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石井光太が語る、高校中退の現場(後編)

NHK
2021年9月22日 午後4:33 公開

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石井光太が語る、高校中退の現場(前編)

校長先生の役割で大きく変わる

山浦D 勉強を教えることが高校であり、進学校も課題集中校も同じになっている。それぞれの学校がそれぞれの自分たちの役割を考えるべきだっていう問題提起がありましたが、そういう中で、校長先生の役割が大きいのかなと。どうしても学校の先生とか校長先生も、他の高校と違うことをやるのはよくないのではないかと考えるとは思うのですが、校長の役割は、どういうふうにお考えになりますか。

石井 学校において、校長の役割は大きいですよね。校長がきちんと学校の方針を打ち出して、そこを評価すると宣言すれば、先生は評価基準がこっちなんだなと思って取り組み方を変えます。逆に、いくら先生がやりたいと思っていても、校長先生がそれを評価しなければ、やれないという現実もある。

 ただ、校長自身も任期があってそこまで大きな改革ができないとか、私立高校でもビジネスとして成立させるために問題のある生徒を排除しなければならないといった課題もあります。

 それでも、社会全体が子供たちの抱えている問題に対して共通認識を持ち、改革の必要性を唱えれば、おのずと学校だって校長だって変わるでしょう。そういう意味で、学校とは関係のない人たちが与える影響も大きいと思います。

山浦D 高校は義務教育じゃないところが、どうしても厳罰主義だったり、切り捨てにつながるのではないかと思います。ただ、これだけ大部分の生徒たちが高校進学するようになった今だからこそ、制度的な見直しも考える時期になったということなのでしょうか。

石井 そうですね。ただ、現実的にはいきなり新制度をつくるのは難しいので、行政が主導していくつかの学校に受け皿になってもらうという方法はありますよね。

 たとえば、神奈川県では早くから特定の学校が日本語の不自由な外国にルーツのある子供たちを受け入れるコースを設置して、日本語指導など生徒に合った指導をしてきました。生徒からすれば、日本人と同じ勉強をさせられる学校に行くより、そういうところで必要なサポートを受けながら卒業を目指す方が合理的です。中学にしても、生徒の問題が見えていれば、「君はこっちの学校が合っているよね」と早い段階から進路のアドバイスができる。

 課題集中校でも、似たようなことができるかもしれません。

山浦D 特色ある教育にする形で役割を分けると、この先例えば進学してみたいとか、上を目指したいっていうふうな子たちもいる中で、ややもすると格差が固定化することにはならないのかと、ちょっと疑念を感じるんですけど、どう思いますか?

石井 逆に言うと格差がそこまで大きくなってしまっていることを、社会がもっと認識しなければいけないと思いますね。現場に行くと、今は格差の開きが信じられないくらい大きいです。たとえば、ある進学校に行けば生徒の3分の1くらいが医者を親に持ち、同じくらいの割合の生徒が医学部へ進学する一方で、ある課題集中校へ行けば生活保護世帯が一、二割を占めていて、中学時代に不登校の子、発達障害の子、日本語が不自由な外国籍の子が8割という状態です。これが日本の高校のリアルなんです。そう考えた時、「支援が格差を固定化する」と考えるより、「固定化された格差を支援によって解消する」ことを重視した方がいいと思うのです。

山浦D 現実的に格差が生まれてしまっている以上、そこのことを前提にした支援を考えないと、逆にどんどん格差が広まっていってしまうと。

地域や外部関係者の役割

山浦D 本当に格差が固定化してしまっている中で、一括りに語れないし、高校の位置付けはすごく難しいと思います。

石井 もうひとつ難しいのが、結局、そういう子たちの足を引っ張っているのって親であることが多いんですよね。親の暴力、親の精神疾患、親の介護、親の貧困……。これによって、子供が様々なハンディーを背負っている。

 学校は子どもに何かはできても、なかなか家庭に介入して生活環境を改善させることまではできない。どうしても、学校の先生が把握できる状況や、行える支援には限界があるんです。その時に必要なのは、他機関連携ですよね。学校だけで生徒の問題に向き合うのではなく、児童相談所とか医療機関など別の機関と一体となって取り組んでいくべきです。

 ただ、これも高校生となるといろんな地域から来ているし、年齢的なこともあって一筋縄ではいかない。それを踏まえると、学校の中に支援機関が入るという選択肢もあるでしょう。相談員、医療従事者、あるいはNPO団体みたいなところが、学校の中に入って生徒に接し、支援をしていく。具体的にはNPOの活動拠点が学校内にあるみたいなイメージです。それがあれば、比較的支援機関とつながりやすくなるはずです。

山浦D そうですよね。八王子拓真高校もNPOが入って、フードドライブをしたり、あと牧場からヤギを借りてきて、アニマルセラピーとかをしているんですけど。高校という閉じていた空間が、いろいろな人たちとつながることで、社会との接点になっている感じがすごくしましたね。

石井 それはすごくいいことだと思います。良くも悪くも、今の子供たちは自ら家庭や学校の外に出て、他者とつながりを持つのが苦手です。相手が身近なところにいて近づいてきてくれなければ、自分からは何もできないということも往々にしてある。そうなると、学校にNPOが入り込み、今の話にあったようにヤギみたいなものも含めてつながりをつくっていく必要があると思うんです。課題集中校に求められるのは勉強を教えることだけでなく、そうした総合的な支援ではないでしょうか。

高校は手を差し伸べられるラストチャンス

山浦D 中退は自己責任じゃないか。本人が結局さぼったんだからしょうがないだろうっていう見方もあると思うんですけど、中退の問題にそのまま何も手を付けないと、どういうことにつながってしまうのか。石井さんはどういうふうに見ていますか。

石井 学校側が、問題のある子の中退を認めるのは簡単です。少なくとも、先生の負担が一つなくなるのは事実でしょう。でも、社会全体として考えなければならないのは、中退した16歳前後の子が様々な問題を抱えたまま社会に出たところで、自立して生きていくことができるのですかというところです。

 学校を辞めたところで、彼らが抱えている様々な生きづらさは変りません。むしろ、学校という保護された環境が失われることで、それまで以上に厳しい状況に置かれる。彼らは生きる術をほとんど持たないまま、社会の荒波に投げ込まれるのです。

 極論を言えば、アルバイトをはじめても問題が起きた時に学校と同じように簡単に辞めてしまい、簡単に稼げるからという感覚で夜の街に飛び込む。そこには悪い大人がたくさんおり、彼らを巧みに利用して欲望の渦に突き落とす。そういう子たちは数年後には、自分たちが同じような境遇の若者を落とす立場になる。では、彼らが親になったらどうなるか。彼らは自分がされたように不適切な養育をし、子どももまた同じように育っていく。そこに貧困の連鎖が生まれるわけです。

 ここまででなくても、高校を中退した後のひきこもり、非正規雇用による生活困窮、若年層の妊娠、孤独の病と呼ばれるゲームやギャンブルなどの依存症といった、現代的な問題につながっていく率は決して低くありません。少年院、ひきこもり支援、依存症の回復施設などに集まる人たちの高校中退率の高さを見れば、歴然たる事実です。つまり、高校中退は、多くの現代の問題を生み出している側面があるのです。

山浦D 中退のリスクを抱えている子どもが、貧困であったり、一人親世帯で非常に苦労していたり、あるいは虐待とかネグレクトとか、いろんな形で挫折経験を持ってしまっている。そのまま一応進学はしたんだけど勉強に意欲が出ない。それを「勉強しないんだから辞めてください」というような形で中退させて、貧困の連鎖を無意識のうちに生み出していることは、実はあまり気づかれていないんじゃないか、可視化されていないんじゃないかと思うんですが、石井さんはどう思いますか。

石井 簡単に子どもたちを切り捨ててしまう高校もありますが、それが私たち社会にはね返ってくることを十分に理解しているでしょうか。僕はそう思えません。

 現在、社会にある格差は非常に大きなものになっています。最初に述べたように、進学校の生徒たちは国際協力などグローバルな方向には目が向いても、なかなか足元で起きていることには気がついていない。格差があまりに大きすぎて、課題集中校の生徒たちの負のループにまで目が届かないのです。

 そうした無理解の先で何が起こるのか。「自己責任論」ですよね。彼らは、努力が足りないからそうなっただけだという意見です。正論のように思われがちですが、実態はそうじゃない。でも、正論だと思っている人の方が社会を動かしている立場なので、その意見がまかり通ってしまう。

 自己責任論を声高に叫んだところで、困難を抱えた人たちの状況は変わりません。むしろ、放置されてもっとひどくなっていく。つまり、無理解が、社会の問題を余計に増幅させることもあるのです。

 裏を返せば、高校は、実はそういった子どもたちに手を差し伸べられるある種のラストチャンスとも言い換えられます。彼らを自己責任として切り捨てれば社会の問題は増えつづける一方ですが、逆にきちんとセーフティーネットに入れて高校を卒業させれば、自立した納税者になる。結果として、社会をより良くすることにつながるはずなんです。

 だとすれば、社会がやらなければならないことは何なのか。そうしたことを一人ひとりが考えていくべきでしょう。

山浦D 小中高校など初等中等教育の在り方を検討している中央教育審議会で、来年度から高校が「スクール・ミッション(学校の社会的役割)」を明確化し、「スクール・ポリシー(教育方針)」を策定することを求める方針が決まりました。石井さんはどう評価されていますか?

石井 各高校の役割が明確になることには役立つでしょうね。先に言ったように、すべての学校が一律で同じものを生徒に求めるより、生徒の質に合わせて学校が方針を定める方が、生徒にとっても、社会にとってもメリットが高いと思っています。

 ただ、それぞれの学校が生徒に合ったスクール・ポリシーを打ち出せるかどうかはまた別の問題ですよね。学校側のやろうとすることと、生徒たちが欲していることにズレが生じるということは起こりうる。

山浦D 一般的な高校が自分たちの役割を分析、理解して、他校と差別化しようっていうことはできると思いますか。例えば数量で30パーセントが難関大学進学とか、そういうことが使われがちだと思いますが。

石井 そう、ポリシーを打ち出す時って、数値化されることが多いんですよ。数値化した方がわかりやすいから。課題集中校で言えば、生徒の30パーセントにこの資格を取得させるとか、正社員として就職させるとか。そうなると、数字を達成するための指導となってしまい、子供が求めるものとかけ離れてしまう可能性もあります。

 僕は、課題集中校に求められているのは数値化できないことの方が多いと思っています。たとえば、学校を子供にとって安心・安全な空間にするとか、コミュニケーションの苦手な子が2日に1回でも学校に来て年に1人ずつでも友達を増やしていくとか、勉強はできなくても文化祭や部活動を通して自信をつけてるとか。こうしたことって、むしろ数値化してはいけないことですよね。

 もし課題集中校がスクール・ポリシーを決める時は、そういう前提を忘れないようにするべきでしょう。学校って、生徒たちが社会へ出た時に、生き抜いていく力をつけるための準備をする場だと思うんです。ならば、課題集中校はどういうスクール・ポリシーを定めるべきなのか。それが適切なものであれば、学校と生徒の距離はぐっと縮まるでしょうし、生徒の人生にとって学校がとても大きな存在になるはずです。

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