進化する世界の“昆虫食ビジネス”

NHK
2023年4月24日 午後7:00 公開

「昆虫食」への注目が世界的に高まっているのをご存じでしょうか。

“コオロギのソーセージペースト”や“サゴワームの肉団子”といった肉の代替として昆虫を使った料理が続々と登場し、企業や研究者たちが相次いで昆虫食の研究に参入しています。

きっかけは、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が出した報告書です。2050年には人口が90億を超えると予想、深刻な食料不足に陥るとともに家畜生産による環境負荷が大きくなると指摘しました。そして、その解決策の一つとして昆虫食が提示されたのです。

日本能率協会総合研究所の2020年の発表によれば、世界の昆虫食市場は2025 年度には約 1000 億円となる見込みとされています。近年では昆虫食の可能性に目をつけて国の一大産業とする国もでてきており、肉や魚のように昆虫が食卓にのぼる未来はそう遠くないのかもしれません。地球の未来を見据えた食の最前線を取材しました。

(国際報道2023ディレクター 山口翔大)

【ヨーロッパ】“健康意識の高まり”が追い風に 

昨年9月、ドイツで昆虫に関する国際会議(INSECTA)が開かれました。

会議には、30か国から240人の研究者や企業が参加し、昆虫に関する新たな研究発表や昆虫の飼育や加工に関する最新技術が紹介されました。

発表した研究者:昆虫産業は成長している。加工技術を産業全体で活用する必要がある

展示ブースには、各企業が開発した「昆虫スナック」「昆虫プロテイン」「コオロギパウダーを使ったボロネーゼソース」などの食品が並び、試食の列ができていました。

ヨーロッパで昆虫食が注目される背景には、環境問題や健康意識の高まりに加え、肉の価格高騰があります。飼料高騰の影響で、ドイツでは牛肉や豚肉の価格がおよそ2割ほど値上がりしました(2022年時点)。今後「脱肉食」傾向が強まると見越した企業の参入が相次ぎ、昆虫食市場に参入する企業が年々増えているのです。

INSECTAを主催したオリバー・シュルーター博士に今後の展望を聞きました。

シュルーター博士:昆虫は非常に興味深いタンパク源で、世界ではすでに100万人が昆虫食を食べています

ヨーロッパでは、昆虫は有害なもの、あるいは不衛生の指標として捉えられていたので、人々の間に抵抗がありました。しかし今では人々の認識が高まり、食料としての昆虫に対して、前向きな空気が生まれつつあります。

・普及のカギは“味、見た目、環境への配慮”

「我が社へようこそ!」

自社のコオロギ養殖場を案内してくれたのはINSECTAに参加していた、フロリアン・ベーレントさんです。

EU域内では、昆虫食を生産・販売するための民間のガイドラインがあります。ベーレントさんの会社では、そのガイドラインに沿ってコオロギを養殖しています。こだわっているのはなるべく環境に負荷をかけないこと。

エサには地元の店で売れ残った有機野菜や果物を使い、フードロス対策にも貢献しています。“いつかコオロギ製品を有機食品として売り出したい”という願いもあるそうです。

最近はスーパーの店頭やフリーマーケットなどで試食会を開き、昆虫食の普及に努めているベーレントさん。手ごたえを感じる一方で、消費者が感じる“昆虫食の見た目への抵抗感”が食卓への普及への課題となると感じています。

ベーレントさんが毎週末に開催する試食イベントではこんな意見も。

試食した人:干からびたハエみたいだ 昆虫を食べるなんて異常だよ

そこでベーレントさんは、消費者の抵抗を少なくするため、コオロギをひき肉のような見た目と食感にする特殊な加工方法を開発しました。

ドイツの伝統料理であるソーセージペーストをコオロギパウダーを使って作った“コオロギペースト”をはじめ、ひき肉のように加工してトマトや野菜と煮込んだ“コオロギボロネーゼ”や“コオロギチリコンカン”を開発しました。

元々、農業における環境負荷について専門的に学んでいたベーレントさん。昆虫食を通じて持続可能な食料生産のあり方を追求し、将来的には“肉を昆虫に置き換えることができる社会を目指している”と語ります。

ベーレントさん:まさに昆虫は良質かつ持続可能な代替食です。将来の食料確保という巨大なジグソーパズルに寄与したいです。

【タイ】“昆虫長者も誕生” 農村で広がる養殖ビジネス

一方、昆虫食を貧困対策につなげようという国もあります。タイです。

昔から昆虫を食べる習慣があるタイでは、その種類や生産量を増やす取り組みが始まっています。

<バンコクの市場には昆虫食の屋台が並ぶ>

タイ東北部のナコンパノム県。今、盛んに行われているのが、「ヤシオオオサゾウムシ」の幼虫「サゴワーム」の養殖です。

ココナツのような風味があり、脂肪分も豊富なサゴワーム。

オメガ脂肪酸を多く含むとされ、化粧品類やサプリメント、食用油などにも加工されています。周辺国でも健康食として引き合いが多く、ラオスやベトナム、中国などにも1キロ600円ほどで販売されています。

生産の主な担い手となっているのが農家です。

洪水や干ばつの被害により、収入が安定しない稲作農家。サゴワームの養殖は初期投資がほとんどいらず、育てるのも容易なため、養殖を始める農家が増えているのです。

サゴワーム養殖の指導を受けていたガンニガー・トーンヨッスさんは「稲作の収入は安定していないので、養殖を副業にしていきます」と話していました。

サゴワームの養殖で生活が一変したという人もいます。

ガノックヌット・サミーディーさんは、以前スーパーの店員として働いていました。コロナ禍で収入が半減しましたが、サゴワームの養殖を始めて2年、現在の月収は、タイの平均の4倍に当たる、およそ40万円に上り、街の中心部に家を持てるようになりました。

サミーディーさん:サゴワーム養殖をはじめて、両親に楽をさせ、子供にも満足に食べさせられるようになりました。今後さらに生産を拡大させたいです。

タイ政府も食用昆虫の輸出を今後、産業の大きな柱にしたいと考えています。

タイ農業普及局のラピータット・ウンジッタパンさんに話を聞くと「世界中の人々のために、未来の食料となる産物を改良することで、将来我々が昆虫の養殖と輸出の中心になるチャンスがある」と国として高い期待を寄せていると明かしました。

【日本】“選択肢のひとつ”を目指して

ドイツやタイのように日本でも昆虫食への注目は高まっています。日本では地域によって「イナゴ」「ハチノコ」などを食べる習慣がありますが、今、増えているのが、食用コオロギの養殖です。

徳島県鳴門市にあるコオロギの養殖場です。4年前、設立されました。

廃校になった学校の校舎を利用していて、コオロギが敷地の外に出ないように、廊下のあちらこちらに粘着テープが張られるなど、対策がほどこされていました。

また、飼育されているコオロギは「フタホシコオロギ」のアルビノ種のみで、目が白く、万が一、敷地外の野生のコオロギが入って来ても、判別できる工夫もされています。

代表の渡邉崇人さんに話を聞くと「必ずしも昆虫を食べなければならないわけではなく、食材の一つとして選択されることが重要」と言います。

グリラス代表・渡邉崇人さん:世界で人口の3分の1は昆虫を食べていますが、私たちは昆虫を食べなければいけない時代が来ると思っているわけではありません。

“何十年後には昆虫を食べなければならない未来が来る"という風潮もありますが、必ずしもそうはならないと思っています。私たちは、昆虫が_食材の一つとして当たり前のように選ばれる未来を作るだけです。_

昆虫は環境に優しくて、持続可能なタンパク源です。人気の食品になれば、地球の環境に与える影響も大きくなります。

養殖の自動化、大量生産への研究も進んでいます。通信大手・NTT東日本は今年1月、昆虫食市場へ参入。 “昆虫養殖の自動化”を目指しています。

NTT東日本営業戦略推進室・田中恵士さんITを駆使して飼育設備の効率化を図り、昆虫食事業者の支援をすることが目標です

昆虫食について長年研究しているNPO法人「昆虫食普及ネットワーク」理事長の内山昭一さんは、昆虫食が今後さらに普及していくためには3つの課題があると指摘しています。

  • 「安全性への不安」

  • 「価格が高い」

  • 「手に入りにくい」

その課題を解決しようと、今はまだ、多くの企業が試行錯誤を繰り返している最中です。また、安全性については、タイやEUでは、生産ガイドラインが整備されていて、日本でも昨年7月に民間団体によるガイドラインが制定されました。

開発や生産に力を入れる企業・国にとって、昆虫食は食料危機や気候変動など解決策のひとつとして現実のものとなりつつあるようです。

<取材後記>

今回の取材のために7種類の昆虫を試食しました。中でも美味しいと感じたのはサゴワームを揚げてバーベキュー味をつけたタイのスナックです。ドイツのコオロギペーストなど、見た目や匂いでは昆虫とはわからない商品も開発され、昆虫食の進化に驚かされました。日本でも環境教育の一環として昆虫食の授業などが始まっています。もちろん個人の選択の自由ですが、生産者や企業が”持続可能な食材”を求め開発にかける熱意を感じ、昆虫食が身近になる日も近いのではないかと感じました。引き続き取材していきたいと思います。

政経・国際番組部ディレクター 山口翔大

2022年入局「国際報道2023」を担当