官たちに指示していたと、本の中で語られている。

 

 

ウッドワード

私たちは、ミリー氏とナンシー・ペロシ下院議長の会話記録を入手しました。議事堂襲撃から2日後ペロシ議長はミリー氏に電話をして、「トランプ大統領はクレイジーです。私は彼を信用できません。あなたは、核兵器は使われないと保障できるんですか?」 と問いました。

ミリー氏は彼女をなだめようと、「軍には(核兵器使用を防ぐための)手順があります」と答えました。しかし電話の後、彼は確実にその手順が導守されるのか不安になった。そして国防総省の高官たちを自分のオフィスに呼び出し、こう命じたのです。

「軍事行動が行われる場合、または核兵器の使用をトランプ、あるいは誰かが命令した場合、必ず私を通すと誓ってくれ」

「私への連絡なしに、そのような事(核兵器の発射)は起こさないと、宣誓してくれ」

他の高官たちにも、それぞれのオフィスを回ってそれを誓わせました。私は50年間この仕事をしてきましたが、統合参謀本部議長が「トランプ大統領だけでは核兵器を発射できないことを理解しているか?」とひとりひとりに確認して部屋を回る、なんて瞬間は見たことがありません。

 


ウッドワード氏とコスタ氏は、このミリー氏の行動について「PERIL」に次のようにつづった。  

 

「ミリーは国際的なリスクがきわめて大きい新時代にアメリカが突入したと、ひそかに認識していた。ひとつの突発事件や誤解が大惨事に拡大しかねない、まさに一触即発の状況だった」

 

本の出版から1週間後、ミリー氏は、中国軍幹部と連絡を取っていたことをアメリカ議会で証言し、その事実を認めている。

 

 

「危機」はまだ続く

議事堂乱入事件の2週間後、就任式で「民主主義の再生」を訴えたバイデン大統領。当初、支持率は安定していたものの、アフガニスタンからのアメリカ軍撤退による混乱で数多くの批判を受けた。バイデン大統領の政権運営はことし11月に行われる中間選挙で審判が下される。

そして、今なお注目を集めるトランプ氏の動向。ウッドワード氏とコスタ氏による調査報道では、トランプ氏が言う「不正選挙」の証拠は見つからなかったが今もその主張は変えていない。2024年の大統領選で彼は戻ってくるのか。「PERIL」の中では、トランプ氏の側近が語った言葉が書かれている。

 

 

「トランプはどうやって戻ろうかと頭をひねっている。それをカムバックだとは見なしていないと思う。復讐だと見なしている」

 

その側近によれば、トランプ氏は大統領選に勝つことではなく、過去や現在に自分に逆らった人たちに仕返しをすること、つまり政治的な復讐に力を注いでいるのだという。事実トランプ氏は、批判の矛先を民主党だけでなく、自身を批判する共和党議員にも向けている。共和党支持者の中でトランプ氏の支持率は依然として高く、この動きは無視できないものだとウッドワード氏らは考えている。

 

 

そして二人は次の言葉で本を締めくくった。

 

Peril remains(危機は残っている)」

 


 

コスタ

「Peril remains」とは、アメリカの民主主義にとっての危機は存在し続けている、という意味です。暴動やそれに続く危機は、「一瞬の出来事」ではなかったということです。なぜ危機が続いているのか。それは、トランプ前大統領が一歩も引かない姿勢を見せているからです。彼の支持者たちは、2022年と2024年の選挙に勝つために、地方選挙や州選挙をよりコントロールできるように組織的に動いています。また一部の共和党支持者の間では、アメリカの統治システム、選挙に対する信頼が非常に低くなっています。特に保守派の間でのこの信頼の低下は、平和的な権力の移譲と受容を原則としてきたアメリカの選挙にとって良い兆候ではありません。

 

 

ウッドワード

トランプ氏には再出馬の可能性があり、2024年には大統領に再選することだってあり得ます。アメリカには本の題名にあるように危機の雰囲気が残り続けている、というのがこの本の結論です。

私たちは未来を予測するのではなく、起こった出来事を明確に報道することに専念しています。なぜなら、アメリカの政治の未来を正確に予測することは不可能だからです。アメリカと世界の秩序には、あまりにも多くの要因やプレーヤーが存在します。例えば、日本にとってみれば、アメリカとの同盟関係は生命線ですよね。中国は軍拡を進め権威主義的な行動をとっていますし、北朝鮮の金正恩氏との間では依然と不信関係が続いています。

日米同盟はこれまでと同様に極めて重要です。バイデン大統領は、中国や北朝鮮の課題にも取り組まなければいけませんが、彼が下したアフガニスタン撤退の決断によって、不安定さとPeril _危機_」をさらに増加させた、と言えるかもしれません

トランプ氏やバイデン氏の動向は、米国だけでなく、日本や中国、ロシア、中東の行く末を見通す窓でもあります。トランプ政権で起きたこと。政権移行期に起きたこと。そしてバイデン政権で起きたことによって、将来にどのような「危機」が待ち受けているのか。

決して安心はできないでしょう。