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ブータン王妃も愛用 香川発の遠隔診療機器“妊婦健診装置”

NHK
2021年9月14日 午後5:27 公開

ヒマラヤ山脈の東部に位置し“幸せの国”とも呼ばれるブータンで、香川県の企業が開発した「妊婦健診装置」が広まっています。その装置は、去年第2子を出産したジェツン王妃も愛用したとのこと。
なぜ、4500kmも離れたブータンと瀬戸内海に面した“うどん県”がつながったのか。
そこには出産を巡る共通の課題がありました。
(高松放送局ディレクター井上浩樹)

ブータンで活用される妊婦健診装置

ブータンで装置を使う妊婦の1人、20歳のカルマさんです。私たちが取材をした2021年4月、カルマさんは妊娠6か月でした。初めてのお産を迎えます。

<カルマさん(20)>

下の画像が、カルマさんが使っている日本の小型妊婦健診装置です。
2つで1組になっていて、重さは合わせてわずか300gほど。スマートフォン2台ほどの重さです。

使い方はいたって簡単です。装置をおなかに当てると胎児の心拍音が聞こえるので、よく聞こえる位置を探してベルトで固定するだけ。妊婦と胎児の健康状態を把握する上で欠かせない子宮の収縮度と胎児の心拍数を装置が測定し、リアルタイムで産婦人科医にデータが送られます。
本来病院にある大型の機械で専門の医師が行っていたこの検査を、この装置が使えるようになって自宅でも簡単に受けられるようになりました。
ツァンポ村にはまだ装置が1台しかないので、カルマさんは装置の置いてある近所の診療所に通って使っています。

<おなかに装着している様子>

産婦人科医が“全国で15人”とも ブータンの厳しいお産事情

実は、測定されたカルマさんのおなかの中のデータを受け取る産婦人科医は、500km以上離れた首都にいます。
ツァンポ村(人口約1200人)には、産婦人科医が1人もいないからです。
産婦人科医は大型の病院にしかおらず、その数は全国で15人しかいないとされています。山岳部が多く交通機関が発達していないブータンでは、何かあってもすぐに産婦人科医に診てもらうことが難しいのです。
そのため新生児死亡率は日本の約20倍にのぼります。

<カルマさんが暮らすツァンポ村>

カルマさんも数年前に地元の友人が死産をしたことがあり、何か異変があった時に早期に発見できるように装置を使い始めました。
この装置によって設備の整った病院でしか扱っていなかった診断をどこでも受けることができるようになりました。

首都の病院に勤める産婦人科医 「農村部の母子にとって最大の壁は医療施設までの距離です。この装置が現状を大きく改善してくれると信じています」

王妃のお墨付きで国家プロジェクトに

装置がブータンに広く知られるようになったきっかけがあります。
国王の妻・ジェツン王妃の妊娠です。
去年第2子を妊娠した王妃が、現地在住の日本人医師を通じて装置のことを知り利用したのです。
現地のメディアによると、王妃は装置のことをとても気に入って国民全員が利用できるように望んだそうです。

<贈呈式の様子(2021年6月)>

王室の意向を受け、装置の導入は国家プロジェクトになります。
日本政府のODAを通じた資金援助や国連開発計画の支援もあり、各地の診療所などに55機が導入されました。
写真のように、現地では贈呈式まで行われました。
ブータン政府は、装置を大規模に導入することで妊婦の異変を早期に発見し、拠点病院に搬送する医療体制を整えようとしています。

香川県の課題解決が開発のきっかけに

装置を開発したのは香川県にある企業です。実は香川県は新生児死亡率がかつて全国ワースト5の常連だったほど、お産で苦しんできた県でした。
その主な理由は瀬戸内海に数多く浮かぶ「離島」です。

島民は病院に行くには船を使う必要があります。
夜間や悪天候の時、その頼りの船が運航されません。
そのため医療サービスが行き届きにくく、緊急時に妊婦はすぐに医師に診てもらうことができませんでした。

この問題を目の当たりにし立ち上がったのが、関西から香川県に移住してきた尾形優子さんです。
離島の妊婦にも安心して出産して欲しい。そう考え、医療機器メーカーを設立しました。

医療機器メーカー社長 尾形優子さん 「島に住んでいる身近な人から、船がなかなか来なくてすぐに病院に行けないというようなことを聞いていました。そうした問題を解決するには、ICT(情報通信技術)を活用した医療が重要だと考えたんです」

しかし、開発は一筋縄にいきません。
日本では個人情報保護の法律が壁となって、実際の妊婦のデータを用いた実証実験がなかなかできなかったのです。
そのため患者の同意があればデータを提供してもらえるタイの病院と連携して開発することにしました。
日本とタイを合計20回以上往復して、ついに装置の開発に成功しました。
こうした企業の努力もあって、今では香川県はお産前後の胎児の死亡率が全国的に見ても低い県の1つとなりました。

そして離島ならではの医療課題を解決するべく生まれた妊婦健診装置が、やがて交通の便の悪さで悩むブータンの産科医療にも活かされることになったのです。

尾形さんは、女性が外で肌の露出を控える文化があるイスラム圏などでも装置への需要が高まっており、今後こうした地域でも装置の普及に力を入れていくとのことです。

医療機器メーカー社長 尾形優子さん 「最初は日本の離島の問題を解決するために開発した装置でしたが、ブータンのような山岳地帯でも有効ということが分かってきました。開発途上国では妊婦健診を行うことができずにたくさんの赤ちゃんが亡くなっているなど、世界にはこの装置を必要としている妊婦さんが多くいらっしゃいます。そうした妊婦さん一人一人にこの装置を届けていきたいですね」

取材後にカルマさんから嬉しい知らせ

ブータンのツァンポ村で妊婦健診装置を利用していたカルマさん。2021年7月に無事に元気な赤ちゃんを出産したとの報告がありました。
首にかかっているのは、ブータンでいう魔除けのお守りのようなもの。
村の人々に見守られながら、すくすく育っているそうです。

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