重症者用ベッドが満床に “患者の選択”迫られる事態も

NHK
2021年8月6日 午後6:06 公開

オリンピック・パラリンピック期間中に医療機関で何が起きているのか。

「聖マリアンナ医科大学病院」の新型コロナ重症者病棟の現状をお伝えするシリーズの3回目。この病院には重症者用のベッドが17床ありますが、今月5日の時点で満床となり、ICU内に新たに3床増やす工事を急きょ進め、何とか対応しようとしています。

かつてない危機に直面するなか、同病院の救命救急センター長・藤谷茂樹医師から緊急メッセージです。    

(報道局社会番組部 チーフディレクター 松井大倫)

  

これまでの取材記事

シリーズ① 緊急報告 オリンピック期間中のコロナ重症者病棟

シリーズ② 半年以上たった今も…  新型コロナ ”後遺症外来” の現実

  

かつてない危機に・・・満床のコロナ重症者病棟 

  

去年4月から長期取材を続けている聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)は、第3波に直面していた昨年末、新型コロナ重症者用のベッド17床が、一時すべて埋まるという危機的な状況を経験しています。

  

オリンピック開幕後、私はほぼ2日おきに病院を取材していますが、日を追うごとにベッドが埋まっています。開会式が開催された先月23日には9床でしたが、先月28日には12床、今月3日には16床、そして5日には17床が埋まりました。この2週間でほぼ倍増しています。そして患者の年齢構成(今月5日時点)は、60代2人、50代9人、40代2人、30代3人、20代1人となり、20代から50代のいわゆる“若年層”が9割近くとなっています。

  

  

この病院では重篤な状態から懸命な治療を行い、患者が少しでも命の危機を脱すると、関連病院に転院させてきました。しかしその関連病院も中等症患者で埋まり始め、入院調整(ベッドコントロール)が非常に難しい状況になっています。ベッドコントロールを行う事務員は片時も携帯電話を離さず、常に各病院のベッドの空き具合を確認しています。しかし、ふと口をついたのはこんな言葉・・・。

  

「患者の移送と搬送をスムーズに行いたくても、今はできないんです・・・」

  

熱中症患者の搬送も相次ぎ、病院は野戦病院のような状態に陥っています。

  

  

「若年層も襲う“第5波”の猛威 救える命が救えない・・・」

  

危機的な状況が迫る中、治療の最前線で指揮をとる藤谷医師から“第5波”の猛威について緊急のメッセージが寄せられました。

  

“オリンピックが盛り上がる中、連日、重症患者の受け入れ要請の連絡が入っています。

そして、自宅待機中の患者の症状悪化による救急車の”たらい回し”、中等症受け入れ病院での高濃度酸素療法機器がフル稼働となり、中等症患者の受け入れが不能となるなど、“第5波”がさらに猛威を振るっています。

年末年始の第3波は、ベッド数の限界を超える寸前、ギリギリのところで緊急事態宣言の措置の効果が現れ、我々は持ちこたえることができました。

今回の“第5波”は、数週間前まではイギリスで確認された変異ウイルスによる患者が大半でした。しかし今週に入り、重症者のほぼすべてが「L452R」のインドで確認されたデルタ株の感染患者に入れ替わっています。そしてほぼ全例が65歳以下の患者で、20代から50代が約9割の患者構成となっています。

さらにほかの病院では、感染に対して慎重になっている妊婦の感染患者も増えてきています。これは、“インド株”の感染力がいかに高く、「若年者は感染しにくい」という今までの認識が間違っていることが伺われます。

この状況下で、重症患者の生命を救うことが我々の使命ではありますが、すべての患者を救命できないこともあります。患者家族の希望があれば、最期の看取りをすることを現在も続けていますが、それも限界に近づきつつあるのです”

  

  

“私たちの病院では、新型コロナ病棟の17床すべてが埋まり(今月5日時点)、ECMO導入も連日行われています。通常のICU管理をする病棟で、新たに7床を重症コロナ病棟へ改装することで、今後の爆発的な患者増に備えようとしています。

我々もできる限りの治療を行っていますが、経過が順調でなく、救命できないと判断した患者の生命と、新たに新型コロナウイルス感染症と戦わなければならない患者との生命の選択を余儀なくされてきています。

ご家族に説明をして、最期を私達で看取ることができず、他病棟へ転棟し、最期を迎えることになります。

災害時にはそのような非情な決断を迫られることがあり、トリアージと言われています。多数の傷病者(今回は新型コロナウイルス感染症)が発生した場合に、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めることです。

第5波の集中治療に当たっては、現存する限られた医療スタッフやベッド数の医療リソースを最大限に活用して、可能な限り多数の傷病者の治療にあたることが必要になっています。新型コロナウイルス感染症の患者を受け入れている医療機関では、オリンピック期間中にそのような事態が起きていることを、ぜひ知ってほしいのです”

  

  

看取りも十分に行えない状態に 切迫する重症者病棟

  

  

先日、政府は入院について、重症患者や重症化リスクの高い人に重点化する一方、それ以外の人は自宅療養を基本とするなどの方針を示しました。しかし、与野党双方から丁寧な説明を求める声や撤回を求める声が上がり、入院については重症患者のほか、中等症患者で酸素投与が必要な人や、投与が必要でなくても重症化リスクがある人に重点化するとし、最終的には医師が判断するとしています。一方で、自宅や宿泊施設で療養する人の症状が悪化した場合に、速やかに入院できるよう、一定の病床を確保していくと政府は説明しています。

  

背景には聖マリアンナ医科大学病院の新型コロナ重症者病棟のような病床のひっ迫がありますが、自宅療養は病状のさらなる悪化や家庭内感染を拡大させる危険性もはらんでいます。今回の政府の方針転換について、藤谷医師はこう話しています。

  

「方針の転換は運用を誤れば入院の遅れや病状の悪化を招き、患者の命の危険を高めかねない。入院が必要になる患者を一括管理できるシステムが必要だ」

  

  

家族と患者のつながりを重要視し、看取りも家族に行わせるため聖マリアンナ医科大学病院では何ヶ月も議論を重ね、準備し実施してきました。しかし、感染急拡大でその看取りを十分に行えなくなるかもしれないこと、そして救える命が救えなくなるかもしれないという危機がそこまで迫っていること・・・その悔しさが藤谷医師からのメッセージから読み取れました。

  

病床のひっ迫をどう防ぎ、十分な治療を行うには、どうしたら良いのか難しい課題に今、医療機関は直面しています。

  

  

◆ 松井ディレクターによる取材記事

WEB特集 「私の知ってる父だった」 新型コロナ“看取り”の現場

シリーズ記事① 緊急報告 オリンピック期間中のコロナ重症者病棟

シリーズ記事② 半年以上たった今も…  新型コロナ ”後遺症外来” の現実

   

◆ 聖マリアンナ医科大学病院を取材した過去の番組ダイジェスト

密着・医療最前線 “第2波”の苦闘 - 2020年8月25日放送

新型コロナ“第3波” 最前線からの訴え - 2020年11月19日放送

コロナ重症者病棟 パンデミック下の年末年始 - 2021年1月5日放送