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〝メディアスクラム〟の象徴に・・・ 問われた事件報道のあり方

NHK
2021年7月16日 午後2:12 公開

 こちらは林夫婦の逮捕前、家の周りを囲んでいた報道陣の様子です。和歌山毒物カレー事件は、メディアの取材合戦が長期にわたって繰り広げられ、私たちNHKを含めた報道のあり方が大きく問われた事件でもありました。

 事件から1か月後の8月25日、「林夫婦がヒ素を使った保険金詐欺で容疑者として浮上している」という新聞スクープをきっかけに報道が一気に過熱。塀に沿って報道陣の脚立が置かれ、大勢のマスコミが一家の行動を監視し続ける状況は、実際に逮捕される10月4日まで40日にも及びました。

 取材される人に心理的な苦痛を与えたり、平穏な生活を妨げたりする集団的過熱報道=メディアスクラムに対しては、和歌山地方裁判所の一審判決の中でも「報道取材に問題があった」と異例の言及がなされました。その後、メディア側がみずから課題解決に動きだし、取材にあたって最低限守るべき項目をまとめたり、報道検証の第三者機関を設ける試みを広げたりするなど、事件報道のあり方が見直されるきっかけのひとつになりました。

閑静な住宅地に押し寄せた 住民の数を超える報道陣

 メディアスクラムが40日にも及んだ末に訪れた林夫婦の逮捕当日。近所の人によれば、閑静な新興住宅地に住民の数を超える300人以上の報道陣が押し寄せ、10機以上のヘリコプターが上空を旋回したといいます。

繰り返し報じられた〝放水〟 林眞須美はなぜ報道陣に水をかけたのか

 ホースを手に持ち、笑みを浮かべながら報道陣に水をまく眞須美――。事件当時、テレビで繰り返し報じられたこのシーンが記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。実はこの行動も「〝疑惑の夫婦〟に遠慮はいらない」と過熱の一途をたどった報道の影響によるものでした。

 当時の様子を、長男は取材の中でこう振り返っています。

林死刑囚の長男

「毎日、小型カメラやマイクが塀の中から家に入っている状態で、2階の子ども部屋にも棒の先につけたカメラで撮影されて、窓も開けられなくなった。マスコミの人たちは脚立に座って雑誌を読んだり弁当を食べたり、その場で寝袋に入って寝ていた。郵便ポストものぞかれ、宅配便の人が来ると、差出人や中身を知ろうとしてマスコミの人たちが殺到した。ゴミ捨て場にゴミ袋を出すと中身をあさられるため、家にためておくしかなかった。家の前にはマスコミの人たちが出したゴミやたばこなどが散乱している状態で、腹を立てた母が警察に助けを求めたが、何もしてくれなかった」

 ついに郵便受けから郵便物が盗まれる事態まで起こり、夫の健治が眞須美に「あいつらの頭を冷やしちゃれ、水でもかけちゃれ」と声をかけます。すでに夫以上にマスコミに腹を立てていた眞須美が、庭に出てホースでマスコミに水をかけたのだといいます。

子どもたちにまで取材攻勢が・・・

(写真提供:月刊「創」 篠田博之編集長)

 メディアの容赦ない取材攻勢は子どもたちにも向けられ、外に出ると囲まれてしまうために学校に登校できない状態になりました。こうした事態を問題視した弁護士たちが、マスコミ各社に取材自粛の要望書を提出したり、林夫婦に和歌山市教育委員会へ相談するよう助言したりするなどの動きも起こりました。教育委員会がマスコミ各社に登下校を妨げないよう通達し、子どもたちは何とか学校に登校できるようになったものの、取材攻勢が収まることはありませんでした。

 こうした取材のあり方については、和歌山地裁の一審判決の中でも一石が投じられました。

「カレー毒物混入事件においては、事件の異常さ、被害の深刻さ、被告人夫婦のパフォーマンス等もあって、社会的に極めて高い注目を浴び、その結果、異常な報道取材が行われ、被疑者、被害者を問わず、事件に関係する多くの者が、精神的に強いストレスを感じざるを得ない状況となった。(中略)国民は、犯罪報道に何を求め、報道機関は、どのような情報を取材、提供すべきなのか、さらなる議論を待ちたい」

逮捕後にエスカレートした誹ぼう中傷

(写真提供:月刊「創」 篠田博之編集長)

 林夫婦が逮捕されて〝容疑者〟や〝被告〟へと立場が変わると、一般市民による誹ぼう中傷もエスカレートしていきました。

 こちらは逮捕から2か月後の林家の様子です。家を囲む白い塀や2階のベランダは、「死ね」「人殺し」というわかりやすい攻撃の文言に始まり、相合傘や好きなアーティストの名前まで、色とりどりのスプレーで好き勝手に落書きされていました。まるで観光地のような気分で訪れ、人目をはばからず落書きをしたり記念撮影をしたりする人たちも後を絶たなかったといいます。

 2000年2月には、和歌山市内に住む30代の男が放火し、家が全焼しました。

始まったメディア側の対応策

   疑惑の人物への取材が過熱する現象は、1980年代の「ロス疑惑」の頃から始まったといわれています。その後、1994年の「松本サリン事件」や1997年の「神戸連続児童殺傷事件」でもメディアの報道姿勢が問題視されていたなかで、1998年に「和歌山毒物カレー事件」での取材合戦に至りました。

 批判の高まりを受け、2001年には、日本新聞協会と日本民間放送連盟がそれぞれ見解を発表し、連携して対策を進め始めました。具体的には、嫌がる取材対象者を強引に取り囲む取材は避け特に幼児・児童には特段の配慮を行うこと、直接の取材対象者だけでなく近隣の住民の日常生活や感情に配慮し、取材者の服装、飲食や喫煙時のふるまいなどに注意することなどが定められました。NHKもこうした点を「放送ガイドライン」に明記し、解決のための取り組みを続けています。

 メディアスクラムが発生することが確実とみられる場合には、現場レベルで協議して防ぐ措置も講じられるようになりました。実例としては、新聞・通信社とテレビ局からそれぞれ代表社を選び、代表社が各社からの質問を取りまとめたうえで代表取材を申し込む方法などがとられています。

継続取材の中で見えてきた 家族を追い詰めるSNSの問題

ㅤ                (長男のツイッターに実際に寄せられた書き込み)

 私たちは、再審請求が続くこの事件の結末を見届けるとともに、世間から〝加害者家族〟と攻撃されてきた子どもたちの実情を伝えたいと取材を続けてきました。

 取材からは、SNSが家族を追い詰める現実も見えてきました。

 長女の死後、事実確認が取れず長男が取材を断っていた段階から、ネットには「長女がカレー事件に関与していた」という事実無根の憶測記事やそれらをまとめたサイトが出回りました。長男が開設しているツイッターアカウントには、新しい記事が出るたびに「極悪人の息子、24時間ざんげして生きろ」「早く首をくくれ」という誹ぼう中傷だけでなく、「こいつの娘(長女)が自殺したのは因果応報だ」という言葉も届いたといいます。

これからの事件報道のあり方は・・・

 私たちはこれからの時代、どう事件報道と向き合っていくべきなのか。和歌山毒物カレー事件の発生当時から取材を続けている月刊「創」の篠田博之編集長は「24時間態勢の張り込みが減り、メディア同士で報道が過熱しないよう話し合いができるようになったことで報道のあり方はかなり変わった」と一定の評価をしつつも、課題は残っていると指摘します。

月刊「創」 篠田博之編集長

「刑事裁判には〝無罪推定の原則〟(=有罪判決を受けるまでは被疑者や被告人を無罪として扱わなければならない)があるが、メディアは〝逮捕されたらその人は犯人〟という姿勢で逮捕の瞬間や護送の様子などを報道するため、本人や家族に偏見をもったりSNSで叩いたりする社会的風潮を後押ししてしまっている。〝逮捕されたら終わり〟ではなく、一つの事件を同じ担当者が長期的に追いかけ、社会がどうあるべきかを問い続けるような報道姿勢も必要ではないか」

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