ノーベル平和賞受賞 ジャーナリスト マリア・レッサさん 新春インタビュー

NHK
2022年1月4日 午後6:50 公開

2022年最初のクローズアップ現代+では、世界が注目するキーパーソンにインタビュー。井上キャスターが話を聞いたのは、ノーベル平和賞を受賞したジャーナリストのマリア・レッサさんです。

権力に屈することなく、闘い続けるマリアさん。番組ではご紹介できなかった、お話をさらに深くお伝えします。

(聞き手:クローズアップ現代+キャスター 井上裕貴)


 

関連番組:クローズアップ現代+ 新春インタビュー2022 社会を変える"一歩”を

1月11日夜10時まで見逃し配信中

 

 

権力と闘い続けるジャーナリスト


フィリピン生まれのマリア・レッサさん。アジア各地で30年以上活動を続けています。アメリカのテレビ局のマニラ支局長などを経て、2012年にはインターネットメディアの「ラップラー」を設立し、代表を務めています。

マリアさんがノーベル平和賞を受賞した理由として、選考委員会は「フィリピンで、権力の乱用や暴力の横行、それに強まる専制主義の実態を自由な表現で暴いた」としたうえで「ドゥテルテ政権の暴力的な麻薬撲滅キャンペーンに社会の注目を集めたほか、ソーシャルメディアがどのようにフェイクニュースを広め、嫌がらせや世論操作に使われているかを伝えた」と述べています。


 

――ノーベル賞受賞おめでとうございます。フィリピンの歴史に名を刻みましたね。受賞が決まった時はどんな気持ちでしたか。現在の心境をお聞かせください。

 

マリアさん:

まだショックが抜けきりません。ムンクの「叫び」という絵をご存じですね。今でも目が覚めるとあの絵のような気持ちになります。

ジャーナリストにノーベル賞の光が当たったことで、フィリピンだけでなく世界のあらゆる場所のジャーナリストが勇気をもらえたと思います。フィリピンではちょうど来年に選挙を控えたタイミングなので、受賞がフィリピンの利益になることを願っています。

  

 

 アメリカで育んだ価値観「世界は1つ以上ある」

10歳のころのマリアさん

 


マリアさんが生まれたのは、1963年。その直後に大統領となったマルコスの独裁政権下で、自由が制限された中で育ちました。10歳の時、家族の事情でアメリカに移住。多様な考えや価値観があることを知ったといいます。


 

マリアさん:

アメリカに渡った時は英語をやっと話せる程度でした。ニュージャージー州のトムズリバーにある公立学校に入った時には学年で最も背が低い生徒でした。そこでは自分の居場所がありませんでした。本当はフィリピン人なんだという気持ちでした。1986年に大学を卒業してフィリピンに帰って来ました。ところがフィリピンに帰ると、私の一部はフィリピン人だが本当のフィリピン人ではないと感じてハッとしました。

そういう時には2つの世界を1つにまとめようと努力するものですが、実際のところ世の中には1つ以上の世界があると知ることは、ジャーナリストとして最高の訓練になることに気がつきました。“決めつけ”をしないからです。アメリカにきてそのことを学びました。自分が文化の面での主張をしないで決めつけもしなかったので、それを学ぶ姿勢が生まれたのだと思います。

 


“不屈のジャーナリスト”というイメージが強かったため、マリアさんのシャイで内向的だったという幼少期のお話は意外でした。国を思う危機感とジャーナリストとして使命感のため今の彼女に変わった、変わらざるを得なかったのだと感じました。フィリピンとアメリカの異文化の中で得た気づきも、どことなく自分と通じ、理解できる部分がありました。子どもの頃は言葉が通じなかったため、相手の話を聞き逃すまいと必死に耳を傾ける訓練にもなりましたし、何事も1つ以上の世界がある、違う意見があるということを体感として身につけられたことは、いまの複雑な世の中を見る上でも支えと戒めになっています。

ジャーナリストとなってフィリピンに戻ったマリアさん。アメリカの放送局CNNでマニラ支局長などを務め、アジア諸国が民主化を果たし、自由を獲得する様を目の当たりにしてきました。


 

マリアさん:

東南アジア諸国で、権威主義的な統治から民主主義へと振り子が振れた時代を取材しました。だからこそ、私が今恐れているのは、その振り子が1人による権威主義的な統治に戻ることです。

 

 

ドゥテルテ大統領と向き合って

2016年 フィリピン ドゥテルテ大統領へのインタビュー

 


いま、世界で強権的な指導者が力を強める中、マリアさんらは大統領個人や政府機関による「権力の乱用」を厳しく批判してきました。特に大々的に報じたのが、暴力的とも言える麻薬の取り締まりです。ドゥテルテ政権の強権的な取り締まりにより、100人以上の未成年者が殺害されたとする調査報道をマリアさんらは去年6月に発表。フィリピン国民に衝撃を与えました。


 

――あなたにとってドゥテルテ大統領とはどんな存在ですか。

 

マリアさん:

ドゥテルテはフィリピンの大統領です。フィリピンの大統領を尊敬するという私の気持ちは変わりません。しかしそれと同時に権力者の責任を追及することが私の仕事でもあります。ドゥテルテ政権下では大規模な憲法違反がありました。私も一人のフィリピン人として権利を侵害されました。ジャーナリストとして嫌がらせをされたり威嚇されたりもしています。

しかし、やるべきことはやり続けます。ジャーナリストは好んで私とドゥテルテ大統領が敵対する構図を描きますが、私は個人的に何とも思っていません。権力は責任を追及されることを嫌っていることは理解しています。大統領が私に嫌がらせをしたり威嚇したりするのは、私が大統領にフィリピンの将来世代のことを考えるべきだと訴えるからでしょう。暴力的な政策が国民に大きな不利益をもたらしたことについて考えよと訴えているからでしょう。

  

 


ドゥテルテ政権のフィリピンでは、報道の自由を抑圧する動きが続き、マリアさんも2020年6月、名誉毀損の罪で最長、禁錮6年の有罪判決を受けました。現在は、保釈されて裁判が続いています。ドゥテルテ大統領は去年、国民向けのテレビ演説で、レッサさんを名指しで批判したことがあります。「レッサは詐欺師だ。うそを暴いてやる」といった暴言が全国放送されました。

去年、当局の弾圧などで殺害されたジャーナリストは世界で24人いるといいます(ジャーナリスト保護委員会)。時には、命の危険を感じることもあるというマリアさんに、率直な思いを聞きました。


 

――マリアさんは命を危険にさらしながら活動していますが、最前線のジャーナリストであるためには何が必要なのでしょう。毎日どれくらい深刻なリスクがありますか。

 

マリアさん:

その質問には答えないことにしています。リスクについて話すことが好きではないし考えたくもないからです。でも、今回はその質問に正面から答えます。この5年間で命を落としたジャーナリストもいます。弁護士も殺害されました、裁判が多いですからね。弁護士、ジャーナリスト、人権活動家、野党の政治家に対して法律が武器として使われています。

それほど暴力がはびこっています。確実にリスクがあるので注意を怠らないようにしています。最悪の事態を想定してそれに備えています。

確かに危険はありますが今はジャーナリストの仕事がかつてないほど重要な時代です。今日ほど社会にとってジャーナリストの仕事が重要だったことはありません。

 

――恐いと思うことはありませんか。

 

マリアさん:

この5年間で恐怖心に対処する術を学びました。恐怖心を受け入れることで恐怖と対処しています。恐怖心を否定することはできません。それを否定すれば自分自身に亀裂が生じるからです。だから最悪の事態を想定するのです。自分が最も恐れることが起こった場合を想定して、実際にそうなったらどう対応するかを考え抜きます。

だからまず自分自身の恐怖心を克服する必要があるのです。世間がどうあろうと関係ありません。自分の恐怖心を克服することが出来れば前に進むことが出来ます。最前線にいるジャーナリストであってもただ最善の人生を送ろうとする人であっても同じことです。最初の1歩は自分が最も恐れることを特定することだと思います。恐れることに触ってそれを手に取って恐怖心を緩和するのです。そうすることで恐怖心から解放されます。

政府は私たちジャーナリストを黙らせたいのです。それはフィリピンの民主主義のためにも国民のためにもなりません。私は恐怖を受け入れています。出来事を報道しなければジャーナリストは敗北して国民は民主主義を失います。私はやすやすと尻尾をつかませません。うまく攻撃をかわしています。

 

 

試練が、タフなジャーナリストを作る

インターネットメディア「ラップラー」

 


恐怖や死についての質問は、普段あまり答えないと返したマリアさん。でも、アジアを取り巻く環境が大きく変わってきている中で、日本も遠い話ではないからと、普段直面するリスクや怖さについて語ってくれました。恐怖だけでなく、差別や偏見、思い込みなど、何事も、まずは自分の頭の中で始まるもの。だからこそ、その考えを生んでいるものが何かを知る努力、たゆまない内省が必要であるといいます。

では、巨大権力に立ち向かう中で、マリアさんの活動の推進力となってきたのは何でしょうか。話を、彼女と志をともにする仲間たちに移しましょう。

10年前にマリアさんが設立したインターネットメディア「ラップラー」。ジャーナリズムの重要性を理解する人が集まり、立ち上げたメディアです。ラップラー(Rappler)という名前の由来は、英語でRap(自由に話す)とRipple(波紋のように広がる)を組み合わせた造語です。メンバーの年齢の中央値は23歳と若い世代が中心。マリアさんは、次の世代の若いジャーナリストたちにも信頼を寄せていると言います。


 

――若いジャーナリストにはどんな価値観と信条を持ってほしいと思いますか。

 

マリアさん:

「ラップラー」の若手ジャーナリストたちはすでにそれを持っているし、またやっていると思います。2019年に私が初めて逮捕された時には、ニュースルームにいるすべての記者がフェイスブックでライブ発信しました。12人ほどの警官が私たちのオフィスに入って来ました。指揮を執っていると思われる警官が記者の1人を威嚇しました。彼女はラップラ―の第3世代の記者でした。彼女が恐怖感を覚えているのは見ていて分かりましたが、震える手でビデオを回し続けました。警官の質問に対してビデオを回すことで答えたんです。その時、試練がタフなジャーナリストを作ると感じました。そこから次の世代のジャーナリストが生まれるのです。

ダイヤはどうやって出来るのでしょう。ダイヤは強烈な圧力という試練にさらされた後に生まれます。次の世代のジャーナリストにはそうあってほしいと思います。今ジャーナリストは試練にさらされていますが、そこから自由をさらに尊重する新たなジャーナリストの世代が誕生することを願っています。フィリピンの次の世代のジャーナリストにはそうあってほしいと願っています。

 

 

フェイクニュースがはびこる時代に

 


マリアさんは、ドゥテルテ大統領をはじめ、世界で強権的な指導者が力を持つ背景には、SNSをめぐる環境があると訴えます。


 

マリアさん:

ニセの世論をねつ造することが出来る時代になりました。SNSを使って、大規模に意見をねつ造することが出来る時代になったのです。

こうした環境(SNSで偏った情報が拡散する環境)ではドゥテルテ支持者はさらに右寄りになり、ドゥテルテの反対派はさらに左寄りになります。このように政治的な考え方によって社会が分断されることは民主主義に大きな害を及ぼすのです。今は100万回ウソをつけば事実になる時代です。多くのフィリピン人がジャーナリストは犯罪者であるという、うそを信じています。私はジャーナリストであって政治家ではないので人気取りのために何かをすることはありません、報道を続けるだけです。私たちの時代の最大の出来事は「事実」が崩壊していることなのです。難しいのは、うそ対ジャーナリズムの対立構図が不可能であるということです。なぜなら、事実は退屈なものだからです。ジャーナリストにはそういう制約があります。

Facebook創業者 マーク・ザッカーバーグ氏とマリアさん

 

――SNSのサービスを提供するプラットフォームに関しては、いまどんな議論が必要でしょうか。

 

マリアさん:

ジャーナリズムは今存亡の危機にあると思います。広告に頼るこれまでのジャーナリズムのビジネスモデルは破綻しています。個人情報を使って狭い範囲に的を絞った広告によって効率を高めるというプラットフォーマーによって従来型のジャーナリズムの顧客が吸い取られています。しかしそれはプラットフォーム上で陰険なやり方でユーザーを操作していることに他なりません。

いま議論が必要なのは、法による規制です。遺伝子研究やゲノム編集の技術などと同じことです。遺伝子研究は非常に精度が高くなっているので、今では設計通りの赤ちゃんを作ることが可能です。

今欧米ではそれを禁止するためのガードレール(規制)があります。神がやることを人間がやってはいけないということです。テクノロジーの進歩は、「神のようなテクノロジーには神のような知恵が必要である」ということを人類に悟らせました。しかし人間には神のような知恵はありません。だから自滅を防ぐためにガードレールが必要なのです。

プラットフォームに責任を求めればウソの拡散に歯止めがかかるでしょう。なぜなら出版社やジャーナリズムや報道機関のように、ひとたび責任を問われる立場になれば、うその拡散を防止する施策を実施するようになるからです。そういう理由でまずは法律の“たが”をはめることが第1歩なのです。

 

 

広島での体験がもたらしたこと


ジャーナリズムの危機について繰り返し強調したマリアさん。その中で驚いたのが、彼女が幾度となく口にした「広島」でした。日本でも取材経験があることは知っていましたが、広島の原爆の惨禍について、強い思いを寄せていたのです。たびたび現地に足を運び、被爆者を取材。苦しみや悲しみを、「世界中に発信する」という前向きな力に変える姿に心打たれたといいます。今回のインタビューで、涙を見せて語った瞬間です。


 

マリアさん:

広島に圧倒されました。ヘイトがはびこっているこの時代にあってそう思います。

私は被爆者の体験談を聞いて強く触発されました。これまで何回か広島に行ったことがありますが、そこで被爆者が自分の苦しみを怒りや憎悪で終わらせることなく、世界の問題としていたことに深い感銘を覚えました。それが大きな苦しみを経験した日本に特有なものです。

苦しみの中からより大きな善を学ぶことを日本の方は知っています。目的を伴う苦しみとでもいいますか、苦しみの中からより大きな善を学ぶことを日本の人たちは理解しています。

今はそれと同じ踏ん張り時です。現在の状況から正しい方向に向けて1歩を踏み出さなければ世界各地で民主国家が崩壊する事態だってあり得ます。

 

 

2022年 岐路に立つジャーナリズム

――これまでご指摘のように今ジャーナリズムは岐路に立っています。そこにどんなことがかかっていると思いますか。また2022年をどのように展望されますか。

 

マリアさん:

今フィリピンにとっては存亡の危機にあります。フィリピンは世界の民主国家の教訓になります。来年フィリピンでは総選挙があります。その後に、ほかの国の選挙が続いていきます。

フィリピンの大統領選には私たちの民主主義、そして統治の質がかかっています。世界的にコロナ対策を見渡せば、権威主義的な政権が成功したとは言えません。命令するだけではダメです。包摂的であるべきです。人々を分断するのでなく1つにまとめる術を学ばねばなりません。

 

――2022年にジャーナリズムに必要なことは何でしょう。

 

マリアさん:

突き付けられた課題に果敢に立ち向かうことだと思います。ジャーナリズムはあまりにも長い間悲観論に支配されてきました。ラップラ―の創設は2012年の終わりでしたが、その時には新しいものを生み出すという強烈な高揚感がありました。

私はそれをチャレンジとして位置付けました。私たちが親しんできた世界は既に崩壊しています。新型コロナウィルスは大混乱をもたらしました。今はジャーナリストが新しいものを生み出すチャンスの時代です。ジャーナリズムの基準と倫理をテコに、「こんなことが可能だ」とか「こうやって啓発的なジャーナリズムを創造する」と言えるチャンスなのです。

 

 

マリアさん:

私たちは今真実をめぐる戦いの最中(さなか)にあります。私はその戦いで全力を尽くします。そして、人は本来善良であると述べました。私はそこをあきらめていません。

私は過去の5年間、3つの文章を言い続けてきました。

「事実がなければ真実もない。真実がなければ信頼を勝ち取ることができない。その2つがなければ問題を解決することが出来ない」

事実がなければ、そして事実に関して合意することができなければ社会は機能しません。人間の性質の最良の部分を表に出すことはできません。悲観的になってはいけません。人々が同じ目的を共有すればそこから不思議な力が生まれます。目的意識を共有することが出来ます。

ジャーナリストは権力やカネに関する取材が多いのでどうしてもシニカルになりがちです。それがニュースになるからです。しかし権力やカネを操る人たちだって人間の心の善の部分に訴えかけることはできます。

人間にはそういうところがあると思います。その反面、私が「有毒なヘドロ」と呼ぶもの――憎悪、怒り、恐怖心、疎外感が、コロナウイルスによって増幅されることで人が暗い世界を作ることもあります。

そんな世界が良いはずがありません。私はシニカルな人間ではありません。身の回りに嫌なことがいくらでもありますが私は人の心の善を信じています。それこそ私が言いたかったことです。人間の心の中にある善という奇跡が花開くようにしなければならないというのが私が言いたいことです。

 

 


ジャーナリズムから、国のありようや民主主義の行方まで、人類はいま、大きな岐路に立っていると結んだマリアさん。国家権力やSNSを運営する企業に対して不屈の取材を続ける姿勢には、同じ取材者として背筋が伸びる思いばかりでした。自分の名前で、責任を持って発言する。互いの顔が見える信頼の土台があってこそ、社会はまとまって、前向きな一歩を踏み出せる。人との違いを恐れず、自分の中の恐怖に不屈であれ、そう教えられた気がしました。

この先、日本社会、そして世界は、どの方向に、歩を進めるでしょうか。

パンデミック下でまだまだ苦しい時期は続きますが、マリアさんが信じたように、僕も、人間の善が勝る現場をひとつでも多く取材し、みなさんにお伝えしたいと考えています。

激動に違いない2022年も、「クローズアップ現代+」をどうぞよろしくお願いします。

(キャスター 井上裕貴)


 

 

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