東京から北京へ。
スケートボードでのオリンピック出場からおよそ半年。
平野歩夢選手がスノーボード・ハーフパイプでオリンピックの舞台に帰ってきます。
かつてない「二刀流」に挑む平野選手。なぜあえて困難な道を進むのか?
そして北京を前に口にした、今のスノボ競技は”おもしろくない”という言葉。
23歳が語った決意とは。
(取材・構成:クローズアップ現代+取材班)
関連番組「“二刀流”いばらの道の先に~スノーボード 平野歩夢~」
NHK+見逃し配信はこちら(2月10日まで)※別タブで開きます
自分のオリジナルを持っていたい
平野歩夢 選手:
「やっぱり人と同じことが嫌なんだろうなと。自分のオリジナルを持っていたいと強く思っているので。二刀流を選ぶこともそうだし、今、(東京大会から)半年でここ(北京大会)に挑んでいるということもそう。自分らしさって何?自分って何?と考えながら、それがこの先も広がっていくことが理想ですね」
「二刀流」で気づいたこと
去年8月、東京オリンピックのスケートボード・パークに出場し、14位という結果を残した平野選手。しかし世界のトップ選手たちと戦う中で「どれだけ積み重ねても、1年や2年では追いつけない場所」とレベルの差を痛感したと話します。
それでもスケートボードとの二刀流に挑んだことで、多くのメリットもありました。
体のしなやかさや着地での修正力。
滑走に対しての集中力や気持ちを切り替えるメンタル。
そしてスノーボード競技そのものへの向き合い方にも、大きな変化がありました。
平野選手:
「結果がどうあれ、あの場所にいて経験をしたことによって今があるので。
そういう点ではガラっと変わった状態で、スノーボードに戻ってこられた実感があります。
前はスノーボードの世界しか知らなかったけど、スケートボードをやっていろいろな人たち、いろいろな世界感に出会いました。そこで感じた、自分の中にある“葛藤”みたいなものが新しいものを生んでいる。
それはスノーボードだけやってたら気づかない部分でもあったと思います」
目標はひとつだけじゃない
平野選手:
「以前は『スノーボードしかない』という感覚だから、結果を出すか出さないかで、自分の気持ちまですべて左右される。自分にはそういう視野しかなかった。
ピョンチャンの時は、スノーボードのことしか知らない、そこしか見えない、だから負けたら立ち直り方もスノーボードしかなかった。
でも今は『自分の目標はひとつのことだけじゃない』と思うようになりました。以前の自分にはスノーボードしかなかったけど、今は『それ以外も大事な事はいっぱいあるよな』って。
スノーボードから離れて他のことをしようと思っても、スノーボードぐらいの強い気持ちを持つのは難しいことだと思います。でもスケートボードで、そういう気持ちを持つことができて、初心を思い出すこともできた。
今は”自分の見せたいもの”にこだわる、自分自身と戦っているという感覚があります。
それはスケートボードにトライしなければ感じられなかったことです」
ふたつの道を追ってもいい
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
社会のさまざまな場面で語られるこの言葉は、スポーツでも例外ではありません。
平野選手に対しても『夏と冬両方のオリンピックを目指すのは無謀な挑戦』とささやく人がいたと言います。
しかし平野選手は、スケートボードとスノーボードでオリンピックに出ることで、ふたつの道を同時に歩む「生き方」があることを自ら体現しました。
そしてこれからもその両方で高みを目指していく。それが理想なのだと言います。
平野選手:
「ひとつのことを本気でやる人は周りにいると思うんですけど、ふたつのことを本気でやりたい、世界を狙いたいと、純粋に子供のときに思っていました。
でも大人になればなるほど、その気持ちをずっと持ち続けるのは難しい。
大人になったから目標を切り替えて、切り替えて…それでも中途半端になりたくない自分もいて、ちょっと頑張りたいなと思ったんです。
それにスケボーや他の競技が、スノボで生きるメリットというのは必ずあると思っていました。例えばサーフィンやスケボーをやっている人がスノボをすると、他の人より膝周りの動きが柔らかいんですよね。
違う競技の要素を自然と自分のものにしている人は、意外といるんですよ」
平野歩夢にとってのスケボーとスノボ
平野選手:
「自分にとってスケボーとスノボは、目標をもつことの大事さを教えてくれたアイテムなんです。そのふたつをずっと続けて、自分の夢に向かうことができた。
だから遊びじゃなくて、本気で競技を両方やっていきたい。
今の自分を超えて成長してスノボでもトップを狙いたいし、スケボーでもトップを狙いたい。それはかなり難しいことだと東京で改めて思い知らされましたけど、頑張りたい。
やれる間に本気でいけるところまでいって、そこでの発見を周りの人に伝えられたらいいな、という理想はありますね」
いまのスノボ競技は“おもしろくない”
東京オリンピックまでの3年間、平野選手はスケートボードに集中してきました。
久々の復帰となったスノーボードのワールドカップでは、今年1月に4シーズンぶりの優勝を含む2勝。さらに、トッププロ選手が集まる「Xゲーム」でも準優勝し、好調を維持してオリンピックに臨みます。
しかし再び戻ってきたスノーボード競技の”現在地”には『戸惑いもある』と口にしました。
平野選手:
「僕がいなかった間、1年前くらいから、技術の面でまたぐいっと上がってきましたよね。ハーフパイプは(エアが)5発か6発か、ある程度技の回数が決まっている中で、どんどん技術(を磨くこと)が先行しています。
映像を見ていると、コースの上から下まで誰が一番多く、どれだけ(難易度の高い技を)回れてきれいに決められるかという流れが強いのかなと思っていて。
そこにはグラブ(板を手でつかむ技)の持ち替えや、エアの高さもあまり関係ない。だからひとりひとりの個性があまり見えなくなってきているんです。
『ショーン・ホワイト選手(五輪3大会金メダル)といえば高いエアだよね』とか、『○○選手といえば○○』とか、前はそういう『スタイル』がありましたけど、今はそれがなくなって、技を決めるか決めないかの勝負になっている。
スノーボーダーからしたらあまりおもしろくはないと思います。
選手ごとのスタイルや高さがなくなったシンプルな演技…オリンピックとかそうなりそうですよね。そういう世界になっているのが、ちょっと悲しい部分もあります」
自分のプライドと戦えているのか
去年、平野選手が戦った東京オリンピックのスケートボードでは、それぞれの選手が自分の得意なスタイルの技を披露。ひとりひとりの「自分らしさ」を表現する姿がありました。
その経験を経て戻って来た平野選手の目には、スノーボードのハーフパイプでは、技術を求めるあまり同じ技に挑戦する選手が多いように映っています。
平野選手:
「自分の持ち技で勝負するのはそれはそれで面白いと思うんですけど、みんな(技が)かぶっていますからね。誰かがあの技をやったから自分も負けずに同じ技をやる、みたいな。
誰かに負けないようにという思いが強すぎて、なんかおもしろくない。
みんなが“自分のプライドと戦えているのか”と言ったら、そうではないような気がします。
例えば『歩夢があの技をやるなら、自分はこれをやるよ』みたいなことが選手それぞれにあって、それが大会の見せ場になっていたら、『こいつ自分を持っていてかっこいいな』と思えるんだろうな。
なので自分は、他の人の滑りは見て見ぬ振りをしています。
自分は人と同じことはある程度できた上で、自分にしかないものを含めた滑りを完成させたい、そういう気持ちが強いです」
“トリプルコーク1440”
去年12月、平野選手は国際大会で初めてとなる大技を成功させました。
「トリプルコーク1440」
空中で軸を斜めに縦3回転、横4回転する技で、前回ピョンチャン大会で平野選手が披露した「ダブルコーク1440」より、縦に1回転多く回る必要があります。
歴史的な快挙に世界から称賛の声が寄せられましたが、平野選手は満足していませんでした。
平野選手:
「周りがやる前に自分がやれたことの気持ちよさはありましたけど、もっと完成度は上げないといけないですね。(トリプルコークを練習で)やれる選手は何人もいるので、その先の勝負になると思います。
技の完成度、高さ、他のトリック…。それらが整っている人が、勝つと思います」
北京への決意
15歳で出場したソチ。
銀メダルを獲得したピョンチャン。
スケートボードに挑戦した東京。
23歳になった平野歩夢選手は、今回の北京オリンピックでも“自分らしさ”を貫く決意です。
平野選手:
「メダルの色は、あまり気にせずいきたいですね。
メダルのために戦うというよりも、自分と戦うことが一番重要。
結果が理想通りにならなくても、すごい技に挑戦してその技が決まっていたら勝っていたとか、自分自身に対して向き合っている姿、内容を見せられたら『負けても勝ち』と言えることもあると思うんですよね。
そういう内容のほうが、個人的に好みだしカッコイイ」
平野選手:
「スケートボードにチャレンジした時から、僕は自分のことをチャレンジャーだと思っています。ここまで短い期間でスノーボードに合わせてこられたのは、その気持ちを忘れずにいたから。
周りの人とではなく自分自身と戦うことを強く意識して、自分が納得する滑りを見せた上で、結果的に周りを上回れたらいいなと思います。
本当にオリンピックまで残り短いですけど、その大舞台で悔いなくやり切りたいですね」
関連番組:
クローズアップ現代+「“二刀流”いばらの道の先に ~スノーボード 平野歩夢~」