繁華街のクラブに手りゅう弾
「暴力団立入禁止」と掲示のビルに放火
そして、いつしかインターネット上でささやかれるようになったのが“修羅の国”という呼び名――
「工藤会」が本拠地としてきた福岡県北九州市、小倉の町をディレクターが歩きました。
(クローズアップ現代+ 取材班)
“修羅の国”と呼ばれた福岡県 北九州市
福岡県 北九州市 小倉
全国最多の指定暴力団が事務所をおく福岡県。
県内第二の都市・北九州市は全国唯一の特定危険指定暴力団「工藤会」が拠点を構え市民が狙われる事件が相次いできたことから、長年危険なイメージがつきまとってきました。
しかし町はいま、大きな転換点を迎えています。
2020年には工藤会のシンボルであった本部事務所が解体後に売却されたほか、2021年8月にはトップに死刑判決が言い渡されました。警察などによる工藤会の「壊滅作戦」が、かつてない規模で進行しているのです。
“修羅の国”と呼ばれた町はどう変化し、地域で暮らす人たちはいま何を感じているのか―
「気にしたことない」一方で、「友人の結婚式に暴力団関係者が…」
JR小倉駅近くの商店街
地域の人たちの本音を聞こうと訪れたのは小倉駅からほど近い商店街です。飲食店や商店が立ち並び、お昼時には多くの人で活気にあふれていました。この町で暮らす人たちは、治安の変化や暴力団の存在をどう感じているのか、まずは率直に聞いてみました。
「転勤が決まったときに親は『危なくないの?』と心配していましたが、来てみたらとても安全だし、暮らしやすいです」(30代夫婦・2年前に転勤で小倉へ)
「お店をやっていても、暴力団の影響って特にないんですよね。最近、死刑判決がニュースになって、これから何か起きるのかと一瞬身構えましたが、何も起きていないですし、治安はいいと思います」(30代男性・飲食店関係者)
「県外の人に北九州出身というと“修羅の国”って言われるけど、普通に平和だよって返しています(笑)地元のネタみたいな感じですね」(20代男性)
若い世代を中心に聞かれたのは「暴力団と接点もなく、とくに気に留めたこともない」という声でした。治安が悪いと感じたことがないため、そもそも町の変化も感じていないというのです。
しかしその後も話を聞いていくと、世代によって暴力団への印象が全く異なっていることがわかってきました。
「50年住んでいますが、昔は怖かったですよ。暴力団が地域でも大きい顔をして歩いているから、刺激しないように住民が避けるみたいな。今はよくなったと思います。(工藤会トップへの)判決も出て正直、安心しました」(80代女性)
「発砲事件が起きたりしたけど、変な話、当たり前だから驚かないみたいな感覚でした。友だちの結婚式に出たら、親が暴力団関係者だったとか、そういうことが当たり前にあったし、共存というか、普通にいるんですよね。今は廃れてきているし、そんなことはないと思うけど」(60代女性)
夜の街で見かける「暴力団立ち入り禁止」ステッカー 過去には事件も
「治安の変化を知りたかったら商店街よりいい場所がある」
そう教えてもらったのが、大通りを挟んだ反対側に位置する繁華街。スナックやクラブが並ぶエリアです。
夜8時過ぎに訪れると、緊急事態宣言中だったこともあり多くが店を閉めていました。
人通りも少なく静かな繁華街を歩き回ると、至るところで目につくものがありました。「暴力団立入禁止」と書かれた標章(ステッカー)です。
福岡県の「暴力団排除条例」に基づいて2012年から始まった標章制度。
このステッカーはただのアピールではなく、繁華街など特定の警戒区域内のスナックやバー、居酒屋などを対象に、掲示している店舗への暴力団の立ち入りを禁止するものです。
違反した暴力団員に対しては、公安委員会が立ち入りの中止命令を出し、従わない場合50万円以下の罰金が科せられます。過去にはこのステッカーの掲示をめぐって、工藤会による飲食店ビルへの放火や従業員の切りつけ事件も相次いでいたといいます。
“事件が起きたら、ステッカーは隠す”
(話を聞いた女性の店の入り口に貼られているステッカー)
決して他人にわからないように配慮することを条件に、取材に応じてくれた人がいました。小倉で20年以上に渡ってスナックを切り盛りしている女性です。
毎年、正月には組員から高額の「門松」や「しめ縄」の購入を迫られるなど、繁華街には古くから暴力団の影響力が及んでいました。そのため夜の街で働く人たちは、暴力団に対して強い姿勢を示したい気持ちがある一方で、報復を恐れ、暴力団との向き合い方に長年悩み続けてきたと言います。
「うちのお店は最初の頃から貼っていたけど、全部のお店の半分ぐらいしか貼っていなかった時もありました。_だって怖いですよね。10年前ぐらいに放火されたり、切りつけられたり、工藤会がらみの事件が次々に起きたから。_
お店の人たちはそのたびに何かあったら怖いって、外に貼っていたステッカーを一度剥がして中に貼り直したりね。暴力団が来ないように貼るものなのに『貼ったら逆に狙われるじゃないか』と、警察に抗議する人もいましたよ。ステッカー1つをとっても、悩みながら対応してきましたね」
北九州地区の標章(ステッカー)掲示率の推移 〔提供 福岡県警〕
掲示店が狙われた事件が相次いだ 2012年頃には掲示率が減少 今は掲示率が増加傾向に。
――“修羅の国”のような危険なイメージがあることについてはどう思っていますか?
「昔はたしかに危なかったけど、法律ができたりなんだりで、どんどん変わっていったんですよね、本当に。それでも、よそから来るお客さんたちにはまだ怖いイメージが残っている。とても残念に思っています。風評被害みたいですよね。今はヤクザより新型コロナのほうが怖いよねって、冗談言っていますけど、県外の人には新型コロナが落ち着いたら安心して遊びに来てほしいです」
「町は変わった」市役所アンケートから見える治安の改善
北九州市役所
“修羅の国”と呼ばれ危ないイメージがつきまとってきたことを行政はどのように考えているでしょうか。暴力団に関する施策や治安対策などを担当している「北九州市 市民文化スポーツ局 安全・安心推進課」に話を聞きました。
まず見せてくれたのが、毎年行っている市民アンケート調査の結果です。
町が安全だと思うか「体感治安」についてたずねた質問で、「治安がよい」と答えた人の割合は、2015年以降増加(工藤会のトップとナンバー2が逮捕された翌年)。現在は87%をこえる市民が「治安がよい」と答えています。
しかし、こうした治安の変化を市民が実感できるようになるまでには長い道のりがあったといいます。
(小倉のクラブに手りゅう弾が投げ込まれた事件)
実は、長年「防犯や暴力追放運動の推進」に対して、市民から市政に対して厳しい目が向けられていました。
市民が銃殺されたり、クラブに手りゅう弾が投げ込まれたりする事件が相次いだ1991年から2009年の間、「市民意識調査」では暴力追放運動を推進してほしいという要望が常に上位に入っているにもかかわらず、大きな動きを打ち出せませんでした。市政への市民の評価も圏外の評価(17位以下)が並んでいたと言います。
北九州市 安全・安心推進課 担当者
「警察も長年、暴力団対策を行ってきましたが、なかなか勢力が弱まらない。警察が取り締まって、暴力団を弱めていく“警察VS暴力団”の構図でしたが、捕まえても、しばらくしたら刑務所から出てくる。その間にも新しい人間もどんどん加入し、暴力団に憧れる人や関係を持ってしまう人たちも減らない。暴力団の基盤を崩すことができない状況が続いていましたね」
「警察VS暴力団」が「社会(市民・警察・行政)VS暴力団」に
そんな中、町と暴力団の関係が大きく変化する出来事があったといいます。
2010年のある日、小倉の市街地から少し離れた住宅地に、工藤会の事務所がいきなり開設し、看板が掲げられました。事務所ができた場所は、小学校や幼稚園にもほど近く、通学路となっていた場所でした。
これに対して「子どもたちが危ない」と地域の住民たちは猛烈に反発。市、住民、警察が協力し、大規模な暴力団追放運動が始まりました。
途中、市民の家に銃弾が打ち込まれる事件が発生したほか、北九州市の市長にも危害を加えると書かれた脅迫文が届きましたが、追放運動は継続。最初は500人程度だった集会も、5ヶ月後には2000人が集まるなど、規模を拡大していきました。
そして、事務所開設から約11か月後。工藤会が事務所を売却し、地域からの撤退が実現したのです。
北九州市 安全・安心推進課 担当者
「暴力団への恐怖というのはあったと思うんですが、それを乗り越えて市民の方たちが立ち上がると決めてくれました。市民の熱量と強い要望がこの北九州市を動かして、市全体での暴追運動に発展していって。それにあわせるように、企業も『縁を切るしかないな、NOと言っていく』と変わっていきました。それまで“警察VS暴力団”だったものが、“社会VS暴力団”に変わった瞬間でした」
市が本気で取り組んだ工藤会本部事務所 撤去
撤去作業中の工藤会の本部事務所
その後も工藤会によるものとみられる事件が起きましたが、暴対法が改正されたほか、暴力団関係者との密接な関わりを禁じる県の暴排条例も施行。福岡県警による工藤会のトップの逮捕などの「壊滅作戦」も始まるなど、暴力団に対する捜査や規制が一気に進んでいきました。
そうした中で北九州市も市民が安心して生活するためには工藤会の弱体化が欠かせないと、一歩踏み込んだ対応をはじめました。固定資産税の滞納を理由に工藤会の本部事務所の建物と土地を差し押さえ、撤去するプロジェクトチームを発足させたのです。
暴力団対策が主な目的としつつも、こうした行動を通して“修羅の国”といった負のイメージを払拭させるきっかけにしたいと考えていたといいます。
“修羅の国”と呼ばせない…
2021年9月現在の工藤会の本部事務所 跡地
工藤会の本部事務所は2020年には撤去作業が終了し、NPO法人に売却することができました。長年、暴力団にまつわる負のイメージに悩まされてきた歴史が節目を迎え、“修羅の国”から“安全安心な町”に変わったと実感しているという北九州市。いま、改めて「北九州市の魅力や安全で安心な町であることを県外の人に知ってほしい」と言います。
安全になった小倉の夜の街をPRする動画も制作(画像提供 北九州市)
北九州市 安全・安心推進課 担当者
「これまで、どうしても暴力団や“修羅の国”というイメージが足かせになっていましたが、ようやく地域の魅力の発信や企業の誘致など、当たり前の魅力的な町づくり、当たり前の魅力発信をさらに進めることができるようになりました。だから、ものすごく当たり前でベタなメッセージにならざるをえないのですが、県外の人に向けては美味しいごはんやレトロな町並みや美しい夜景などの観光スポットを何も心配しないで、楽しんでほしいと伝えたいです」
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