宇宙飛行士 野口聡一さんが語る 今社会に求められる「立花隆スピリット」とは?

NHK
2021年7月6日 午前11:37 公開

ジャーナリストでノンフィクション作家の立花隆さんが、4月30日、80歳で亡くなりました。

立花さんの著書『宇宙からの帰還』が宇宙飛行士をめざすきっかけとなり、その後の人生にも大きな影響を受けたと語るJAXAの宇宙飛行士の野口聡一さんに「知の巨人」立花さんの存在、そして立花さんが伝えようとしたメッセージとは何かを伺いました。

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野口聡一さん(以下 野口):初めに、立花先生のご不幸に大変驚いて、本当に慎んでお悔やみ申し上げます。心から追悼したいと思っております。私の最初の立花先生との出会いというのは『宇宙からの帰還』1983年です。私は当時高校生で、これから進路を考え、人生どうやって生きていこうかと考える時に出会った本です。

徹底取材のすえ描かれた宇宙飛行の「リアル」

野口:この本には宇宙飛行士の華やかさではなくて、内面の苦しみとか、挫折に関してかなり突っ込んで書いてあります。なので立花先生とお会いした時にも「よくあの本を読んで宇宙飛行士になりましたね」と言われましたが、私にとってはまさにリアルな、宇宙飛行士も人の子であると。苦しみもあれば挫折もあり、そこからの立ち直りというところにはドラマもある。もうひとつは、宇宙に行くというのが(ひとりの人間として)非常に大きな転換点になるということを感じた、そういうきっかけだったと思います。

野口:この本は、最初に宇宙に行くこと自体はバラ色の未来ではないというところから始まっているのが、むしろ私にとっては幸いしました。私の人生の中でチャレンジャー号の事故(1986年1月28日、アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げ73秒後に大西洋上で爆発、空中分解し7人の乗員が犠牲となった事故)は、大学生の時で、宇宙飛行は必ずしも安全な世界ではないと感じました。そして2003年のコロンビア号事故(アメリカのスペースシャトル「コロンビア」が大気圏突入のあと空中分解し、乗組員7人全員が死亡。チャレンジャー爆発以来の大事故)は自分の同期生、友人たちが犠牲になった。なので自分にも起こりうることと常に感じながらやってきた25年ですけれども、立花先生のこの本があったからこそ、乗り切ってきたのかなという気がします。

 “宇宙体験は人の内面にどんな変化を与えるのか”

野口:どうしても我々実際に宇宙開発に携わっている者は、物理的な成果を求めがちです。

つまり大きなロケットを作った、宇宙でのいろいろな科学実験が成功した、それから何人、何時間、何日間宇宙にいられたと。ただそれはむしろ副次的なことであって、立花先生が期待していらっしゃったのは、そこから一般的な人々、我々人類全体がどのような恩恵を受けるか。宇宙という環境に人類が出ていき、人類の精神世界にどのような展開があるだろうかといったところを見ていらっしゃった。

世界の中でもそういう観点で見ている方というのは少ないと思います。NASAは当然ながら人類はどこまで行けるかというのを極めて実学的に追い求めていますし、我々JAXAも国民の皆様から税金をいただいての国家政策なので、いかに成果を着実に出すかというところにどうしてもいってしまいがちですけれども、立花先生は若干批判的な観点も混じえて、宇宙に関してはそういう国家政策としての成果・報告だけではなく、それが「我々人類にどのような精神的インパクトを持つのか」というのをずっと問いかけていらっしゃったと思います。

(2005年に行われた対談の様子)

問われたのは「何のために宇宙に行くのか」

―野口さんが立花さんと初めて会ったのは2005年のミッション後の対談でしょうか。

野口:そうですね。

―実際お会いした立花さんのお人柄、印象はいかがでしたか。

野口:立花先生とは親と子ほどというか、私の父親に近い年齢でいらっしゃいますけど、先生が若い頃に書かれた作品を読んで育った若者が宇宙に行く時代になったということに非常に感慨をお持ちでしたね。

それから宇宙体験を僕自身がどういう言葉で表現するかというのを一生懸命聞いていただいた。何時間宇宙にいたとか、何の作業をしたかというのは当然ながら記録としてNASAもJAXAも残していますが、立花先生はそれを私がどのように感じてどう表現するか。その“内面世界の変化”というのを探っていらっしゃったと思います。

それこそが、まさに私自身が宇宙に行って戻ってきてから“人類が宇宙に行く、それから無重力で暮らす”ということが私自身の内面世界にどのような影響を及ぼしているのかを質的に探っていくきっかけになっていると思います。それが私のライフワークのような質的研究、質的心理研究につながっていると思います。

―科学ジャーナリストとしての立花さんの存在について、野口さんはどのようにお感じになっていますか。

野口:立花先生は大学でもゼミで文系、理系の枠を融合して、学際的に科学技術の意味を、文系的な能力で広めていくことを目指していました。そういう意味では本当に学際研究の一番我々が見習うべきポジションにいらっしゃったとずっと思っていますけれども、科学技術が、いかに人類全体の視点から、どのような恩恵があるのか、あるいは精神文化にどのような寄与をしているのかというのは忘れてはいけないと。どうしても科学技術の数式で語られる量的な成果に目がいってしまいがちですけれども、立花先生は宇宙に関しては必ずしも肯定的なご意見ばかりではなく、そのあと何度かご一緒する中で非常に耳の痛いご批判もいただきました。「我々は何のために宇宙に行っているのだ」と。宇宙開発の成果というのは具体的にどういう形で我々の精神的な世界に寄与しているのかというのを、僕はいつも問われていたような気がします。

(NHKの番組で著書について語る立花隆さん 2011年放送)

「わかりやすく」ではなく「正しく」伝える

野口:立花先生は東京大学先端科学技術研究センターで教鞭をとられていました。立花ゼミの教え子だった人たちがいまでは我々と仕事をするような時代になっているので、そういう意味では本当に2世代、3世代が待っていて、そのあたりが教育者としての立花先生のすごさだと思います。

宇宙の成果、科学技術の成果を文系の方に伝える、あるいは子どもたちに伝える時に、技術者は常に易しくという観点で考えるのですが、そのわかりやすくというのと易しくというのは必ずしも一致してなくて、文系の世界で通じる言葉をつかって正しく伝えていく。

言葉のつかい方、発想の仕方が理系と文系は必ずしも一緒ではないというところがあると思います。かといって文系には無理だとか、あるいは文系と話す時にはこういうことはすっ飛ばして話すというのは正しいアプローチではないというのが立花先生の方針で、文系の人にもわかるように、ただし彼らにとって専門性がある部分は、そこをしっかりと押さえていくというところが、この学際的な研究の難しさであったかなと思います。

つまり、例えば精神的な世界を深めていくからには理系の人間も心理学のことを学ばなければならないし、宇宙での成果を語る上で、もし生理学的な変化を知らなきゃいけないのであれば、文系であってもそのような医学に関する知識を正確に伝えていくと。そのあたりが単に易しくというだけではなくて、その学際的な文理融合の中で正しく伝えていくというのが立花先生の真髄であったかなと思いますね。

―そういった部分はご自身でも、自分が科学をまさに伝える場面でも活きていることでしょうか。

野口:例えば立花先生には『臨死体験』など様々な著書がありますが、決して専門外、専門のことをわからない人を見下して、これはわからないだろうというような書き方はされないです。

宇宙を専門にされている方というのはごく少数です。世間の大多数の方はそういうのに縁がないところに暮らしていらっしゃる。でも、そういうところでしっかりと我々がやっていることをごまかさずに正確に、でもその人たちに通じる言葉で伝えていくというのは、やはり立花先生から学んでいるかなと。

まさに『宇宙からの帰還』がそれをしているわけですよね、誰もが読める文体で、ただし、かなり深いことをちゃんと書いている。

私も宇宙から3回帰還してきましたけれど、やはりその度ごとに宇宙から帰還するというのはどういうことなのかというのを立花先生のように正確に、わかりやすく、かつ伝わるようにやっていきたいなと感じています。

―今、新型コロナウイルスによって、科学がいい意味でも悪い意味でも注目されています。今の時代に科学を正しく知る意味や、正しく伝える意味についてどうお考えですか。

野口:今は日本に限らず、世界中が新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)されています。我々がまだ知らないことは知らないし、できることとできないことが当然あると思いますが、いろんなことを判断するという場面においては、事実と科学に即した判断をしていきたいなと思います。

今起こっていることを包み隠さず伝えていく。その次の判断材料で、医学的、生科学的な知識が必要であれば、専門家からの意見を真摯に聞くと。そこに政治的な判断を入れることなく、専門家が何を語っているのかを真摯に聞く必要があるのではないかと思います。

科学万能ではないですけれども、少なくとも今わかっていることを正確に理解するために科学は役に立つと思いますし、そこで必要以上に恐れることもなく、必要以上に安全と過信することなく、正しく恐れて、正しく闘っていくというのが、この新型コロナウイルスでは大事なことではないかなと思います。

書物にとどまらない「現場主義」

野口:立花先生は一般に大変な読書家であったということが知られていますし、蔵書もすごい数でしたけれども、これを読まれてるというのが、本当にすごい衝撃で残っています。一方で、あの書物ではとどまらない現場主義というか、少なくともその現物、実際に起こった場面に赴くということをいとわない方だったなと。

宇宙に関して言えば、実際にヒューストンまでいらっしゃって、いろんな人と直接対面して対話をする中で、いろいろと事実を積み重ねていっています。シベリア抑留など、他のルポルタージュも拝見しましたけれど、実際にその現場に行って、実体験を基に膨大な知識と組み合わせて洞察をしておられるので凄みがあるわけです。そういう意味では、インターネットを含めて情報万能の時代ですけれども、部屋の中で書物を読むだけでは、ネットにつながっているだけでは得られないものというのは必ずある。やはりそこの現場に行く、直接人に会う、体験をするといったところから得られる英知というのがまさに知の巨人であった立花先生の真骨頂だったと思います。

自分の体験を見つめ直すきっかけに

―野口さん自身も立花さんとの対談の中で「船外活動で真空の宇宙に出るのは(窓越しに地球を見るのと)地球との接近体験として質的な違いがある」ということをお話しされていました。自分の五感を使って見聞きすることが、この時代でも大事になってくるのでしょうか。

野口:いろいろなデータとか最新理論は、もう今ネットに溢れていますし、膨大なビッグデータを含めて解析することは部屋にいてもできます。一方で実際に体験を通じて得た自分自身の内面世界というのは、誰からも壊されないというか、自分自身の得たものとして残っているわけです。立花先生は、まさにそういうものを吸い上げていこうとされていました。自分自身がいかに体験というのを、内省を含めて見つめ直して、そこから得られる英知というのを外に表わしていけるかというのが、立花先生から学んだことかなと思います。

科学を「精神の豊かさ」につなげる

野口:立花先生は戦前生まれの方でいらっしゃいますし、高度経済成長も含めて日本がここまでどのようにして発展してきたかを経験し、この先どうなるかということは非常に憂慮されていたと思います。だからこそ、科学技術に期待されていたと思いますし、我々若い世代、子どもの世代、それから孫の世代を含めて、期待していたのだと思います。科学技術がもたらすものが日本も含めて世界の発展にどのように寄与しているのか、そこに人間性を忘れて進んでいくようなことはないのかといったあたりは非常に厳しく、そのあたりが批評家としての立花さんの大きな視点だったのではないかなと。

ですから我々、科学技術に携わる者としては、それが技術のための技術にならないように、まさにそれがもたらすものが人間社会の発展、精神社会の豊かな転換につながることを常に意識しています。

野口:立花さんは、本当に貪欲なまでに知ることに関して突き進む感じですよね。知の境界を広げていくということに関して、まったく躊躇(ちゅうちょ)しない。それこそが知の巨人といわれるのにふさわしかったと思いますが、やはりその知識に対する欲というのが人間の基本的な欲求というか、性であるというふうに考えていらっしゃったのではないでしょうか。

―立花さんはよりよく生きるためには「知ること」が大切だということも講演でおっしゃっています。

野口:まさに正しく知る、正しい知識、知の世界を広げていくことが正しい判断、そして正しく生きるということにつながるというのが立花さんの哲学だったのかなと思います。

あと5年、10年、立花先生がお元気だったら宇宙に行っていただけたのではないかと本当に思います。今回の私のミッションで、民間宇宙旅行がまさに蓋を開けました。そういう意味では人類にとって新しい知を広げる扉が広がったと思います。ですから、プロの宇宙飛行士だけではなく、批評家、作家、作曲家といった方がこれからどんどん宇宙に出て行って、どんどんこの知の世界を広げていくのが本当に今から楽しみだなと思います。

少なくとも立花先生の本は、私と一緒に宇宙に行っていますし、そういう意味では立花先生の業績、スピリットはこれからも宇宙で生きると思います。

野口聡一(のぐち・そういち)

JAXA宇宙飛行士。 1965年神奈川県生まれ。2005年スペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗。2009年、日本人として初めてソユーズ宇宙船に船長補佐として搭乗。2020年、アメリカ人以外で初めて民間宇宙船クルードラゴンに搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)に約半年間滞在。2021年5月2日に地球に帰還した。

2021年6月30日放送「知ることに終わりはない 〜立花隆さんからのメッセージ~」番組内容はこちらから