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“親を捨てたい”というSOS

NHK
2021年5月6日 午後4:55 公開

「親を捨てたい」

一見、衝撃的な言葉です。人によっては「育ててもらった感謝の気持ちはないのか」と許しがたく感じるかもしれません。しかし、そう訴える人々の声を聞くと、背景に切実な事情があることが見えてきます。

彼らは「親を捨てたい」という気持ちを胸の内に隠しながら、それでも親と縁を切ることが出来ず、人知れず苦しみを抱えて生きています。「子どもなら親の面倒を見るべきだ」「親孝行をすべきだ」――そんな世間の価値観に押しつぶされそうになりながら。

この記事では、クローズアップ現代+「親を捨ててもいいですか?~虐待・束縛をこえて~」では伝えきれなかった実情を取り上げます。

“親を捨てたい”を受け止めて

「“親を捨てたい”っていうのは、正確に言えば“親と関わりたくない”っていうニュアンスですよね」

そう語るのは、一般社団法人LMN代表理事の遠藤英樹さん。「親を捨てたい」と訴える男性からのビデオ相談を終えた後、インタビューに応じてくれました。

遠藤さんが手がけるのは、家族代行と呼ばれるサービスです。親族の依頼で、高齢者の介護施設の選定や入院手続き、葬儀、死後事務の代行をしています。プランによって値段は変わりますが、数十万円を支払えば、利用者は一切関わることなく親族の最期を任せられるといいます。

遠藤さんがLMNを立ち上げたのは、5年前のこと。もともとの始まりは“お一人様”と呼ばれる孤立した高齢者を対象にした終活サポートでした。

「ただ、ふたを開けてみると、“お一人様”と呼ばれる方たちは決して天涯孤独なわけではなくて、9割以上に血縁の方がいたんです。でも、親族を頼れない何らかの理由がある。 その“お一人様”が亡くなれば、行政から血縁の方に連絡がいきます。“亡くなったのでお部屋の片付けをしてください、葬儀をしてください”と。それはすごく大変なことですよね。だから、その血縁の方が大変に感じる部分を、自分たちが担えればと思ったんです」

サポートの対象を“お一人様”本人だけではなく、その親族にも広げる。方針を変えた当初は、姪や甥、兄弟姉妹からの問い合わせが多数でした。しかし、この半年で客層が変わり、“親と関わりたくない”と訴える40代~50代の相談が相次ぐようになったといいます。

「最近、多いのが実のお子さんからの相談ですね。もともとあった因縁って言ったらおかしいんですけれど、親子関係が完全に破綻している。だけど、親の面倒はみないといけない、そんな呪縛にとらわれている方たち。その方たちが、私たちのところにご相談にくる。そういう相談が典型的なパターンになっています。そこを、私たちがきちっとやっていく」

「私たちみたいな仕事って、“ちょっとそれって寂しいよね”って第三者の方からは言われる。で、私たち自身もやっていて、それは感じているところです。ただ、それまでの何十年っていう親子の関係の積み重ねが、本当にどれだけのものかっていうのを私たちには分からないので、依頼主様がそれでよしと思うんであれば、これはこれでもうしょうがない、それでいいのかなとも思います」

寄せられた体験談 切実なSOSの声

「親を捨てたい」。その言葉の裏に見えてきた、根深い親子問題。

私たちは実態を知るためにアンケートを実施し、体験談を募集することにしました。回答にご協力してくれた当事者は30人以上にのぼります。「距離をおかないと、精神的にも物質的にも時間も搾取される」「自分を人間として尊重してくれなかった人を、実の母だからという理由でケアしなければならないのは苦痛で仕方がありません」。寄せられたのは、これまで表立っては語られてこなかった窮状を訴える内容でした。ここでは、その一部を紹介します。

50代 女性

うちは経済的に恵まれ、外からは何の問題もない家庭でしたが母の気性が激しく夫婦喧嘩が多く、いつもビクビク過ごしており、手放しで楽しむ事のない子供時代でした。母の攻撃は主に父に向けられていましたが、11年前 父ががんで亡くなってからは攻撃は私一人に向かい、認知症がすすみ始めました。

インフルエンザになっても圧迫骨折をしても、病院に行くのを拒否、デイサービスも拒否して言うことを聞かない。食事を作っても文句ばかり。有給をとって病院に連れて行く間、タクシーの中でずっと ののしられる。「死ねばいいのに」と唱えながら食事の支度をしていました。

30代 女性

父が家庭への関心が希薄だったのに相反して、母は若い頃から「世間からどう見られるか」「親の言うことに従いなさい」というような人。 母一人で私たちを育てなければならなくなってからは「母子家庭育ちだから、と言われることのないように」と、以前にも増して過干渉で圧力的な鬼へと化していきました。・・・母を捨てる、そのことについては最近、きょうだいとも何となく話すようになってきました。・・・私の人生は、今が一番楽しくて、自由で、豊かなのに。やっと苦労して得た仕事を捨てて、実家のある地元に戻りたくなんかない。苦しいです。

当事者の声から見えてきたのは、親からの虐待や暴言などに苦しんだ過去と、その親の介護を迫られるのではないかという不安、実際に面倒を見る中で逃げ場を失っている現状でした。そして、取材を進めると、「老後は子どもが支えるべき」といった世間の価値観に苦しめられている方が少なくないことも分かってきました。

今回取り上げた問題は、まだ社会的に十分に認知されておらず、表面化していません。行政に専用の相談窓口はなく、特化した支援もありません。問題を裏付ける統計上のデータも乏しいのが現状です。だからこそ、まずは地道に当時者の声を聞くことで、ありのままの実情を伝えようと始めた番組取材でした。

取材に応じてくださった当事者の方々、LMN代表理事の遠藤英樹さん、番組ゲストとしてもご出演いただいた信田さよ子さん、当事者をご紹介くださったジャーナリストの石川結貴さんとライターの旦木瑞穂さんのご協力なくしては、番組の実現はありえませんでした。この場を借りて御礼申し上げます。

(取材「クローズアップ現代+」ディレクター 菊地啓)