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香港の言論・報道の自由は失われるのか 香港国家安全維持法による取り締まり

NHK
2021年7月9日 午前10:17 公開

「メディアであっても、言論の自由を盾に法律違反するのを許すことはできない」
香港政府トップの林鄭月娥行政長官は、6月22日の会見でこう述べました。

香港で、反政府的な動きを取り締まる国家安全維持法が施行されてから1年。「言論の自由」の象徴とされてきた新聞「リンゴ日報」が、当局の圧力で発行停止に追い込まれ、メディアの間では政府批判を控えたり自ら放送を取りやめたりする動きが強まっています。苦境に立たされる香港メディアの実情に迫ります。

(「キャッチ!世界のトップニュース」で6月28日に放送した内容です)

香港で強まるメディアへの圧力

世界のメディアでも大々的に報じられた「リンゴ日報」の発行停止。香港における言論・報道の自由は、このまま失われてしまうのでしょうか?

今回、「リンゴ日報」が発行停止に至った要因は、2020年に中国政府が施行した「香港国家安全維持法」による取り締まりです。国の分裂や政権の転覆、外国の勢力と結託して国家の安全に危害を加える行為などを犯罪として規定し刑事責任を問うもので、香港では民主活動家やメディア関係者など114人(6月24日時点)が、この法律に違反したとして逮捕されています。

こちらは、国際的なジャーナリストの団体「国境なき記者団」が、毎年発表している「報道の自由度」の順位を表したものです。香港は2016年には69位で、72位の日本よりも自由な報道ができると評価されていました。しかし、国家安全維持法が施行された2020年は80位に。調査が始まった2002年以来、最低の順位となっています。

当局の締め付けが強まる中、香港メディアはどのような状況に追い込まれているのか。

アメリカの放送局の記者として香港に赴任した経験を持ち、現在は、香港大学ジャーナリズム・メディア研究センターで副教授を務める、鍛治本正人さんに話を聞きました。

香港国家安全維持法 メディアへの圧力に

鍛治本正人さん:メディア、ジャーナリズムに関しては、状況はかなり厳しくなったと思います。香港メディアの変化のペースは、僕の想像を超えているというか、この先どこまで変わってしまうのか予想できません。

国家安全維持法の施行から1年。特に強い圧力にさらされてきたのが、発行停止となった新聞「リンゴ日報」です。創業者の黎智英氏が逮捕されたのに続き、6月には編集部門トップの幹部なども相次いで逮捕されました。

鍛治本正人さん:今回は、実際に新聞の紙面に関わっている編集の関係者も逮捕されているのですが、国家安全維持法違反の証拠になったと言われているものの中に、新聞記事も含まれています。つまり、報道内容そのものが違法の可能性があるという名目で逮捕されているわけです。これは報道関係者にとっては、すごくショックなことです。しかも、その証拠となったと言われている記事の中には、2019年の記事もあります。過去にさかのぼって、法律施行以前の報道内容も国家安全維持法違反の証拠にされるとなると手の打ちようがありません。過去の記事は、もう消せないわけですから。そうなると、もう何でもありになってしまうのではないかという気がします。

小林雄(「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター):メディアの関係者にとって、その恐怖心は相当なものですよね。

鍛治本正人さん:取材を受ける側は、もっと怖いはずです。メディアの取材を受けて、名前が新聞に載ったりテレビで放送されたりすると、「自分が逮捕されてしまうのではないか」という危惧があるのです。実際に現場の記者に話を聞いても、取材を要請して断られる確率がすごく上がっているということです。

香港の公共放送 報道姿勢に変化

政府による厳しい締め付けの影響は、他のメディアにも広がっています。鍛治本さんが注目するのが、香港の公共放送RTHKです。

もともとは中立的な報道に定評があったRTHK。2019年には、路上で抗議する市民に警察がバイクで突っ込んでいく様子をそのまま放送するなど、政府や警察に批判的な報道も行っていました。しかし、今ではその姿勢に大きな変化が見られるようになったといいます。

鍛治本正人さん:RTHKの場合は、公共放送といっても政府の一機関なのですが、3月にトップが交代し、それと同時にいろいろな番組がキャンセルされていきました。政府の意向に沿わない政治的意見がみられる番組は、すべてキャンセルしていくような形になっています。中国本土と違い、香港のメディアの場合は、直接、内容に対して検閲を受けているわけではありません。RTHKの場合は、圧力はかかっているわけですが、やはり自主規制だと思います。自主規制は、記録が残りません。実際に現場で働いている人たちが、「これはちょっと危ないからやめておこう」という形で自己検閲していると仮定すれば、それは外からは全く見えないことになります。

香港 言論の自由 インターネットは

これまで比較的自由だったインターネットにも情報統制の兆しが現れています。海外に拠点を移した民主活動家たちは、インターネット上で政府への抗議を続けています。しかし、香港では最近になって、こうしたページにアクセス出来なくなったということです。鍛治本さんは、このような動きが広がることを危惧しています。

鍛治本正人さん:今のところ、香港のインターネットは自由ですし海外のサイトも見られますが、サイトによっては香港内にあるインターネットプロバイダーがブロックしているわけです。そのブロックするサイトが増えていって、YouTubeなども見られないという状況になってくると、中国本土のように情報の統制が進んでいくのかなという気はします。

失われる言論の場 香港の民主派は

自由な言論の場が失われていく香港。しかし、行き過ぎた抑圧は民主派の若者達をかえって過激化させることにつながると鍛治本さんは懸念しています。

鍛治本正人さん:怖いのは、民主派の声が地下に潜っていって、外から見えなくなってしまうことです。そういう形で不満がくすぶり続けるというのは、おそらく今の香港政府も避けたいのではないでしょうか。そのような状況は過激化を推奨しているようなものですから。

香港メディアの行方 注目は立法会選挙

今後、香港のメディアはどうなっていくのか。鍛治本さんは、12月に予定されている立法会議員の選挙をメディアがどう報じるか注目しています。

鍛治本正人さん:今、注目しているのは、12月の立法会の選挙です。選挙の仕組みが変わり建制派、いわゆる親中派が大勝することはもう決まっています。一方、いわゆる民主派の議員は、もうかなりの数が逮捕されてしまいましたし、政治からは身を引くという宣言をして所属政党から離脱した人たちもたくさんいます。その中で、民主派の候補が立候補するといった場合に、どういう報道がされるのか注目してみる必要があると思います。

強まる情報統制 香港社会は

高橋彩(「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター):政府が情報統制をこのまま強めると、かえって民主派の行動を過激化させてしまうかもしれないというのは、とても重い指摘ですよね。

小林:そうですね。人々から自由な発言の場を奪うことが、本当に社会の安定や治安の維持につながるのか大いに疑問ですよね。「中国政府への批判や治安も乱す行為は許さない」という傾向は教育現場にも及んでいて、鍛治本さんの勤める香港大学でも、9月から「国家の安全」について教える授業が始まるということです。私たちはいま、国家によって人々の自由が次々に奪われていく過程を目撃しているわけですが、中国本土との経済的な結びつきが強まる中で、香港の市民の間にも「これでいい」と考える人も増えているということです。本当に「これでいい」のか、それを議論する場すら失われていることに強い危機感を覚えます。