【ウクライナからの声⑦】 “子どもたちは「お母さん!」と泣き叫んだ”

NHK
2022年3月23日 午後4:25 公開

激戦地マリウポリから脱出したイリーナ・コロフカさんに話を聞くことができたのは、3月19日のことでした。持病のぜんそくの発作があり取材の最中も咳が止まりませんでした。こちらが体調を心配して、別の日に話を聞いた方がいいかたずねると「一刻も早く事態を知ってほしい」と話を続けました。イリーナさんが何より気に病んでいたのは、3週間にわたって地下シェルターに暮らす子どもたちのことでした。

“子どもたちは怖くて外に出られない“

マリウポリで生まれ育ったイリーナさん。

社会福祉の仕事に携わり、高齢者や障害のある人の支援をしてきました。

ロシア軍の攻撃が始まってすぐの2月25日から、およそ3週間にわたり近隣の住民たちとともに地下シェルターでの暮らしを強いられました。

爆撃の音が響くたび、シェルターの中で子どもたちがあげる悲痛な声が聞こえていました。

「子どもたちのことがいつも心配でした。私たちには何もできないことは分かっていたのですが…。爆撃で地下シェルターが揺れると、子どもたちは『お母さん!お母さん!と泣き叫ぶのです。爆撃がやむと大人たちは外に出ますが子どもたちは出ようとはしませんでした。それほど恐れていたのです。子どもが離れようとしないため、母親たちも外に出ることができませんでした。子どもたちはトイレにまでついていきました」

爆撃に震える子どもたちの心を少しでもほぐそうと、大人たちは努めて明るく振舞っていたといいます。

「私たち大人はできるだけ微笑みを絶やさないようにしました。子どもたちに冗談を言ってみたり、いろんな遊びを試したりしてみました。子たちの心の負担を和らげようとしたのです。少しでも子どもたちの気分を変え、物事がうまく行っているように思わせようとしました」

シェルターに逃れた子どもの「戦争はやめて!」と書かれた絵:イリーナさん提供

<シェルターに逃れた子どもの「戦争はやめて!」と書かれた絵:イリーナさん提供>

不足する物資 助けが必要な人を助けられない

激しい戦闘によってマリウポリでは3000人以上が死亡し、8割の住宅が被害にあったとされています。

街には人道支援物資さえ届いていませんでした。

イリーナさんも食事を1日1回にしましたが、それでも日に日に食べ物は減っていきます。

ある出来事を思い出し、イリーナさんは涙を流しました。

イリーナさん提供

<イリーナさん提供>

「最もつらかったのは、おばあさんが来てこう語ったことです。『3日間子どもたちに何も食べさせていません、何か恵んではくれませんかと。おばあさんは泣いていました。でも、私たちにも何も食べるものはなかったのです。手を差し伸べることはできませんでした。助けが必要な人を助けられない、これが一番つらいことでした」

マリウポリの街には今も20万人の人が取り残されているとされています(3月22日現在)。

なぜ人々は避難できないのか。

母と妹の3人で街を脱出したイリーナさんは「自分たちはただ運がよかっただけ」と語りました。

「多くの人は脱出する手段がありません。私たちは運良く他の人の車に同乗できただけです。大人だけであれば歩いて避難することは可能です。ただ、攻撃が続く中で子どもやお年寄りを連れて徒歩で逃げることは不可能です。高齢の両親や病気の家族を持つ人も少なくありません。家族を捨てて逃げることができないのです」

“生き抜こう“という決意で支え合う

食べ物も逃げる道もない中で絶え間なく続く爆撃。

絶望的な状況を支えたのは、人々の助けあいだったとイリーナさんは語ります。

「私は死について考えたことはなかったと思います。皆が互いに助けあい、“生きよう、生きよう”としていました。この戦争を生き抜こうと。皆が少しずつ自分のできることをして、気持ちが折れないように支えあいました。声を大にして言いたいです。平和を大切にしてください。お互いを慈しみ、人々の暮らしを大切にしてほしいです。いま起きていることは本当に恐ろしい…大きな虚無感です。21世紀にこんなことが起こるなんて理解できません」