【徹底分析】あのロシア超有名歌手がプーチン大統領に反旗 石川一洋専門委員解説

NHK
2022年9月26日 午後6:30 公開

旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接、話したこともある石川一洋専門解説委員がロシアを読み解きます。


(この動画は6分23秒あります、2022年9月22日に放送したものです)

油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):ここにきて、ロシア国内でも反戦の声が高まっているようですね?

石川一洋専門解説委員:いまロシア国民の不安は広がっています。部分的動員と言っても、誰が招集されるか分かりません。戦争は一気に近づいたと思います。

石川一洋専門解説委員:日本でも大ヒットした「百万本のバラ」。ロシアの国民的歌手アーラ・プガチョワさんの代表曲ですが、その彼女の動向に私は注目しています。夫でコメディアンのガルキン氏がスパイを意味する外国の代理人に指定されたことに反発し戦争反対の声明を発表し、大きな波紋が広がっているからです。

石川一洋専門解説委員:プガチョワさんは1949年生まれで現在73歳、1970年代後半から歌謡界の女王で、ロックポップ調の愛の歌の数々はロシア人にとって激動の時代と人生と結びつけています。国の最高の褒章も授与され、プーチン大統領ら国の指導者からも祝福を受ける存在でした。

石川一洋専門解説委員:彼女は声明で、「私を外国の代理人に指定してください。なぜなら私は、(外国の代理人に指定された)夫(ガルキン氏)と同じ考えだからです。夫は誠実で、礼儀正しく、裏表のない人で、金に買われたのではない真実の愛国者で、祖国が繁栄し、言論の自由が守られ、若者が偽物の目的のために犠牲となることが終わることを願っています。この偽物の目的によって、我が国はならず者国家となり、市民の暮らしが苦しくなっているのです」。

石川一洋専門解説委員:ロシアの国民的歌手である私を外国の代理人に指定しなさいと、いわば自己犠牲ですよね。ロシア国民と同じ目線にたって政権に強烈なカウンターパンチを浴びせたのです。

油井:そもそも夫ガルキンさんは、なぜ外国の代理人に指定されたのですか。

石川一洋専門解説委員:ガルキンさんはテレビの司会や舞台での公演と引っ張りだこな超人気者でした。1976年生まれの46歳、プガチョワさんよりも27歳年下です。言葉の天才で、ガルキン氏は政治家など有名人のものまねが十八番で、中でもプーチン大統領のものまねは絶品です。軍事侵攻に対しては戦争反対の立場を明確にしました。テレビや公演はすべてキャンセル、3月プガチョワさんら家族とともにイスラエルに去りました。しかしそれでも戦争を厳しく批判していました。それが政権の逆鱗に触れたのです。ガルキンさんは「私が誠実に意見をいうことは、憲法で保証された大切な権利です。私は一市民として誠実に自分の意見を言っています。でも誠実さは別に報酬を求めるもの、誠実さに何の支払いも求めるものではありません」こう述べており、重要なのは、この誠実さと言う言葉はロシア人には響くということです。誠実にただ自分の本心を言っているだけですよ。ロシア国民の心の中に隠されていた疑問を2人が代弁したとも言えるのです。

油井:2人ともロシアでは超有名人と言うことですが、この2人、特にプガチョワさんの反旗は、政権にとって打撃となるのでしょうか?

石川一洋専門解説委員:時限爆弾になると思います。先月の世論調査では、軍事侵攻支持は77%、高齢者を中心とした保守層、反対は17%で、都会の若者を中心としたリベラル層、若干の動きはあるもののこの傾向は変わっていません。

石川一洋専門解説委員:ペスコフ大統領報道官が「ガルキンは酷いことをいっているが、プガチョワは何も批判的なことは言っていない」と述べました。リベラルなガルキンはだめだが、妻のプガチョワは愛国者だと、夫婦の分断を図ったのです。ところがプガチョワさんは政権の思惑に平手打ちを食らわせた形です。この2人は反体制活動家でもありません。2人の発言は徹底して一般市民の一人として自分の意見を言うという立ち位置を変えていません。プガチョワさんのファンはおそらくプーチン大統領の岩盤支持層の高齢者と重なります。彼女の歌は百万本のバラをはじめ愛の歌です。しかし、愛の歌は場合によっては反戦の歌となります。それを政権は恐れています。もう一つ、プガチョワさんはソビエト以来歌謡界で、ガルキンさんは政治ジャンルという危険な分野で生き抜いてきました。彼は父親は将軍で軍人の家庭出身です。今回の発言は、2人の自由な意思でしょうが、軍内部を含めてエスタブリッシュメントの空気をある程度、読んでいる可能性はあります。政権内部、体制内部でも、2人の発言によく言ってくれたと思う人が意外と多いかもしれません。プーチン政権はそこも気にしているでしょう。