旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接、話したこともある石川一洋専門解説委員がロシアを読み解きます。
(この動画は4分30秒あります、2022年9月21日に放送したものです)
油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):「住民投票」と「部分的な動員」とプーチン大統領は矢継ぎ早に新たな手を打ってきた印象ですがその背景をどう見ていますか。
石川一洋専門解説委員:ウクライナ軍のハルキウ州での反転攻勢とロシア軍の敗走がショックだったのでしょう。ウクライナ軍はさらにロシア軍が7月に全面占領を宣言したルハンシク州と南部のヘルソン州およびザポリージャ州でも攻勢を強めています。プーチン大統領は占領地に行政官を派遣して、ロシアはここを統治する、ロシアはここを去らないという姿勢を示して、住民を「ロシア化」しようとしていました。その戦略が崩れました。
石川一洋専門解説委員:プーチン大統領は追い込まれています。そこでまず政治的には住民投票を戦況が緊迫する中で強行して、強引にロシア領と一方的に宣言する。ロシア領とすることで、正規軍をさらに動員して占領地の防御を狙う。部分的な動員の対象は軍役の経験のある予備役ということで、ショイグ国防相によれば30万人にものぼります。特別軍事作戦に2月に動員した契約兵を中心とした部隊の規模は20万人ですから、それを上回る規模となります。21日に部分的な動員の大統領令は効力を発し、すべての地方で対象者に対して動員が始まります。
石川一洋専門解説委員:ハルキウでのロシア軍の敗走以来、ロシア国内では特別軍事作戦を強行したプーチン大統領への批判が表面化しています。プーチン大統領は今までの軍事作戦は生ぬるい本格的な戦争宣言をして、総動員すべきだという極右強硬派の意見に乗った形です。プーチン大統領にとっては大きなかけともいえます。まだ総動員ではありませんが、ロシアで予備役に登録しているのは200万人と膨大な数に上ります。40代までが兵役経験者の中心ですが、ロシア人にとってもいつ兵役に呼ばれるかわからない、遠くにあった戦争が、一気に近づいてきたことになります。
石川一洋専門解説委員:プーチン大統領にとっては、強硬策をとったことは退路を断ったことになり、一定の領土を得て勝利するまで戦争をやめるつもりはないでしょう。しかし欧米の軍事支援を受けて戦闘能力と自信を深めるウクライナ軍は、領土の奪還と解放を目指して攻勢を強めるでしょう。停戦に向けた交渉の見通しは全くなくなったといってよいでしょう。
プーチン大統領は反転攻勢を受けて今後はどう出るのか
油井:ウクライナは住民投票の結果を認めず反転攻勢を強めると思いますが、プーチン大統領はどう出ますか。
石川一洋専門解説委員:プーチン大統領は、一方的にロシアの領土に編入しようとしている占領地を、核兵器を使ってでも手渡さないという可能性も示唆しています。プーチン大統領は欧米が長距離砲などを供与してロシア領を攻撃した場合、あらゆる手段を使ってロシアの領土を守ると声明で述べました。
石川一洋専門解説委員:その際このロシア領がプーチン大統領にとってどこまでの範囲なのか。声明の中でクリミアについては明確にロシア領と宣言しています。占領地を非合法的な住民投票によって一方的にロシア領と宣言した場合、そこでの戦闘で不利になった場合、プーチン大統領が戦術核兵器の使用に踏み切る恐れもあるように思います。ただ単なる脅しで、核の威嚇によってウクライナ軍の反転攻勢を抑止しようとしたのかもしれません。そこは分かりません。
石川一洋専門解説委員:プーチン大統領は核使用の危険な一線を越えようとしている、核使用の閾値(いきち)を下げようとしています。このプーチン大統領のいわば狂気をどのように抑止できるのか、国際社会、何よりも核大国アメリカに非常に難しい問題を突きつけています。