日本で亡くなった外国人たちのお墓がない―――――。
このテーマを取材するにあたって、土葬という埋葬方法が原因で墓の問題に直面するイスラム教徒の人たちとともに、私たちがもう一つの取材対象としたのが、日本で暮らす日系ブラジル人たちでした。
日系ブラジル人とは戦前に移民としてブラジルに渡った日本人の子孫です。
日本が労働力不足に陥っていたバブル景気の最中の1989年に法律を改正し、日系ブラジル人に「定住者」という在留資格を与えた結果、多くの人たちが日本に出稼ぎにやって来ました。
それから約30年が経ち、当時、働き盛りの30代、40代で来日した人たちも、今や高齢者。
日本で亡くなり、お墓の問題に直面し始めているという話を耳にするようになりました。
そうした実情を知ろうと、全国で最も多い6万人余りのブラジル人が暮らす愛知県に取材に向かった私たち。
そこで目にしたのは、非正規雇用で働いた末、十分な蓄えもないまま高齢になり、死後のことを考える余裕さえないという日系人たちの厳しい現実でした。
この記事では、クローズアップ現代+で伝えきれなかった実情をお伝えします。
(大分放送局 記者 大室奈津美)
半数が日系ブラジル人の団地
ㅤ
私たちが取材に訪れたのは、トヨタ自動車の企業城下町として知られる愛知県豊田市にある「保見団地」です。
ここでは、住人の半数近くにあたる約3300人のブラジル人が暮らしています。
毎週金曜日の早朝に、彼らが多く集う場所があると聞き、足を運びました。
ㅤ
時刻は朝6時半すぎ。団地内の集会所を訪ねると、外に置かれた机の上に卵や野菜が並べられていました。
Tシャツ姿やジャージ姿の日系ブラジル人が次々とやってきては、袋に入れた大量のペットボトルのキャップと引き換えに食料を受け取っていました。
ㅤ
この取り組みは、団地の自治会や外国人向けの支援団体などが行っているもの。
リサイクルに協力してもらいながら、団地に暮らすブラジル人たちとの関係づくりを目指しているといいます。
多くが自動車関連の工場で働き、長時間労働で夜勤もある彼らは、なかなか地元とのつながりができず、頼れる日本人がいません。
さらに新型コロナウイルスの影響で勤務時間が短縮され、給料が減った人も少なくないそうです。
食料の配布を通じて、彼らの生活を少しでも支えたいという思いも込められた活動です。
“心配だが墓を購入するお金ない”
ㅤ
食料を受け取る人たちは、50代以上の中高年層が多い印象。
「おはようございます」と声をかけると、皆快くあいさつを返してくれます。
顔立ちでは日本人と区別がつきません。
ところが、「NHKの取材で来ていまして」と話し始めると、「日本語はあまり分からない」と遮られてばかり。
そこで、同行してもらったポルトガル語の通訳にバトンタッチし、来日からこれまでの生活、そして死後のお墓のことについて話を聞きました。
- 仕事で愛知に来て、もう30年。自動車工場でずっと働いている。
定年になったらブラジルに帰りたいと思いながら働き続けているけど、具体的な帰国の予定は立っていない。
(62歳 男性)
- 来日したのは25年前。非正規の仕事を転々として、いまは養鶏場で働いている。
もともとは数年間のつもりだったけど、日本で子どももできて、ずっと暮らしているよ。
日本で最期を迎えることになるかもしれないから、心配ではあるけど、お墓を購入するお金もないし、特に準備はできていない。
(68歳 女性)
ㅤ
今まさにお墓で困っているという人にはなかなか行き当たらず、どちらかと言えば、皆考える余裕がないという印象。
彼らの実情に詳しい日本人にも話を聞こうと、先ほどの活動を行っているNPO法人「トルシーダ」代表の伊東浄江さんに会いました。
“遺骨を納める所なく無縁墓に”
伊東さんは20年以上にわたって日系ブラジル人の子どものために日本語教室を開くなど、保見団地で支援活動を続ける女性。
最近、団地に住む人たちが高齢化するのを感じる一方で、日本で最期を迎えようという意識がある人や、そのための準備をしている人はあまりいないのが現状だと話します。
ㅤ
「バブル期以降、日本に来た日系ブラジル人たちは、2、3年日本で働いて、お金を稼いで帰国するつもりだったんです。
ただ、来てみたら仕事は非正規で不安定だし、労働時間は長い。生活費も高いし、思ったほどお金を稼げない。
一方で日本での生活は、治安の悪いブラジルと比べると安全だし、便利です。
さらに日本で結婚して子どもができれば、子どもは日本の学校に通います。
そうした中で、日本での生活が長引いて帰国するタイミングを失い、年を取っていくわけです。
いつかはブラジルに帰りたいという思いを抱く人も少なくなく、不安定な生活を送っていることもあって、なかなか日本での死後のことを考えたり、ましてやお墓を準備したりする人は少ないのが実情です」
非正規労働から抜け出せず、「雇用の調整弁」にされているとも指摘される日系ブラジル人たち。
蓄えもできないまま日本での生活が長期化し、気付けば高齢になる中、本人や家族がある日突然、墓の問題に直面するケースが出始めていると言います。
伊東さんは去年、日本語教室に通う子どもの母親が亡くなり、葬儀に立ち会った時のことを話してくれました。
「彼女は25年前くらいに出稼ぎで来日したんですけど、一緒に来た旦那さんは若くして亡くなって、それからずっと母子家庭で子どもを育てていました。
持病もあったので、最近はもう働けなくなって、生活保護を受けていたんです。
頼れる家族や親族も周りにいなくて、おそらくブラジルに帰りたいと思っていたんでしょうけど、旅費も工面できないし、日本に定着した子どもはブラジルに行きたがらないだろうし、具体的に行動を起こすのは難しかったんでしょうね。
結局日本で、62歳で亡くなりました。子どもには葬儀を出すお金がなく、市のサポートを受けて福祉葬という最低限の形式で火葬しました。
遺骨は、納める所がなかったので、市の無縁墓に入れたそうです」
「火葬までは行政の支援もあって、なんとかなるけど、そこから先は、手助けしてもらえるシステムっていうのはないんですよね。
どうしようっていう思いで、遺骨を家に置いたりしている人も多いんじゃないかと思います。
本来ならば、本人や周りの人が望む方法を叶えてあげられるのが、一番いいんじゃないかと思うんですけど」
ㅤ
一方で、こうした日系ブラジル人に対し、“好きで日本に働きに来たのだから、墓に入りたければ母国に帰れ”と、冷たい視線を向ける風潮があります。
しかし、伊東さんは、日本側の都合で彼らを労働力として受け入れ、頼ってきたという事実を抜きに考えるのはおかしいと感じています。
「彼らが出稼ぎに来た当初、日本はバブル期で人手不足だったんですよね。
だから必要があって呼んで、働いてもらったわけです。
今だって、コンビニのお弁当だって、安くてじょうぶな車だって、彼らが汗水垂らして作ってくれるから、私たちは手に入れることができる。
この安全で便利な社会は、彼らが支えてくれているんです。
その恩恵を受けて暮らしている以上、私たちの誰もが、“自分には関係ない”とは言えないと思います」
学会も注目 日系人の墓問題
こうした日系ブラジル人の高齢化、そして死後の墓の問題は、今後ますます顕在化するだろうと指摘する専門家がいます。
自らも日系ブラジル人で、日本に住む彼らの生活を長年研究している武蔵大学のアンジェロ・イシ教授です。
先月、自身が所属する日本移民学会の設立30周年記念シンポジウムで、今後の研究課題として、初めて「お墓」というキーワードを掲げたといいます。
ㅤ
「_今後、働き盛りの世代の高齢化に伴って、日本で命を落とすブラジル人は間違いなく増加するでしょう。_
加えて僕は、これまでの研究の中で、40代や50代と若くして日本で命を落とす人たちにも数多く出会ってきました。
死因は脳梗塞や心臓発作、がん、そして自殺とさまざまですが、彼らの平均寿命は日本人に比べて低いということを感じます。
それは重労働や、夜勤と昼勤の交代勤務といった不規則な工場労働とも関係しているでしょうし、リーマンショックや昨今のコロナ禍といった危機的状況においては、失業の恐怖によるストレスといった負担もあります。
さらに、近しい家族や親族と遠く離れて暮らし、日本で社会的に孤立しているブラジル人も多い中、孤独死というかたちで亡くなるケースは、年齢に関わらず起きています。
こうした背景を踏まえても、今後、ブラジル人のお墓にまつわるトラブルや困りごとが増えていくことは大いに想像できます」
今後いっそう問われる課題に
ㅤ
日系ブラジル人をめぐっては、来日から約30年が経過し、墓の問題が顕在化しつつありますが、これは決して過去に来日した外国人たちに限ったものではありません。
日本にやってくる外国人留学生の数は、昨年、新型コロナウイルスの影響で落ち込んだものの、一昨年5月の時点では31万2214人と、7年連続の増加が続いていました。
こうしたなか、留学後に在留資格を変更して日本で就職する人の数も増え続け、一昨年には3万947人と過去最高を更新。
「留学生=卒業したら帰国する短期滞在の人」という構図は必ずしも成り立たなくなっています。
さらに労働者に目を向けても、一昨年に外国人材の受け入れ拡大を目指して導入された「特定技能」の在留資格では、ことし3月末までに同資格を得た2万2567人のうち7割以上が、「技能実習」や「留学」の資格を経た人たちです。
より長期にわたって日本に暮らす外国人たちが増える中、日本人と結婚するなどして定住した人たちが、日系ブラジル人と同様に日本で老後を過ごし、最期を迎える時期が来るかもしれないのです。
死後、最低限の尊厳を保って葬られることは誰もが望むことです。
同じ社会に暮らす外国人のお墓の問題は決して他人事ではありません。
今回の記事や番組が、一人でも多くの日本人が彼らの墓の問題、ひいては彼らと共生するために何が必要かを考えるきっかけになることを願ってやみません。
放送内容はこちらから
放送翌日夕方に内容のダイジェストをテキストで公開しています。こちらから