【囲碁】仲邑菫·上野愛咲美”女流棋聖戦”の行方は?井山三冠「最善の手を打てるか」

NHK
2023年1月31日 午後6:15 公開

今月19日から始まった、女流タイトル戦のひとつ、「女流棋聖戦 挑戦手合三番勝負」。

タイトル保持者は、公式戦勝ち星ランキング1位、超攻撃的な碁が「ハンマーパンチ」と称される上野愛咲美・女流二冠(21)。

挑戦者は、10歳でプロとなり、中学生でのタイトル獲得を目指す仲邑菫・三段(13)。ここで、先に2勝すればタイトル獲得の最年少記録を更新することになります。

近年台頭する若手女性棋士たち。彼女たちの強さはどこから生まれてくるのか…

二度も七冠を獲得した"囲碁界最強の棋士” 井山裕太さんに聞きました。

(クローズアップ現代 取材班)

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「ハンマー」の異名 22のタイトルを獲得してきたトップ棋士・上野

―上野愛咲美 女流二冠の特徴はどんなところにありますか?

井山さん:

上野さんは「ハンマー」っていう異名もあるように、どんなに相手が強くても“相手をなぎ倒していく”パワーがあります。

相手からすると、一瞬も油断できない、どこからパンチが飛んでくるか分からない、1発の強さという意味では3人(藤沢・上野・仲邑)の中でピカイチですね。

なかなかプロ同士の対局ですと、相手の石をたくさん取ってしまうというのは、非常に難しいことなのですが、それを結構頻繁にやってしまう、やってのけてしまう。そのあたりのすごみというか、自分と比べてもはるか上を行っているのではないかと、誰が相手でも1発入れる力を持ってる棋士だと思いますね。

 

―上野さんの「ハンマー」の強さは、どのように磨かれたとお考えですか?

井山さん:

上野さんの場合はとにかく実戦を積んでいく中で、戦っていく中で身につけていった碁。もちろん基本的な部分ももちろん強いですけれども、自分の世界を持っていますね。人に何と言われようと「私はこういうふうに打ちたいんだ」というのがかなり伝わってくるそういう碁ですね。

 

―囲碁棋士にとって「自分はこう打ちたい」ということは大事なことなのでしょうか?

井山さん:

囲碁は、本当に長い歴史がありまして、いろんな偉大な先輩方から受け継がれてきたものが、たくさんあります。対局を後から見返すことができる棋譜が残っているんですが、過去を振り返ると棋士によってそれぞれの世界や個性があります。

いかに自分のスタイルを確立していくか、というのがすごく大事ですね。人と同じことだけをやっていてはなかなか上にいくのは難しいです。 上野さんが、ご自身の世界を追求されているというのもすごく大事なことの1つなのかなと思います。

 

10_歳でプロ入り 数々の最年少記録を塗り替えてきた仲邑_

―対する仲邑菫三段。井山さんは幼少期から知っているとのこと、どのような印象をお持ちですか?

井山さん:

仲邑さんの対局を初めて見たのは、彼女が6歳のころ、子どもの全国大会でした。碁盤に向かう姿勢や相手に対して闘志むき出しでやっている感じがすごく伝わってきて、「本当に囲碁が好きなんだろうな」と感じましたし、当時から「この世界でやっていくんだ」みたいな、すごみみたいなものを感じました。 対局の内容がどうというよりもまず、対局の姿を見てすごいと思いましたね。

 

―その後、対局もされましたが、仲邑菫三段の強さとは?

井山さん:

実際に初めて彼女と対局したのは、彼女がプロ入りが決まってその直後ぐらい。 当時9歳でしょうか。対局してみて、まず驚きましたね。この年齢でここまで強くなれるんだという。 自分の9歳のときと比べたら、はっきりと菫さんのほうが強いと感じましたし、最初はただただ驚きました。

彼女も本当に囲碁に対してすごくストイックで、実際にプロに入って最初は少し苦労した部分もあったと思うんですけども、ここ数年は結果を残して、言い方が合ってるか分からないですけど、いろんな声を黙らせてしまったというか、それだけの結果を出してきていますね。着実に成長を続けていますね。

 

―彼女の成長を支えるものとは?

井山さん:

彼女の場合は「研究量の多さ」というのはすごく感じますね。

自分を思い返してみてもそうですが、実際に対局することは楽しかったですけれども、それに向けて練習することはすごく苦手で、正直全然、自分は彼女ぐらいの年齢の時はたくさん練習をやっていなかったもので、それに比べてもたくさんの研究をまずこなせること自体がすごいなと思います。

そして、もうひとつが「負けん気の強さ」ですね。 囲碁は勝敗が確実につくゲームですので、負けることもしょっちゅうあるんですけれども、それをまた力に変えているように見えるのですごいなと思います。

 

勝負の行方は第3局へ

第2局を終え、1勝ずつを分け合った二人。タイトルの行方は2月6日(月)に行われる第3局にゆだねられました。

初のタイトルを狙う仲邑三段、対して、タイトルを守る上野女流二冠。それぞれの棋士に大切にしてもらいたいことは…?

 

【仲邑菫三段にむけて】

井山さん:

タイトル戦は何度戦っても緊張感とか独特の雰囲気があるので、慣れていくことも大切ですが、どういう舞台でもやはり自分のベストのパフォーマンスをすることを意識して臨むしかないと思いますね。

仲邑菫さんも今回のタイトル戦が初めてではないので今までの経験を生かしてまたどのように立ち向かっていけるかというところだと思います。

彼女も悔しい経験、つらい経験もたくさんしているんですが、そのつど経験を糧に順調に成長してるように見えますので、自分は全く心配はしてないです。

自分も勝ちを意識して、そこから逆転されるということも本当に数多く経験してきましたが、実際にそのような経験をしてみないと分からないことはすごく多いと思うので。

 

【上野愛咲美女流二冠にむけて】

井山さん:

負けると、目に見えて持っていたものを失うというのがタイトル保持者にはありますよね。それにあまり執着してしまうと、パフォーマンスに影響が出たりちょっと硬くなったり守りに入ってしまったりっていうようなこともありがちです。

いかにそういう気持ちを取り払って、チャレンジしていく気持ちを持ってやれるか。自分自身は、防衛戦の立場なんかでは結構意識はしているところです。

理想を言えば勝敗を度外視してその局面でいかに自分なりの最善の手を打てるか。そういう意識でいることが自分としてはわりと理想です。

形勢うんぬんで考えることももちろん多いです。よっぽど勝ちがもう確実に自分の中で見えているような場面ですと、そこに向かってただ進んでいくだけですけど、やはり最後まで見通す、読み切るということはなかなか難しいことなんです。その場で自分ができるよい一手を探していくというところに尽きるのかなと思います。

 

最後に、若手女性棋士たちが台頭する囲碁界に、井山さんはどのような未来を思い描くのでしょうか。

井山さん:

やはり女性が活躍する世界はすごく魅力的な世界だと思いますし、結果がはっきりと出る勝負の世界で本当に男性と対等に戦っている世界、そういうところがかなり近づいているのは間違いないと思います。

夢や希望、いま現在でも彼女たちからいろんなものを感じていただける方も多いと思うんですけれども、さらに七大タイトルなどの男女混合のタイトルを取る、世界チャンピオンになるとなってくると囲碁界全体としてすごく盛り上がっていくだろうなと思います。

すごく楽しみではありますが…自分は戦う相手でもあるので、楽しみだけとは言えないですけれども、自分も彼女たちと戦っていくというのも1つのモチベーションになっています。囲碁界全体としていい流れを生み出してくれている存在だと思いますね。

「女流棋聖戦」の第3局は、2月6日に東京の日本棋院で行われます。

 

 【追記】
2月6日、仲邑菫三段は2勝1敗で「女流棋聖戦」のタイトルを奪い、自身初の女流タイトルを手にしました。仲邑三段は現在、「13歳11か月」で、これまで「15歳9か月」だった女流タイトル獲得の最年少記録をおよそ9年ぶりに更新しました。

 

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