旧ソビエト時代から長年ロシアを取材、プーチン大統領の思考や行動様式に詳しい石川一洋解説委員に、最新のロシア軍の指揮系統や、支配地域の"ロシア化"のキーマンについて分析してもらいました。
(この動画は8分08秒あります、2022年7月26日に放送したものです)
ロシア軍はドネツク全面占領めざしている
油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):ロシアがウクライナに軍事侵攻して5か月たった現状をどのようにみていますか
石川一洋解説委員:「プーチンの戦争」がますます残酷な形で行われています。ロシア軍が戦力を集中しているのはドンバスで、圧倒的な火力でルハンシク州を掌握し、今、ドネツク州の全面占領を目指しています。その中でプーチン大統領がどのようなロシア軍の態勢でウクライナ侵攻を行っているのか明らかになってきました。
ロシアは北方艦隊を含めて5つの軍管区に分かれているのですが、このうち北方艦隊を除いて4つの軍管区の地上部隊をドンバスの戦いに参加させています。
4つの軍管区からの部隊をウクライナ侵攻では、南、中央、東、西という4つの方面軍に分けていることが確認され、プーチン大統領はそれぞれに信頼する将軍を司令官に任命しています。
シベリアの中央軍管区の司令官ラピン大将がそのまま中央方面軍の司令官となっています。この中央方面軍がルハンシク制圧の主力となりました。
「南」方面軍は航空宇宙軍の司令官であるスロビキン大将が司令官となっています。プーチン大統領のお気に入りの将軍と言われています。「南」方面軍はマリウポリ攻略などドンバスを含めて南部攻略の中心となっています。
ロシア軍に従軍しているロシア側の記者の報道をみていますと、スロビキン大将は、ウクライナにおけるロシア軍の司令官と呼ばれることもあり、全体の司令官も兼ねている可能性もあります。
そしてこれら4つの方面軍を形の上ではショイグ国防省が指揮するのでしょうが、最高司令官プーチン大統領は「現場の司令官から作戦の遂行状況や今後の作戦についての提案を直接受けた。東と西の方面軍も同様に与えられた任務を遂行してほしい」と気になる発言を行いました。
東と西の方面軍に与えられた任務というのがドネツク州の掌握かもしれません。
最高司令官であるプーチン大統領は南、中央、東、西の司令官は国防省や参謀本部を通さずに直接プーチン大統領に報告する権限を与えているようですし、おそらく大統領も直接報告することを求めているのでしょう。当初のキーウなどへの政治主導の侵攻作戦が失敗した後、軍主導でドンバス中心に攻略を進める形に変わっていますが、最高司令官としてのプーチン大統領の政治介入は日々あるのかもしれません。
"武器や兵器ではロシアは困らない"
油井:ロシア軍が本格的な態勢を組んできたということですが、イギリスのMI6のムーア長官は、「ロシア軍は失速寸前だ。今後、数週間で人員の補充や物資の補給が困難となって、何らかの形で休息が必要となる」と述べています。このムーア長官の見立てをどう思いますか?
石川解説委員:今の状況は、ロシア軍には武器はあるが人員が不足しています。これに対してウクライナ軍は総動員令を強いて、人員ではロシア軍を上回っているが、武器が不足している状態です。ウクライナ軍はアメリカがハイマースなどを供与して、ロシア軍の補給ラインをウクライナ軍が攻撃できるようになるようになっています。ロシア軍がかなりの戦力を集中しているだけにドネツク州の戦いでウクライナが持ちこたえることができれば、反転攻勢も可能という見立てでしょう。ただロシア本土が攻撃されていない中で、軍需産業などは無傷で残っています。高精度な精密なミサイルなどの生産補給は欧米からの制裁の影響で困難があるかもしれませんが、それ以外の兵器の補給でロシア軍が困難に陥るとは思えません。
ロシア軍が苦戦しているもっとも象徴的な場所であるドネツク州の中心都市ドネツクが、いまだにウクライナ軍のミサイルの攻撃を受けていることです。ドネツク市は親ロシア派が支配していますが、そのすぐ前のアウディーイウカ市は、ウクライナ軍の攻撃拠点となっています。ウクライナ側はこの8年間で強固な防衛拠点としていて、ロシア軍は5か月たっても目の前のこの拠点を攻略することはできていません。
ロシア化の裏に"キーマン"? 占領地をたびたび訪れるプーチン大統領の側近
油井:ロシアはドンバス以外の占領地でもロシア化の動きを進めています。本当にロシアへの編入を考えているのでしょうか?
石川解説委員:プーチン大統領は編入を考えていると思います。
大統領の意図がわかるのは、クレムリンの内政担当の第1副長官キリエンコ氏がたびたび占領地を訪問していることです。内政担当の第1副長官というのはクレムリンの動向を見る上で最重要なポストで、プーチン体制の内政を取り仕切っています。キリエンコ氏は有能な行政官としてプーチン大統領に評価信頼されています。
もともとはリベラル系で首相も務めたキリエンコ氏ですが、今はロシア愛国主義を前面に出しています。「ロシアは占領した土地を手放さない」として住民へのロシアパスポートの交付やルーブルへの切り替えを進めています。9月11日のロシアの地方議会選挙に合わせて住民投票を行うという情報もあります。
キリエンコ氏はプーチン大統領と直接接触できる数少ない側近で、プーチン大統領が占領地のロシア編入を考えているとみて間違いないでしょう。
ウクライナのゼレンスキー大統領としては、それは絶対に阻止したいところで、今後南部ヘルソン州などの奪還を目指して反転攻勢に移るでしょう。ロシア、ウクライナ双方とも戦場での決着を優先しているのが現状で、この戦争がいつ終わるのか、全く見通すことはできないのが現状です。