SNS上で広がる「精子提供」 法律でどう整備?課題は?

NHK
2021年9月14日 午後0:03 公開

SNS上で増える「精子提供」のアカウント。SNSを介したやりとりはリスクもはらんでいますが、病院で精子提供を受けられるのは「法的に婚姻している夫婦」のみ。そのため、リスクがあってもSNSでの提供に頼らざるをえないという人がいます。しかし現状では、こうした提供のあり方について法的規制がありません。

そこで、超党派の議員連盟が、どこまでを治療対象者として認めるのか、そして産まれてくる子どもの権利をどのように守っていくべきか――ことしから来年にかけて議論し、法案としてまとめたいとしています。

どのような制度設計が望まれるのか、専門家や当事者団体に話を聞きました。

(報道局 社会番組部 ディレクター 高橋裕太)

 

 

法律整備 ポイントは「提供者の情報の管理」

日本産科婦人科学会 理事長 / 大阪大学 産婦人科 教授 木村正さん

 

精子提供のあり方について、日本産科婦人科学会は「法的に婚姻している夫婦」のみに治療対象者を限定し、提供者の情報についても「プライバシー保護のため匿名」としてきました。今回、法律の整備にあたって、同学会は提案書を作成し、議員連盟の総会に提出しました。

 

同学会が提案書の柱としたのが、「公的管理運営機関」の設置。この機関が果たす主な役割として、以下のことを挙げています。

 

  • 情報の管理業務

  • 精子や卵子などの提供体制の整備(提供者の確保やマッチング業務など)

  • 出自を知る権利の保障に関する議論

  • 提供による医療を受けることができる範囲についての議論

 

なぜ公的管理運営機関の設置が求められるのか、同学会の理事長・木村正さんに話を聞きました。

 

木村さん:

「精子や卵子の提供などを用いて妊娠・出産をするということは、医療としては普通にできるもので、問題は、提供者の管理です。誰のものをどのように集めて、管理するのか、そして、生まれたお子さんの福祉を保障するためにいつまで、誰がどこでその情報を保存するのか。子どもが生まれて20年後に出自を知りたいと言われても、そのクリニックが20年後に存続しているかも分かりません。これらをそれぞれの医療機関に担わせることは無理だと思います。そこには、公的なシステムが必要だと思っています」

 

 

“「提供者は親ではない」という保証が必要”

SNS上で「精子提供」をうたうアカウント

 

  ――病院で精子提供者が減少する一方、SNSで提供しようという男性が増えています。こうした中で、公的管理運営機関はどのように提供者を確保していくのでしょうか。

 

木村さん:

「今は幅広く提供者を募るシステムがなく、提供者が公的な医療機関に登録するためのアクセスが悪いので、SNSなど闇に潜ってしまうのだと思います。そこで、公的機関が国内で提供者をリクルートできる体制を構築することや、医療施設からの依頼があれば依頼者と提供者のマッチング業務を行うとしています。

 

しかしそもそも、提供者にとってデメリットが少ない状態にしないといけません。提供者は、子どもが欲しいという人たちのための手助けをしているはずなのに、「将来子どもに対して身元を明かしてほしくない」と言うと、非難される可能性があります。

 

なぜ身元を明かすことができないのかというと、「提供者は、親ではない」と言い切っていないからだと思います。例えば、子どもから、いきなり養育の責任を求められるということが絶対ないと、保証しなければいけません。そのためには、「提供者は絶対に親ではない」と、法律で明文化しておく必要があると思います。そうしなければ、提供者は増えません」

 

 

 

――今回の提案書でも、治療の範囲は夫婦に限定し、LGBTQのカップルや選択的シングルマザーなどについては、公的運営機関において議論されるべき課題としています。

 

木村さん:

「ここについては、学会では深い議論をしていませんし、できませんでした。どこまでを治療の対象にするかという線引きは、自分たちでは決められないという結論になりました。これは倫理的にも非常に際どいもので、学会員の中でも意見が分かれるところだと思います。今後、社会としてオープンな議論を十分にしていただく必要があると思います」

  

 9月14日放送「クローズアップ現代プラス」より

  

――どのような議論が必要なのでしょうか。

 

木村さん:

「今まで日本の社会がずっとかたくなに守ってきた、結婚した男女の下で、子どもがお父さんとお母さんに手をつながれて歩いているのが、子どもにとって幸せな家庭なのか、そうではない家庭も子どもには幸せなのか。

  

生殖医療の特殊なところは、生まれてきた子が物心ついたら、『別に私は頼んでない』と言われてしまうところにあります。生まれてくる子どもは事前に意見を言うことができません。ですから、『私は頼んでいない』と言われないようなシステムを、子の福祉という観点から考えて作っておく必要があります。

 

その1つに、自分がどのように生まれたのかという「出自を知る権利」を保障するということになるのだと思います。そして、第三者からの提供で子どもを生んだカップルの方は、どういう医療を受けたのか、そして、あなたは私たちが望んで生まれてきたということを、早いうちから告知する必要があります。

 

また一方で、なかなか親としても言いにくいことでもあると思うので、アドバイスできるような支援員などを設けることも必要なのだと思います。今回の提案書では、公的管理運営機関に、そうした親や子どもからの相談を受け付ける窓口も求めています」

 

“「結婚」で選別しないでほしい”

一般社団法人「こどまっぷ」代表理事 長村さと子さん

 

制度設計のあり方を「提供によって子どもをもちたい女性」の視点から考える上で話を聞いたのが、長村さと子さんです。長村さんは、第三者からの精子提供を望むLGBTQの人たちが、妊娠・出産する手助けをしてきました。長村さん自身も、知人から精子を提供してもらい、妊娠。出産後は、女性のパートナーと一緒に育てていこうと考えています。

 

日本産科婦人科学会の提案書では、治療の対象者は「婚姻関係のある夫婦」に限定され、LGBTQのカップルや選択的シングルマザーについては「今後議論する」という言葉にとどまっていたことについて、長村さんの受け止めを聞いてみました。

 

長村さん:

「治療の間口を狭めて厳しくするというのは正しいことですが、それが婚姻夫婦のみの特権といわれてしまうと、私たち同性愛のカップルだけでなく、選択的シングルマザーや事実婚のカップルは、どうしたらいいのでしょうか。

 

子どもが欲しいという人は諦めきれないので、SNSのようなグレーゾーンの世界で精子提供を探すケースがますます増えていくと思います。さらには、その足下を見て金銭を要求するということも起きるのではないでしょうか。すでに、親や子どもが危険な目にあうことが起きているので、議論を深めている最中に、何が起こるのかということまで考えないといけないと思います。

 

最も不安なのは、議論を深めている間に生まれてきた子どもたちについてです。仮に法律で、『今後の議論とする』という文言が入ったとしても、『婚姻関係のある夫婦だけが対象』と規定されてしまえば、今まで以上に、『認められていない状態で生まれてきた』という後ろめたさを背負わせてしまいかねません」

 

 

「子どもの福祉」をどう守るか?

 

―― 一方で、結婚しないで生まれた子どもは、法律上不安定な状況に置かれるので子どもの福祉に反するという意見もあります。

 

長村さん:

「確かに、不安定な状況を作っているのは事実です。法律が整備されていない中で、私たちは、パートナーどうしの関係、子どもとの関係を、公正証書を作ってできる限り、明文化しようとしています。しかし、精子提供者が、自分が父親だと主張して認知しようとすれば、負けてしまいます。

 

だからこそ、精子提供者を選ぶときには皆、慎重になっているのです。自分が父親だと主張して家族に介入することがない人、そして、子どもが大きくなって『お父さんに会いたい』と言えば会えるような人を選んでいます。

 

法律がない状況で当事者たちは必死に、子どもの権利を守ろうと頑張っています。どこまでの覚悟をして子育てをしているか、その実態をきちんとみてほしいと思います」

 

 

子どもを産む・産まないは「女性の権利」

 

――ことしフランスでは、選択的シングルマザーやレズビアンカップルも医療を受けられるという法律が可決されるなど、ヨーロッパやアメリカを中心に、婚姻関係のある夫婦以外の治療も認めるという流れが生まれています。日本では、どのような議論が求められますか?

 

長村さん:

「フランスでは、医師が『すべての女性に産む権利、産まない権利がある』と声をあげたと言います。私は、夫婦の形や、子どもをもつ権利を語る前に、一人の女性としての体をもって生まれて、産む権利も産まない権利もあるのだということを知ってほしいです。

 

事実婚を選ぶ女性、選択的シングルマザーを選ぶ女性、レズビアンの女性など、すべての女性が、女性という体に思いや責任を感じているのです。それをなぜ政治的に止められたり、管理されたりしなければいけないのでしょうか。

 

まずは、こうした当事者たちの声を聞いてもらえるチャンスがほしいです。議論を深める必要があるというのであれば、その議論する人の輪に私たちのような当事者団体も入れてもらい、研究者や医療関係者などと一緒に議論を深めていきたいと思っています」

 

 

取材を終えて

 

私たちは多様化する家族のあり方にどう向き合っていくべきか。日本では、議論が棚上げされてきました。その結果が、SNSで精子提供が広がる結果を招いていると思います。そして、生まれてくる子どもたちの不利益につながっています。法律の整備に向けて動き出した今こそ、社会で考えていかなければいけないのではないでしょうか。

 

 

 

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※放送1週間後まで、見逃し配信でもご覧になれます。