「日米同盟は深化する」 駐日大使が明かす米側の狙い

NHK
2023年1月13日 午後11:06 公開

1月に入り欧米各国を歴訪している岸田総理大臣。日本時間13日からはアメリカ・ワシントンを総理大臣就任後初めて訪れ、外務・防衛の閣僚協議であるいわゆる2プラス2、そして首脳会談に相次いで臨みます。

日米同盟は今後どうなるのか。「日米同盟はさらなる深化に向けた転換点にある」と指摘するアメリカのラーム・エマニュエル駐日大使にアメリカ側の狙いを聞きました。

(「国際報道 2023」で1月10日に放送した内容です)
 

・“守りの同盟”から“打って出る同盟”へ

日本に着任して今月でちょうど1年となったエマニュエル駐日米大使。鉄道大好きの「鉄道オタク」としても知られていて、日本各地で電車や地下鉄に乗り、プライベートで乗車している写真をツイッターなどにも投稿しています。

エマニュエル大使は、オバマ政権時に政権の要となる首席補佐官を務め、当時副大統領だった現在のバイデン大統領とも近い実力者です。大使は、防衛やエネルギー安全保障で積極的に日本に働きかけを進めていますが、今、日米同盟の転換点にあると主張しています。それは「守りの同盟=アライアンス・プロテクション」から、「打って出る同盟=アライアンス・プロジェクション」への転換だというのです。  

大使によると、これまでの日米同盟は、基地問題や貿易摩擦など2国間の課題が中心だったが、今後はインド太平洋地域を中心に世界に影響を与える同盟関係へと発展させるとしています。
 

エマニュエル駐日大使:東南アジアやインド太平洋地域の国々の心をつかみ利益を得るため、日米は二国間のみならず、この地域に働きかけることにしたのです。その典型的な例が3月に国連で行われたウクライナに侵攻したロシアを非難する投票です。実にASEAN加盟の10か国のうち8か国がロシアを非難しました。これは日本の外交の働きかけによる成果でした。そして、それは日米の利益だったのです
 

・日米の意見は“第3極”“グローバルサウス”に浸透するか

世界は今、欧米の陣営とロシア・中国の陣営で分断する傾向が強まっていますが、どちらにも属さない“第3極”や“グローバルサウス”と呼ばれる勢力が、ロシアによる軍事侵攻もあって、注目されています。

大使は「日本が特に東南アジアに対して強い影響力を持っている」として、その影響力を活用することで、日米の意見を第3極に浸透させ、国際世論を形成していきたい狙いがあるとみられます。

また、バイデン政権は、新たに「統合抑止力」という方針を掲げていて、これも影響しているものとみられます。「統合抑止力」は、アメリカ軍だけでなく、外交や経済の力も使い、さらには同盟国など関係国の力も十分に活用して抑止力を築くというものです。

その背景には、もはやアメリカ一国だけでは世界の警察官になれないという相対的なアメリカの力の低下があると見られ、今後は日本の役割に対する期待、時にはプレッシャーが一段と高まるものとみられます。
 

・“核なき世界”の実現に向けて

ことし5月にはG7サミットが被爆地・広島で開かれ、バイデン大統領も訪問します。岸田総理大臣には、広島から“核兵器なき世界のメッセージ”を発信したい狙いがありますが、アメリカはどう受け止めているのでしょうか。

エマニュエル大使は、核兵器なき世界を掲げたオバマ元大統領の元側近で、岸田総理大臣も一緒に広島を訪問しています。また、日米両政府は、バイデン大統領が長崎を訪問する可能性も検討しているのです。ただ、核兵器なき世界の実現について、大使は次のように発言をしています。

エマニュエル駐日大使:中国は積極的に核兵器を増強しています。プーチン大統領は、核兵器の使用を積極的に発言しています。一方、世界には核兵器なき世界というビジョンがあります。しかし、同時に抑止力のビジョンもあります。核で脅されないようにするための抑止力をアメリカは備える必要があります。
 

・日本の防衛費増額が首脳会談開催の一因

今週に迫る日米首脳会談。そこで議題となる日本の安全保障政策をアメリカ側はどう見ているのでしょうか。
 

エマニュエル駐日大使:日本は去年(2022年)、大胆で勇敢な決断を下したと我々は見ています。それは戦略文書を更新しただけでなく、そのための予算をつけたからです。政治的に大変勇気が必要で、歓迎しています。

エマニュエル大使が注目したのは、岸田政権が去年、決定した「国家安全保障戦略」などいわゆる安保3文書です。

敵の弾道ミサイル攻撃に対処するため、発射基地などをたたく「反撃能力」の保有のほか、2027年度には防衛費と関連する経費をあわせてGDPの2%に達する予算措置を講じることが明記されました。日本国内では財源などをめぐって議論がありますが、予算措置の決定こそが、日米首脳会談をこの時期に開催する理由の一つだと、大使は明かしました。

エマニュエル駐日大使:「これが私たちの目標だ」と言うのと、「これが目標を実現させるための予算だ」と言うのは全く別の話です。岸田総理が予算まで実行したことで、大統領はことし早々に総理をホワイトハウスに招きたいと考えたのです。

・アメリカで高まる台湾有事への警戒 日米会談で協議は?

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻、弾道ミサイルの発射を続けている北朝鮮、そして覇権的な行動を強めている中国と、日本とアメリカが対じする世界の危機は様々あります。

中でも、台湾をめぐっては、習近平国家主席が平和的な統一を優先する姿勢を示す一方で、2027年までに戦争開始の準備を整えるよう、指示を出したと12月、CIAの長官が明らかにするなど、アメリカ国内では、台湾有事への警戒が高まっています。
 

油井キャスター:岸田総理とバイデン大統領は台湾有事について協議しますか?

エマニュエル駐日大使:私がその質問に答えると思いますか?その質問には答えられません。言えるのは、事態を回避するためにどうすれば良いか議論するということです。(日米)両国は(台湾をめぐる)一方的な現状変更、特に軍事行動による現状変更は認めないという一致した政策です。問題は、現状をいかに維持し、現状変更の機会を与えないようどうするかということです。

・ロシア産LNGに頼れない日本 安定的な供給どうする?

今回のインタビューでもうひとつ大使が強調したのが日本のエネルギー政策です。

ロシアの軍事侵攻によって影響を受けているLNG(液化天然ガス)。日本は、LNGを近年は全体の9%近くロシアから輸入してきました。しかし「ヨーロッパでのエネルギー危機を見れば、もはやロシアには頼れない」と大使は主張します。

その代わりにアメリカ、特にアラスカ産のLNGを売り込んでいて、去年(2022年)10月には州知事など関係者を日本に招いて「アラスカLNGサミット」を開催。日本側に投資を呼びかけました。

日本は現在、主にテキサス州などからLNGを輸入していますが、アラスカ州であれば地理的に近いことから、日本にとっても早くかつ安定的に供給できるメリットがあると強調しています。

エマニュエル駐日大使:LNGを(日本に)船で輸送するのに15日から30日かかり、台湾海峡やホルムズ海峡などを通過しなければいけない。アラスカであれば6日で輸送でき、難所を通過する必要もないのです。

・“原子力分野での日米連携を”アメリカの思惑

さらに大使は、原子力の分野で日米が連携して世界をリードすべきだとしています。

岸田政権は原発の再稼働と次世代型の原子炉「SMR=小型モジュール炉」の開発を進める方針を打ち出しています。エマニュエル大使は、この方針を歓迎。日米が連携して小型モジュール炉の世界への輸出を目指すとしています。

エマニュエル駐日大使:日米が気候変動と温室効果ガス削減に取り組むのであれば、小型原子炉への新たな関与なしには非常に難しい。日米両国は技術面でリードしていて、それが利点なのです。

 
核兵器を含め、世界は今、残念ながら、抑止力強化という名目で、軍拡競争の時代に突入しようとしています。しかし、求められるのは「いかに軍拡から軍縮へと世界の潮流を転換させるか」ということ。そのために、日米が外交でどのような役割を担うのかが問われています。

2023年、日本はG7の議長国であり、アメリカはAPECの議長国です。エマニュエル大使が主張する「打って出る同盟」の転換点となることしは、軍縮へと舵を切る転換点になり得るのか。日米の外交力に注目していきたいと思います。
 
 

油井秀樹(「国際報道2022」キャスター)

前ワシントン支局長。北京・イスラマバードなどに14年駐在しイラク戦争では米軍の従軍記者として戦地を取材した経験も。各国の思惑や背景にも精通。