福祉国家デンマーク「難民ミュージアム」の問いかけ

NHK
2023年3月10日 午後7:22 公開

世界有数の福祉国家として知られる北欧・デンマーク。実は近年、「難民ゼロ」を掲げ、一部の難民の居住認定を取り消すなど、難民に対する厳しい政策を次々と打ち出しています。そのデンマークで去年、難民に焦点をあてたミュージアムがオープンしました。開館に込められた思いを取材しました。

(政経国際番組部 池田 亜佑)

【現代の難題を取り上げる ミュージアムの挑戦】

デンマークの首都コペンハーゲンから西に向かって車で4時間あまり。「難民ミュージアム FLUGT(デンマーク語で「逃避」)」は、人口3000人ほどの小さな町・オクスボルに、去年6月にオープンしました。

開館に至るまで10年かけて準備された展示には、“難民”をひとりひとりの“人間”として考えてもらうための、さまざまな工夫がこらされています。

最初に目に入るのは、小さな部屋が並ぶブース。難民が”難民“になる前の、祖国での暮らしを再現しています。

1956年、ソビエトの影響下にあったハンガリーで、民主化運動に参加したことで迫害を受け、難民となった16歳の少年ピーターの部屋。

<ハンガリー難民の少年ピーターが、かつて暮らしていた部屋の再現>

窓の向こうに戦車が見え、かばんからは身を守るための拳銃がのぞいています。

2015年にシリア内戦から逃れた16歳の少女ラヒマが、かつてアレッポで家族とともに暮らしていた部屋。

<シリア難民の少女ラヒマが、かつて家族と暮らしていた部屋の再現>

やかんが乗せられたストーブには穏やかな火が灯り、じゅうたんの脇にはウードと呼ばれる中東の弦楽器が置かれています。

穏やかな時間が流れていたこの家は、内戦によって失われました。

その後の展示では、野宿をしたりボートで海を渡ったりと、着の身着のままで祖国を追われた難民たちが旅路で直面する状況を、映像や音とともに追体験します。

<難民たちの旅路を映像で紹介する展示>

展示はすべて、デンマークに逃れてきた難民一人一人への聞き取りなどに基づいて作られています。

去年6月に行われたミュージアムのオープニングセレモニーでは、実際に難民の部屋のモデルとなったラヒマさんが、デンマーク女王などの参列者を前に思いを伝えました。

<デンマーク女王(左端)など参列者を前にスピーチするシリア難民の少女ラヒマ>

【ラヒマのスピーチ】

「無事に逃げることの出来なかった全ての人たちのことを思います。対岸に到着することなく、地中海に沈んでいった人たちのことです。きょうここに来てくれている私の父も、もしかしたらそうした人たちのひとりになっていたかもしれませんでした。父は、2014年、私や母や兄弟たちの未来のために、地中海をゴムボートで渡りました。私はこのミュージアムが大好きです。困難に直面したとき、安全と平和を求めるのは私たちに共通することです。私のストーリーをミュージアムで伝えてくれたことに、本当に感謝しています。」

紙と鉛筆が用意されたブースでは、「あなたはどんなときに安心を感じますか?」「あなたにとってHOME(家・ふるさと)とは何ですか?」といった質問に対する答えを書いてもらい、来館者に考えてもらいます。

ミュージアムが想定していた以上に活発な書き込みがされているといいます。

<ミュージアム内の一角>

決してアクセスが良い場所ではないにもかかわらず、開館から半年ほどで、すでに5万人近くの人が訪れている難民ミュージアム。

しかし、館長を務めるクラウス・イェンセンさんは、開館に至るには多くの困難があったといいます。

【クラウス・イェンセンさん】

「ミュージアムでいままさに起きていることを取り上げるのは、難しい挑戦でした。デンマークでも、難民を歓迎し『助けたい』『理解したい』と積極的に受け入れる人たちがいる一方で、必ずしも温かく難民を受け入れ続けてきたわけではありません。難民に対し敬意を払いながら、彼らの話をどのように伝えればいいのか?来館者にはどうしたら興味をもってもらえるのか?極めて政治的になったり、視点が偏ったりするおそれがあります。でも、難しいからといって目を背けるのではなく、世界で広がるこの大きな問題に、ミュージアムとして向き合うべきだと考えたのです」。

【難民への風当たりが強まるデンマーク】

デンマークでは2015年、難民政策が大きく転換します。内戦を逃れるシリアなどからの難民が急増。

デンマークでも1年間で2万人以上が難民申請をする中、受け入れ人数の制限を求める国民の声が強まります。

<2015年 トルコから地中海を渡りギリシャへ来た難民たち>

国民世論を後押しにデンマーク政府は厳しい政策を次々と打ち出します。

難民認定の更新条件を厳格化したほか、去年には、シリアの一部地域は安全が確保されたとして、ヨーロッパの国で初めてシリア難民の居住資格の取り消しにも踏み切りました。

デンマークで70年近く難民支援をしてきたNGOは、危機感を強めています。

【デンマーク難民評議会エヴァ・シンガーさん】

「多くの難民たちが、以前と異なり歓迎されていないと不安を感じています。難民の在留期間を限定することは彼らにとってもよくないし、現実的でありません。」

<デンマーク難民評議会 エヴァ・シンガーさん>

今回、実際に街で人々の意見を尋ねると、ことばを濁しながらも、難民の受け入れを制限する政策に理解を示す声も聞かれました。

【コペンハーゲン市民】

「一部の難民は問題を起こしてきました」

「難民の数は制限してほしいです。この小さな国にはあまりに多すぎます」。

【ミュージアムが伝える 現代へのメッセージ】

難民や国内避難民が過去最多の1億人を超え、世界の80人に1人が、紛争や迫害によってすまいを追われる現代。

答えの出ない、難しい問題に正面から向き合う、「難民ミュージアム」は、その“場所”に刻まれた歴史にも、メッセージを込めています。

実は、オクスボルには、第二次世界大戦の直後、ドイツから逃れてきた3万5千人あまりが収容される、大きな難民キャンプがありました。

戦時中は敵国だったドイツから多くの難民を、反発もあった中でも受け入れていたのです。

ミュージアムの建物は、かつて、その難民キャンプの病院として使われていたもの。今回、リノベーションされ、「難民ミュージアム」として生まれ変わりました。

<当時の難民キャンプの病院>

ミュージアムでは、館内のスペースの半分を使って、当時の暮らしや社会の状況を展示し、難民への寛容さを守った知られざる歴史を伝えています。

館長・イェンセンさんは、私たちひとりひとりに、難民問題について知り、考えてほしいと言います。

【クラウス・イェンセンさん】

「ミュージアムがきっかけの場になってほしいと願っています。目を閉じ考えないようにしたくなるかもしれませんが、それは問題を解決することにはなりません。私たちは知らないものを恐れます。実在する人の話であることを認識し、対話することが大切だと思います」。

政経・国際番組部ディレクター 池田 亜佑

2011年入局 仙台局を経て現所属 自然災害やテロ事件などの現場を取材