【ウクライナからの声⑤】 “夜の空爆は地獄”

NHK
2022年3月18日 午後4:42 公開

もっとも激しい攻撃を受ける街の1つ、東部の港町マリウポリ。戦闘をかいくぐって脱出したスベトラーナ・ガポノワさんは疲れ切った表情で、目には涙が浮かべて話を聞かせてくれました。故郷を離れる決心をしたのは「家族のため、なんとしてでも生き延びる」という強い思いからでした。

銃撃をかいくぐっての脱出 スベトラーナ・ガポノワさん(41)

「1人でも多くの人にマリウポリで起きていることを知ってほしい」と取材に応じてくれたスベトラーナさん。

3月14日、家族3人でロシア軍に囲まれたマリウポリを離れ、200キロ離れたザポリージャにたどり着きました。

いまは自治体が準備した避難所に身を寄せています。

ウクライナ各地では「人道回廊」と呼ばれるルートを通って避難が続いています。

しかしマリウポリでは、出入りする車が戦闘に巻き込まれることもあり、市民が逃げることも支援物資を届けることもできないといいます。

スベトラーナさん一家は、ロシア軍に銃撃される危険を承知で自家用車に乗って街を飛び出しました。

「なんとか生き延びようと決意し、荷物をまとめて出発することにしました。そのうち避難のためのバスが来るはずだと言われていましたが、もう街での暮らしに耐えられなくなりました。昼夜を問わず爆撃が続き、マリウポリで暮らすことはもう不可能でした。助かりたい一心で、最後に30分悩んだ末に出発を決断しました」

“外の世界と断ち切られ 雪を溶かして生き延びた”

40万人の人が暮らすマリウポリでは、人々の暮らしは悲惨を極めています。

ロシア軍はインフラや民間の住宅だけではなく医療機関まで次々と破壊。

物資も届かなくなったため、3月に入ると飲み水にも不足するようになったスベトラーナさんは語ります。

「電気も水もガスも、インターネットもすべてがありませんでした。私たちは外の世界から完全に断ち切られたのです。水もないので皿を洗うこともできず、汚れた皿で食事をしていました。雪が降るとみな喜んで、バケツを持って外へ出ました。雪をたき火で溶かして食事を作りました。1日1回の食事です。その水で体をぬぐい、トイレも流しました」

その間も絶え間なくロシア軍による爆撃は続いていました。

EU=ヨーロッパ連合によると、これまで2400人を超える市民が死亡(3月14日現在)。

スベトラーナさんは何度も死を覚悟したといいます。

「一番怖かったのは夜の空爆です。7日以上続きました。慣れてくると1回爆撃して、次に新たな爆弾を積んで戻ってくるまでの間隔がだいたいわかるようになるんです。恐ろしかったです…。本当に地獄でした」

ロシア軍に包囲され、助けも来ない絶望。

折れそうになる心を支えたのは、爆撃におびえる息子と、東部のロシアが支配する地域に暮らしている高齢の母親のために生きなければならないという強い意志でした。

「私を支えたのは家族です。息子のために私は生きたかった。(通信が破壊され)連絡できなくなってしまったお母さんにも私の声を聞かせてあげたかったのです」

“美しかった街…もう何も残っていない“

生まれ育った故郷を離れることになったスベトラーナさん。

マリウポリの街への思いを聞くと、こらえきれずに涙がこぼれました。

「マリウポリは私の故郷です。とても美しい公園があって家並みも美しかった。海辺を散歩して、出会った人と交流しました。明るくて活気あふれる街だったのです。でも今は…恐ろしいです。もう何も残っていません。かつての姿を取り戻すのに5年はかかるでしょう。私たちは普通に暮らしていただけです。なぜ破壊するのですか? 今はもう怒りさえもありません。心にあるのは、ロシアへの軽蔑と虚無感だけです。いったいいつになったら終わるのでしょう。すべてがむだだとわかる日がくるのでしょうか」

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