旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接に話しをしたこともある石川一洋解説委員。スロビキン氏の総司令官任命はどう今後のウクライナ侵攻に影響するのか、戦術核の使用は、などを読み解きます。
(この動画は6分25秒あります、2022年10月19日に放送したものです)
油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):プーチン大統領は19日、ウクライナ4州の戒厳令を宣言しましたが、これは新たな局面に入ったということでしょうか?
石川一洋専門解説委員:そうだと思います。プーチン大統領の危機感の表れだと思います。ロシア語では「ボエンナヤ・ポロジェーニエ」、戦時体制という戒厳令で、夜間の外出禁止や電話やSNSのやりとりを含む検閲、住民の強制的な動員や移住などが認められ、一般の市民生活は完全に制限されます。
石川一洋専門解説委員:実はスロビキン総司令官は「難しい決断」だとインタビューで述べていわば先取りする形で戦時の戒厳令布告を予告していました。
石川専門解説委員:スロビキン総司令官の言う難しい決断とは、ヘルソン市を捨てて、ドニプロ川の左岸に撤退してドニプロ川を防御ラインとするということを示唆したのかもしれません。ただヘルソン市街と工場地帯などを要塞化して、ウクライナ軍を迎え撃つということもあるでしょう。いまヘルソン市からはいわば住民の強制的とも言える避難が始まっています。北部ではウクライナ軍とロシア軍の激しい戦闘が続いており、現地は非常に緊張した状況です。
油井:今回のスロビキン氏の総司令官任命をどう見ていますか?
石川専門解説委員:戒厳令布告に備えた総司令官を任命したようにも思います。軍事的にはロシア軍の戦術の転換、もう一つは政治的な意味もあると思います。航空宇宙軍の司令官であるスロビキン氏が総司令官に任命されたのは10月8日のことです。ウクライナへの軍事侵攻、ロシアでは“特別軍事作戦”としていますが、公式には10月まで誰が全体の司令官なのか明らかにされてきませんでした。これは全く異例のことです。スロビキン総司令官就任後、ウクライナ全土へのミサイルやドローンによるインフラへの攻撃が始まりました。また前線では、防御を固めるという方針を徹底しています。スロビキン氏は「軍関係やエネルギー関係のインフラを攻撃して、ウクライナ軍の継戦能力を削ぎ続けている。無人機はすでに8000回出撃し、攻撃用ドローンはすでに600以上の敵の施設を破壊した」と話したのです。
石川専門解説委員:スロビキン総司令官はミサイルやドローンで敵のインフラを破壊する戦術を重視しているものとみられます。彼はシリアにおけるロシア軍の司令官でもあり、アレッポで行ったような都市への残酷な攻撃を始めないか、非常に懸念されます。
油井:今回の総司令官任命の政治的な意味、そしてプーチン大統領にとって、スロビキン氏はどのような存在なのでしょうか?
石川専門解説委員:スロビキン総司令官任命の背景には、今までのやり方は生ぬるい、もっと徹底して攻撃すべきだという、チェチェンのカディロフ首長やプライベートアーミー・ワグネルのオーナー・プリゴジン氏に代表される保守強硬派がいます。その支持者はクレムリン中枢、軍、治安機関にもいて、社会の一定層の支持もあります。
石川専門解説委員:チェチェン共和国首長のカディロフ氏は「私の親愛なる友人で兄弟のセルゲイ・スロビキン、われわれの付き合いはもう15年にもなる。スロビキン総司令官の指導のもと、軍事作戦は成功すると確信している」とまで述べているのです。
石川専門解説委員:テレビのインタビューだけでなく、SNSでは非公式ながらスロビキンのテレグラムチャンネルというのも現れ、そこで日々の戦況について総司令官みずからがコメントをしています。その内容も異例で、例えば「昨日の戦果は 空挺軍司令官のテプレンスキー将軍のヘルソン方面での指揮の成果だ」などとしています。ほかの司令官の働きを賞賛していますが、いわば自分の同格である空挺軍司令官を指揮下に置いていることを明らかにしています。これまではプーチン大統領以外、個性のない無機質な発信しかなかったロシアで、軍が独自の声を発信するようになった。これはスロビキン氏を英雄にしようというワグネルグループのプリゴジン氏が関与しているとみられます。
石川専門解説委員:ロシア社会では最強の軍隊と言っていたのに、なんでロシア軍は苦戦しているのだという不満や問いが充満しています。スロビキン総司令官の権威が高まることは、プーチン大統領にとって今後ヘルソン撤退などの時にいわば大統領の防波堤となってくれると期待している面はあるでしょう。失敗の責任も取らせるという思惑もあるかもしれません。ただ一方、現場の軍人、司令官が自ら発信する中で、ロシア社会でスロビキン総司令官が実態として英雄となり、それを支える保守強硬勢力の発言権がさらに増すと言うことも考えられます。今後スロビキン総司令官など、保守強硬派の意見をプーチン大統領としても、無視できなくなる状況になったと言えると思います。
油井:もっとも懸念される核兵器には、このスロビキン氏の総司令官任命はどのように影響するでしょうか?
石川専門解説委員:航空宇宙軍というのは戦術核兵器と作戦上、強く結びついています。戦術核兵器の使用権限がスロビキン総司令官に、プーチン大統領から与えられることを私は懸念しています。まだその状況には至っていないでしょうが、キューバ危機の時は現地司令官に使用権限が与えられたという前例があります。欧米としても、ロシアの核兵器はどこにあるか、どう管理されているかということの動きを、注視しないといけないと思います。