“ヨーロッパの知性” 経済学者 ジャック・アタリ氏 インタビュー全文

NHK
2023年4月7日 午後5:15 公開

泥沼化するウクライナ情勢。この事態に7年前から警鐘をならしてきたのが、「ヨーロッパの知性」として知られるフランスの経済学者 ジャック・アタリ氏です。

今回、来日していたアタリ氏に油井キャスターがインタビューしました。

(「国際報道2023」で4月22日に放送した内容です)


「知の巨人」ジャック・アタリ氏とは

(欧州復興開発銀行の初代総裁を務めた)

フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリ氏。フランスのミッテラン元大統領の特別補佐官を務めたのちに、旧共産圏の国々が市場経済へ移行するのを支援する国際機関・欧州復興開発銀行の初代総裁にもなりました。EU・ヨーロッパ連合設立の「影の立役者」とも言われるアタリ氏は、フランスの歴代大統領の政策に影響を与えてきた人物です。

(ミッテラン大統領《当時》の特別補佐官を務め、その後の政権でも重要な役割を担ってきた)

ウクライナ侵攻 どうして予測できた?

油井:なぜ、あなたはロシアによるウクライナ侵攻を予測できたのでしょうか?

アタリ氏:多くの人々が10年ほど前から戦争が起きる可能性を示唆していました、私もその一人です。私は(戦争が勃発する)1年前にも戦争を予測していました。ロシアとウクライナが、1国の支配をめぐり争っていたのですから、このような事態が起こることは明らかでした。

ロシア人もウクライナ人も間違いを犯しました。ロシアについては民主的な支持を得ずにクリミアを征服したことが間違いでしたし、ウクライナについては、前大統領がウクライナ東部でのロシア語の使用を制限したことが間違いでした。これにより、誰も現状を受け入れないという状況が生まれました。ロシアはそもそも、ウクライナを正式な国として認めておらず、以前から取り戻したいと思っていたのです。

油井:この戦争の責任は誰にあると思いますか?

アタリ氏:過去のウクライナ政府は、ロシア語を話すウクライナ人に対して厳しい態度をとってきましたし、それは間違いといえるでしょう。しかしそれは戦争を起こす十分な理由にはなりません。この戦争の全責任はロシアにあります。

軍事侵攻を終わらせるには

油井:この戦争はどうすれば終わらせることができると考えていますか?

アタリ氏:中国がロシアを支援しなければ西側の勝利はありえます。一方、中国がロシアに武器などの支援を続け西側がウクライナに関心を示さなくなれば、ロシアが勝利することも起こりえます。また、勝者は誰もいない、というシナリオもあります。どちらか片方の勝利で戦争が果たして終わるでしょうか? どちらか一方の勝利は難しいと考えます。平和的解決のための唯一の方法は、譲歩です。その場合はウクライナが自らの国の領土の一部を手放さなければなりません。それは受け入れがたいでしょう。

ゼレンスキー大統領は、クリミアの返還を実現しなければ裏切り者と見なされると考えていますし、プーチン大統領にとっても、勝利以外は受け入れられません。どちらも難題です。平和的解決は、中国がプーチン大統領に強い圧力をかけ、西側がウクライナに停戦を受け入れるよう説得することができた場合に限られます。

中国が「仲介者」になる可能性は?

油井:中国は対話と停戦を呼びかける文書を発表しました。中国が戦争を終わらせるための仲介者になる可能性については、どう考えますか?

アタリ氏:中国はアメリカとの交渉はできますが、仲介者にはなりえないと思います。ウクライナとロシアの間の仲介者になることはできなくても、米国やヨーロッパとの交渉をすることはありえると思います。

提出された案をよく読めばわかりますが、あれは和平案ではなく立場の表明でした。誰も中国を仲介者として受け入れることはないでしょう。習主席はモスクワには行きましたが、キーウには行きませんでした。仲介を目指すのであれば、少なくとも戦争をしている両国へ行かなければなりません。

ロシアが核兵器を使用する可能性は…

油井:あなたは著作の中でロシアが核兵器を使用する可能性に言及しています。

アタリ氏:すべては1人の人間、すなわちプーチン大統領の考え次第です。そんなことをしたら、ロシアが地球上から消えるということをプーチン大統領が悟れば、核兵器を使うことはないでしょう。

油井:核兵器の使用は、ありえると思いますか?

アタリ氏:10%以上の確率です。私たちは核戦争の方向へ向かっています。もしも止めなければ、誰かが正気でない考えを持つかもしれません。

油井:それは、50%以下でしょうか?

アタリ氏:もし50%だとしたら、すでに非常事態に陥っています。

ベラルーシには新たなミサイル兵器が配備されるでしょうし、ウクライナも長距離ミサイルの提供を求めています。戦争の拡大へ向かうすべてが整っています。もし、核戦争が起きれば戦術的なものにはとどまりません。核を用いれば、世界規模の戦争になると思います。

私の考えでは、そうなればロシアは地球上から消え、おそらくヨーロッパも消えるでしょう。そして中国と日本にも何らかの影響が及ぶと思います。第一次世界大戦や第二次世界大戦が、バルカン半島の小国での小さな衝突を引き金に始まったように、です。この可能性を見過ごしてはなりません。

「グローバル・サウスは存在しない」

油井:G7のグローバル・サウスへのアプローチは今のところ成功していると思いますか?

アタリ氏:私たちは決してグローバル・サウスについて話すべきではありません。「グローバル・サウス」などというものはないのです。インドは民主主義に基づいているため、中国よりもヨーロッパと共通点があります。発展途上国は中国との共通点が多いと考えがちですが、最も重要な価値は民主主義であり、これらの国をこちらの陣営に取り込むよう努めるべきです。

グローバル・サウスの中には、権威主義国家も民主主義国家も含まれるため、一枚岩にはなっていません。また、権威主義の度合いも、民主主義の度合いも、国によって異なっています。

油井:G7では、日本を含めグローバル・サウスへの対応を重視しているだけに、あなたの指摘は意外でした。

アタリ氏:グローバル・サウスの国々を明確に区別したうえで、G7にはインド・ブラジル・南アフリカを招くべきだと思います。

私は、G20は間違いだ、最悪だ、といつも言ってきました。G20には、さまざまな政治体制の人々が集っているため、対話が成り立ちません。

G7にはインド、ブラジル、南アフリカなどの民主主義国や、民主主義に移行する国を招待する必要があります。たとえばアラブ世界では、2020年代に民主主義に移行する多くの国があります。私たちはそれらの国が民主主義に移行するよう奨励する必要があります

もしG7とグローバル・サウスが別に存在するとなると、グローバル・サウスは豊かな国への対抗勢力だというイメージがついてしまいます。それが西側の観点からすれば大きな過ちなのです。

「知の巨人」が語る世界の未来

油井:アメリカと中国の未来をどう考えていますか?

アタリ氏:2050年のアメリカの軍隊は、迫る中国を抑えて世界最大の座を保っているでしょうし、アメリカ人の生活水準も依然として中国人の 2~ 3 倍だと思います。

アメリカは「2つのアメリカ」の時代を迎えます。1 つは完全に内向きで、もう 1 つは世界の他の国々に関心を持っていますが、いずれにせよアメリカはより内向きになるため、世界のリーダーにはなり得ないと思います。

中国の未来は非常に暗いです。短期的には自らの体制を世界に広げようとしますが、大きな問題にぶつかるでしょう。多くの腐敗を生み出す権威主義のもとでは、エリート層をはじめ、人々は中国を去っていきます。長い目で見れば、中国はイノベーションの機会を失い、豊かになる前に高齢化してしまいます。

油井:民主主義と権威主義の分断はますます深まるのでしょうか?

アタリ:私の見解では、民主主義こそが勝利すると思います。10年後か20年後かわかりませんが、中国もロシアも、いずれ権威主義は終わります。

諸外国の例を見てください。ソビエト連邦も、ブラジルも、ポーランドも、フィリピンも、インドネシアも、どの国を見ても権威主義体制が終わりを迎えることは明らかなのです。ロシアと中国も、いずれそうなると思います。

油井:なぜ民主主義が勝つと、楽観的に考えているのですか?

アタリ氏:私の見解では、民主主義こそが勝利すると思います。西側の観点から言えば、ロシアや中国の国民に経済発展を促し、権威主義体制から脱するようにしむけることが最善なのです

民主主義への移行がひと晩でなしえるかはわかりませんが、ロシアも権威主義へ戻ったものの、1990年台初頭には、民主主義の兆しがありました。

人間とは、安全と自由のバランスの間で揺れ動くものですが、自由の方がより重要なのです。自由を求めるところに、人間の本質があるのです。