北欧のスウェーデンで9月、4年に1度の総選挙が行われました。ロシアのウクライナ侵攻を受け200年に及んだ軍事的中立を転換してNATO加盟を申請し、国防費の大幅な増額が争点となりました。
またスウェーデンは気候変動対策でも世界をリードしてきましたが、環境問題への取り組みを前面に打ち出してきた緑の党が苦戦を強いられた一方、政府の温室効果ガスの排出削減の目標に反対してきた右派のスウェーデン民主党が大きく躍進しました。現地で選挙戦を取材すると、ロシアによる軍事侵攻の影響が福祉国家、環境先進国としてのあり方を揺るがしかねないという現実が見えてきました。
(国際報道2022 重田竣平)
ウクライナの次は私たちかも…ロシアへの危機感で国防に関心集まる
スウェーデンの選挙の風物詩となっているのが選挙小屋と呼ばれるもので、各党が街の広場に小屋を建て党員やボランティアを配置し、有権者がその小屋を回って議論をするのが恒例です。
<首都ストックホルムの選挙小屋>
人びとが政策談義に花を咲かせるなか、今回の選挙で例年以上の関心が集まっていたのが「国防問題」です。
市民の1人は「ロシアがウクライナの次に向かうのはどの国なのか?国防問題は重要です」とその危機感を語っていました。
社会保障費削減か増税か 国防強化では一致も財源が争点に
ことし5月、NATOに加盟を申請したスウェーデン政府は、2028年までに国防費をGDPの2%相当、現在のおよそ2倍の規模にまで引き上げていくと表明し、ほぼすべての党が増額を支持しました。
そこで議論になったのは、その財源をどう捻出するかという問題です。
各党の防衛担当者が集まった討論会では主張が対立しました。
<各党の防衛政策担当者が集まった討論会>
与党(総選挙前)の中道左派の社会民主労働党が打ち出したのは「富裕層への課税強化」です。
現在の手厚い社会保障を維持しながら国防を強化するとしました。
<社会民主労働党 青年部 イスマイル・クァッティンさん>
移民の両親のもと貧しい家庭で育った与党から立候補したイスマイル・クァッティンさん(22)は、手厚い社会保障のおかげで大学へ進学し法律を学ぶことができました。
そうした経験から、国防強化のために福祉国家としてのあり方を変えてはならないと考えています。
「国防費を増額すること自体は悪いことではありませんが、それを労働者や若者に支払わせるのは間違っています。国防強化のために、社会保障を妥協してはなりません。戦争が起きているときだからこそ、手厚い社会保障がより大切なのです」
一方 野党第1党(総選挙前)、中道右派の穏健党は「すでに高い税金をこれ以上上げれば、国民の暮らしや経済に影響を与える」として増税案に反対。
その上で、社会保障費などを抑えることで国防費を捻出するべきだと主張しました。
<穏健党 防衛担当 ポール・ヨンソン議員>
「増税案は具体的な中身のない非常にずさんな計画です。社会民主労働党政権は前回選挙から46もの税金を引き上げ、スウェーデンは世界で最も税金の高い国のひとつになりました。いまは失業給付や開発援助を引き締めて、本当に必要なものに集中するべきなのです」
<選挙結果 議席配分 公共放送SVTより>
国防強化という喫緊の課題をめぐり、隔たった両党の主張。
選挙の投票率は84%に達し大接戦となりました。
その結果、社会民主労働党は最大勢力としての位置は保ったものの左派勢力全体では349議席のうち173議席と、わずかに過半数を保てず敗北しました。
連立政権はまだ発足していないものの(9月末現在)、社会保障費の抑制を訴えた穏健党が政権を率いていく見通しとなりました。
若者たちが危機感…選挙で“忘れられた環境問題”
実は今回の選挙戦を取材していると、別の“危機感”を訴える若者たちの姿をよく見かけました。
学校や街頭で聞かれた「環境という大切なテーマが忘れ去られている」という焦りの声です。
スウェーデンは前回2018年の選挙前から環境活動を続けるグレタ・トゥーンベリさんで知られるように、気候変動対策をリードする国の1つですが、そのグレタさんも、今回の総選挙期間中に苦言を呈していました。
<9月 抗議活動に参加する グレタ・トゥーンベリさん>
「環境問題がないがしろにされています。これを存亡の危機と考えていないことが大きな問題です」
“原発の是非だけが環境問題じゃないのに…”
スウェーデンには環境問題への取り組みを主軸とする緑の党があります。
党はかつて支持率が12%を超え連立政権にも入るなど、国会で存在感を見せていました。
<緑の党 集会>
しかし今回は一時、国会で議席を得るのに必要な支持率4%を下回るほどの劣勢に立たされていました。
党青年部の代表のレベッカ・フォシュベリさんは全国で遊説する中で、その逆風を感じてきたといいます。
<青年部代表 レベッカ・フォシュベリさん>
「若者たちは環境問題について怒鳴るように訴えているのに、政界の現実はかなり違います」
その理由として挙げたのはウクライナ侵攻の影響で電力価格が急騰する中、国民の関心が環境よりも暮らしを守ることに移ったこと。
環境問題を議論する場で多くの場合、原子力発電所の増設の議論が中心を占めていたといいます。
投票日の直前に若者が5000人近く集まる討論会に参加したレベッカさんは、各党の青年部の代表が議論を交わす中、温暖化や気候変動対策に国をあげて取り組む必要性を訴えました。
しかし、ここでも議論の中心となったのは「原発の是非」でした。
野党・穏健党の代表は「より多くの原発が必要だ。それが気候変動を解決する方法だからだ」と主張。
レベッカさんの主張は理解を深めてもらえませんでしたが、投票日まで訴えを続けていこうと語りました。
「討論会はいつも原発の話ばかりでうんざりしています。環境問題はそんなに単純ではないのです。街頭に立って、有権者の家々を訪ねて、対話する以外に、理解を得る道はないのかもしれません」
<スウェーデン民主党 オーケソン党首>
それでも最後まで気候変動対策を訴え続けた緑の党は終盤に巻き返し、18議席を獲得。
主要8政党のうち7番目の勢力に踏みとどまりました。
しかし党が懸念するのは、今回73議席(前回比+11)に躍進した右派・スウェーデン民主党の存在です。
反移民政策で支持を集めてきた同党は、環境問題を巡っても政府が掲げた温室効果ガスの排出削減の目標に国会で唯一反対するなど、気候変動対策に後ろ向きの姿勢を見せています。
スウェーデン民主党が発言力を増せば、環境政策が逆行しかねないと、危機感をあらわにしていました。
<気候変動を訴える団体で活動するイーダさん(左)とアントンさん(右)>
こうしたなか大学生のイーダ・エドリングさん(23)とアントン・フォーレイさん(19)は気候変動対策に真剣に取り組むよう、政府にプレッシャーをかけようと動き出しました。
2人は「これまでの気候変動対策は不十分であり、国民が健全な環境で生きる権利が侵害されている」として、政府に対し訴訟を起こす計画を立てています。
アメリカなど各国ですでにこうした訴訟例がありますが、スウェーデンは初めての試みだといいます。
アントンさん
「政府の取り組みは10点満点で0点どころか、マイナスです。温室効果ガスは増え続け、二酸化炭素を吸収するはずの自然環境は破壊されています。特定の政党の話はしたくないですが、緑の党の取り組みも、まるで不十分です」
イーダさん
「すべての政党が危機を危機として扱い、人々の暮らしや経済の構造的な変革を推し進めることを願います。すべての政党が目を覚ましてくれることを願っています」
<演説するアンデション首相>
ロシアのウクライナ侵攻を機にNATOに加盟申請したスウェーデン。
手厚い社会保障や、先進的な環境政策で存在感を示してきた国が、この選挙を境にどう変っていくのか。
国民の議論の行方を注視していきたいと思います。