元モスクワ支局長で、旧ソビエト時代から34年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接話したこともある石川一洋解説委員に、今回の軍事侵攻決断の政権内部の様子とそれぞれの役割について分析してもらいました。
今回の軍事侵攻は誰が主導したのか?
もちろんプーチン大統領です。
私が気になっていたのは、前々からプーチン大統領の周辺には、欧米との協調などはそもそも必要ない、ロシアは欧米との対立や国際的な孤立を恐れずロシアの正義を追求すべきだ、特にウクライナに関しては妥協すべきではない、という大ロシア主義的な、孤立主義的な、それなりに影響力のあるグループが存在するということを聞いていました。
クリミアを併合したときパトルシェフ安全保障会議書記、ショイグ国防相、ボルトニコフ連邦保安局長官、そして当時のイワノフ大統領府長官の4人と相談したとプーチン大統領自身がのちにテレビ番組の中で証言しています。
最終的な決定は、今回もごく少数のインナーサークルといわれる大統領と側近の間で決定されたものとみられます。
プーチン大統領の最終決断がいつかは分かりませんが、かなり直前ではないかと私はみています。
と言いますのも2月21日の拡大安全保障会議では、大筋は全員がウクライナ東部の親ロシア派が事実上支配している地域の独立の承認に賛成しているのですが、欧米に交渉の猶予を与えるかどうかで意外な場面がありました。
側近のナルイシキン対外情報庁長官をプーチン大統領が問いただす場面が生中継で放送されたのです。
プーチン氏:はっきり言いたまえ
ナルイシキン氏:独立を承認するという提案を支持しようと…
プーチン氏:これから支持するのか、いま支持しているのか、はっきり言いたまえ
ナルイシキン氏:提案を支持します
プーチン氏:イエスなのか、ノーなのか
ナルイシキン氏:ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国がロシアに入るという提案を支持しています
プーチン氏:そのことを話しているのではない。彼らの独立を承認するかしないのかだ
プーチン大統領はおそらく、自分1人ではない、集団で決定したのだということをテレビの前で示したかったのだと思います。
ナルイシキン長官は、プーチン大統領の対外諜報局の後輩で、第1期プーチン政権で政府や大統領府の要職、大統領府長官や政府官房長官、そして下院の議長も務め、治安機関出身のシラビキですが、内政も柔軟にこなすことができるとして大統領からは高く評価されてきました。
私は公式のインタビューではなく、お茶を飲みながら意見交換というか、非公式な会話をしたことがあります。
日ロ関係が中心だったのですが、印象に残っているのはアメリカとの関係は最低レベルだとしながらも、CIAとの関係は実務的で良好で、チャンネルがあると強調していたことです。
彼がこれほど動揺するのは見たことがないのですが、もしかしたら、大統領の承認を受けて、バーンズCIA長官(アメリカきってのロシア専門家と言われている)との間で、何らかの裏ルートを築き、米ロ首脳会談の準備をしていたのか、あるいは別の提案を準備していたのかもしれません。
それに対してゾロトフ大統領親衛隊長官やショゴレフ中央管区大統領代表は大変明確に支持を表明しており、より強硬な主張をしています。
これが先に述べた保守強硬派を代表しているように思えます。
側近中の側近と言われるショイグ国防相をどうみるか?
ロシア政治のベテランで30年近く中枢にいる人物です。
ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長はともにプーチン大統領の信頼が厚く、したがって直言できる立場にあります。
とはいえロシア軍にもかなりな損害が出ており、どこの軍であれ基本的にはそんなに戦争はしたくないものだと思います。
いま恐ろしいのはプーチン大統領がどのような情報と分析に基づいて今回の決定をしたのか、またプーチン大統領はどちらかといえば一度決定すると突き進むことが多く、撤退したことが無いのが不安です。
プーチン大統領はウクライナの中立化、非武装化という要求を全く取り下げず強硬な姿勢を崩していません。
アメリカとのルートを持つショイグ国防相やパトルシェフ安全保障会議書記、あるいはナルイシキン対外情報庁長官に、プーチン大統領の止め役になってほしいのです。
もちろん彼らも直言はできると思いますが、反対意見を言えるかといえば、いまはなかなか難しいと思います。