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SNS上で広がる「精子提供」 なぜ利用?リスクは?

NHK
2021年9月10日 午前11:52 公開

「#精子提供します」

今、SNS上で、精子を無償で提供するとうたうアカウントが増加。その数は、研究者の調査によると、300から400とも言われています。「子どもをもちたい」という人たちがアクセスし、駅前やカフェ、ホテルなどで、SNSで知り合った男性から精子の提供を受けているのです。一方で、「提供者から性的行為を強要された」、「提供者が示した学歴や国籍は偽りだった」といったトラブルも起きています。

それでもなおSNSで精子提供を受けるのはどうしてなのでしょうか。また、SNSを介した提供にリスクはないのでしょうか。専門家への取材をもとに、「精子提供」の概要をお伝えします。

            (報道局 社会番組部 ディレクター 高橋裕太)

 

 

 【この記事のポイント】

  •  “男性が無精子症の夫婦”を対象に始まった「精子提供」

  • 高まるニーズ 背景には“多様化する家族”

  • AID治療の“停止”で追い打ちに

  • SNSの「精子提供」 医学的リスクは?

  • SNSでの提供には法的・倫理的リスクも

  

 

“男性が無精子症の夫婦”を対象に始まった「精子提供」

 

 

日本において精子提供の歴史は古く、戦後すぐの1949年、慶應義塾大学病院が、第三者の精子を用いた人工授精=AIDによって、初めて出産に至りました。その対象は、男性が無精子症の夫婦でした。慶應義塾大学で実績が積み重ねられるなか、日本産科婦人科学会は、AIDは「法的に婚姻している夫婦」を対象に行う不妊治療としました。

 

当初は、男性が無精子症の夫婦だけが対象となってきましたが、その後、性別適合手術を受けて、女性から男性になったFTM(Female To Male:身体的には女性〔Female〕だが、性自認は男性〔Male〕)の夫婦も、婚姻関係があればAIDが受けられるようになりました。

こうしてAIDで生まれた子どもの数は、1万人から2万人いると推定されています。

 

 

高まるニーズ 背景には“多様化する家族”

 

  

病院でAIDを受けられるのは、あくまで「法的に婚姻している夫婦」に限定されてきました。そのため、結婚が認められていないレズビアンのカップルや、結婚せずに1人で産むことを決めた選択的シングルマザーの人たちは、AIDの対象にはなりません。また、FTM当事者でも、子宮・卵巣を摘出する手術を行わなければ、戸籍を女性から男性に変更できないため、AIDを受けられません。家族の在り方が多様化する一方で、その現状に医療の体制が追いついていないのです。

こうした人たちに残された選択肢は、主に3つあります。

  

  1. 海外の精子バンクの利用

  2. 親族・知人からの提供

  3. SNSなどネットを介した第三者からの精子提供

 

そのなかで、なぜSNSによる精子提供を選択する人が増えているのでしょうか。

まず、海外の精子バンクと比較したとき、①金銭面、②日本人ドナーの確保という面を考慮して、SNSを選ぶ傾向にあります。海外の精子バンクの場合、渡航して治療を受けると、渡航費や病院での治療費がかかります。また、自分で輸入して、「シリンジ」と呼ばれる針のない注射器を使って体内に注入するやり方をとる場合でも、精子1本当たりの購入コストに加え、輸入するための送料がかかります。それに対し、SNSでは、多くが“無償”をうたっており、多くの場合、求められるのは交通費や検査費用など実費程度のみです。また、受け取った精子は、「シリンジ」で体内に注入するため、費用はほとんどかかりません。SNSは経済的負担が軽いのです。

また、海外の精子バンクでは日本人ドナーを見つけるのはとても困難ですが、SNSの場合、顔写真を掲載して提供をしている人もいます。身長や体重、学歴などが書かれている場合もあるため、相手の特性を見て選ぶことが容易となります。

一方、親族や知人からの提供は、周囲に知られたくないという人にとってはハードルが高い選択肢になります。また、提供する男性本人が了解しても、その人の妻やパートナーの理解を得ることが難しいといいます。

 

 

AID治療の“停止”で追い打ちに

 

 

さらに、今までであればAIDを受けていた人が受けられないという事態も起きています。2018年、国内のAID治療の大半を担ってきた慶應義塾大学病院が、精子提供者の不足を理由に新規患者の受け入れを中止したのです。背景となったのが、出自を知る権利を求める声の高まりです。これまでは、精子提供者の情報は依頼者には伝えないことが原則となってきました。しかし、自分の遺伝的な親が誰なのかを知りたいという声が高まり、世界ではそうした出自を知る権利を認める国が増えてきたため、慶應大学病院は精子提供者に対して、「将来、情報開示請求によって、子どもから親が誰か特定される可能性が出てくる」と伝えました。すると、提供をためらう人が増えたといいます。

その結果、男性が無精子症の夫婦や、結婚しているFTMの夫婦も、SNSに頼る傾向が強くなったのです。

 

 

SNSの「精子提供」 医学的リスクは?

 

 では、SNSを介した精子提供にはどんなリスクがあるのでしょうか。慶應義塾大学病院でAID治療を手がけてきた田中守教授は、①感染症のリスク ②遺伝病のリスク ③近親婚のリスクを挙げています。

 

 ① 感染症のリスク

 「慶應義塾大学病院では凍結した精子を用いて、半年後に感染症がないということを確認してから使用してきました。感染しても実際に血液検査の抗体として検査で引っかかってくるのは数か月後ということがあるからです。したがって、SNS上の精子提供ですと、HIVや肝炎などのウイルス性の疾患がうつってしまう可能性があります」

 

② 遺伝病のリスク

「ドナーの方がある種の遺伝病をお持ちだった場合、その遺伝的な病気がお子さまに引き継がれる可能性があります。これはSNS上での取り引きは確認できないと思います」

  

近親婚のリスク

「慶應義塾大学病院ですと、1人の精子で10人のお子さんが妊娠された段階でその精子の使用を停止しました。しかしSNSでは、そうした制限がないまま、20人30人…例えば100人のお子さんがいらっしゃるとすると、近親婚の可能性が出てまいります。仮に、同じ地域に100人同じ精子を使った兄弟がいらっしゃると、実際にそのお子さんがご結婚されるときに兄弟どうしである確率がかなり高くなると思います」

 

 

SNSでの提供には法的・倫理的リスクも

 

 

SNSの精子提供には、法的・倫理的リスクも潜んでいます。順天堂大学で生命倫理を研究する入澤仁美さんは、依頼者にとっては ①性的トラブルや犯罪に巻き込まれる可能性   ②提供者が育児に介入してくるなどの人間関係のトラブルに巻き込まれる可能性、提供者にとっては、出生児が提供者を知った場合、子どもから血縁関係の存在を理由に法律上の父親として認知を迫られる可能性、生まれてくる子どもにとっては、出自を知る権利が守られない可能性があることを指摘します。

 

【依頼者のリスク】

① 性的トラブルに巻き込まれる可能性

「精子提供者の動機や倫理観も様々で、直接性行為をするほうがシリンジを使うよりも妊娠する確率が高いとして執ように性行為を迫るケースがあります。しかし、シリンジより性行為のほうが妊娠する確率が高いというエビデンスはありません」

 

② 提供者が育児に介入してくる可能性

「提供者と依頼者は面会もしくは郵送のやり取りを経て精子提供を行っているので、提供者は依頼者の個人情報をある程度把握しています。中には「自分の子どもを産んでくれるのならば」と依頼者に金銭的援助までしている提供者もいますが、そのような提案に依頼者が乗ってしまったことで、依頼者の個人情報が提供者にどんどん把握されるということも起きています。また、生まれてきた子どもの容姿を提供者に知らせてしまった場合、出生児が提供者に似ているということで、自分の子どものような愛着がわいてしまい、出生児の養育に介入するリスクがあります」

 

【提供者のリスク】

・ 子どもから認知を迫られる可能性

「法律上、精子提供の場合の親子関係を確定しているのは、「子の父親は患者の夫である」ということだけで、婚姻していない選択的シングルマザーやレズビアンカップルに提供した場合には夫が存在しないため、出生児と血縁関係を有する提供者が法的な父親になってしまいます。すると、提供者には出生児の扶養義務が、出生児には提供者の相続権が生じるため、法的な問題や家庭内の不穏に発展する可能性があります。そのため、ほとんどの提供者は本名や個人情報を明かしません」

  

【子どものリスク】

・出自を知る権利が守られない可能性

「日本には、子どもが出自を知る権利を規定する法律がありません。その中で、個人の間で提供する場合は、子どもに告知を行うかどうか、将来提供者と出生児の面会を行うかどうか、などの判断が依頼者と提供者の当事者どうしに委ねられてしまい、子どもの権利や子どもの成長過程や精子提供の事実の理解度、告知の適切なタイミングなどが尊重されないケースがあります。

実際に、依頼者と提供者が出生児の「出自を知る権利」を確保しようと、胎児認知をしたケースがあります。この場合は提供者及び子どもの情報は戸籍に掲載され、現在の法律・判例では血縁を有する人が認知の撤回を行うことはできないため、子どもが「提供者の情報は知りたくない」と思っていたとしても事実を知らされてしまうことになります。

また提供者が年若い出生児との交流を望み、依頼者が承諾をしたため、面会時には本物の親子のように過ごしているケースもあります。このような場合、精子提供の事実が分かったときに、子どもがどう感じるかは分かりません。「出自を知る権利」を保障するためには、「事実経過は知っていても、出自については知らないままでいる権利」も保障されなければいけません。出生児が「知りたくもない出自を知らされてしまう」ということにつながる行為は、子どもの福祉に反しかねない問題です」

 

現在は精子提供に関する法的な規制がありません。今後、超党派の議連などが中心になって、精子提供の在り方を議論していくことになっています。