「女性を集めて不妊手術をしろ」 "国策”がもたらした悲劇

NHK
2022年1月14日 午後3:49 公開

世界で最も多くの人がとっている避妊の方法は何だかご存じですか? 実はコンドームでもピルでもなく「女性の不妊手術」なんです。卵管を切るなどして子どもができないようにする手術で、日本ではあまり一般的でありませんが、世界では2億人以上が家族計画のために選択しています(2019年国連調べ)。一方で不妊手術には、多くの国で人口を抑制する「国策」として強制的に行われてきたという負の歴史があります。今大きな問題となっているのが、かつて27万人の女性に不妊手術が実施された南米のペルー。多くの女性たちが「脅迫され、手術を強要された」と悲痛な声を上げ始めたのです。多くの被害者がうまれた背景に、政府が医師たちに「ノルマ」を課していたという恐ろしい実態があったことが明らかになってきました。

(政経・国際番組部ディレクター 下方邦夫)

「これは義務だ」突然看護師が家に 狂わされた人生

被害者のひとりフランシスカ・キスペさん(52)はアンデス山脈中腹にある先住民族の集落に暮らしています。

夫と4人の子どもと一緒に平穏な日々を送っていた25年前のある日、突然家に看護師が訪れました。

「あなたは子どもが多すぎるから、不妊手術を受けなさい」とキスペさんの説得を始めたのです。

キスペさんは何度も断ったものの、「これは政府が定めた義務だ」「もしあなたが手術を受けないなら、夫に受けさせる」などと理由をつけ、強引に町の病院へ連れていかれました。

さまざまな集落からきた女性たちがおびえながら集まっていたといいます。

フランシスカ・キスペさん

「本当に恐ろしかったです。病院を逃げ出そうかとも考えましたが、逃げたら何をされるのかわからずできませんでした。手術室に連れていかれ、卵管を縛られたのか切られたのかしたのだと思います。翌日の朝に目覚めると腹部に激しい痛みを感じました。そして泣き叫びながら家まで帰りました」

不妊手術を強要されてからキスペさんの人生は一変しました。

手術の後遺症で常にお腹が痛み、満足に体を動かすこともできなくなったといいます。

これ以上子どもができないことを知った夫は外に愛人をつくり、家にはほとんど帰って来なくなりました。

子どもたちは独立して村を離れ、いまは一人で暮らすキスペさん。

畑で育てたわずかなジャガイモを売って細々と生計を立てています。

「手術を受けていなかったら大きな家族をつくりたかった」と涙を流し訴えました。

フジモリ大統領肝いりの「不妊手術」 先進国も支援した

なぜキスペさんのような被害者がうまれることになったのか。

背景には90年代に当時のアルベルト・フジモリ大統領が実施した政策があります。

貧困問題を解決することを公約として、1995年に2期目の当選を果たしたフジモリ大統領。

当時ペルーでは、都市部から離れたアンデス山脈やアマゾン地方など出生率が高く、所得が低い地域の生活改善が課題でした。

この頃、農村部の女性1人が産む子どもの数は平均6人ほど。

フジモリ政権は、出生率を下げて人口の増加を抑えることが貧困問題の解決につながると考え、政府の政策として「自主的な不妊手術を含む、安全な避妊方法を無料で提供する」と発表したのです。

この政策には国連が賛同したほか、アメリカも多額の資金援助を行いました。

実は、第2次世界大戦後「人口爆発」が世界の脅威として叫ばれ、ペルーだけではなく多くの途上国で不妊手術が人口抑制の手段として取り入れられました。

人口増加が世界の資源を圧迫し、生活水準がおびやかされることを恐れた先進国は不妊手術を積極的に支援していたのです。

国連は「1960~90年代にかけて、アジアやヨーロッパ、ラテンアメリカで、人口をコントロールするために強制的な不妊手術が行われていた」と報告しています。

脅迫、無理やり麻酔…明らかになった「政府からのノルマ」

フジモリ政権が掲げたのはあくまで「自主的な不妊手術」でしたが、実際に現場で行われたのは「自主的」とはほど遠い手術でした。

フジモリ大統領退任後にペルー政府が発表した検証資料には、「手術を受けないと警察に連行する」と脅迫をされたケース、病院で無理やり麻酔を打たれたケースなど、さまざまな例が報告されています。

政策が実施された5年間(1996~2000年)で手術を受けた女性は約27万人。

そのうち医師が事前に十分な説明をし、患者の同意を得て行った手術はわずか3割程度だったと推定されています。

なぜ「自主的」なはずだった不妊手術が強制されるようになったのか。

背景にあると指摘されているのが、政府が医療機関に課した厳しいノルマです。

フジモリ政権内でやりとりされていた内部文書には、政権が計画した手術数、そしてその達成数が州ごとに記されていました。

例えばキスペさんが住んでいるピウラ州では、1997年(1~7月)に6684件の手術目標が設定され、そのうち4230件実施、達成率は63%と記載されています。

ノルマの実施状況は、フジモリ大統領本人に逐一報告されていました。

当時の保健大臣からフジモリ大統領に宛てた文書には以下のように書かれています。

「フジモリ大統領閣下。ご覧の通り、今年の7ヶ月間で6万4831件の不妊手術が実施され、1997年の目標である15万件の43%を達成しました。(中略) 今後数か月間、不妊手術の増加傾向を維持し、今年の目標にできるだけ近い形で年末を迎えたいと考えています」

「なんとか数を集めろ」執刀した医師に多額のボーナスも

政権が定めたノルマは、それぞれの病院や診療所ごとに割り振られていきました。

当時、不妊手術を請け負っていた病院の医師が取材に応じ、政府から圧力を受けていた実態について語りました。

ハビエル・バスケス医師(ロレト州立病院・産婦人科医)

「当時、私の勤めていた病院には1日に20~40人不妊手術をするよう政府から指令が出ていました。そのため産科医たちは、なんとかして患者を集めなければなりませんでした。数を稼ぐことが優先され、患者への診察や説明はおざなりになっていきました。私は『こんなことは倫理的に許されない』と言って手術を拒否しました。しかし医師や看護師には契約スタッフも多く、『目標を達成できなければ解雇する』と脅されて断れなかった人も多くいました。かなり異様な状態でした」

さらに週末になると、病院や診療所がないアマゾン地域へ手術スタッフを派遣する「不妊手術キャンペーン」も実施され、参加した医師には政府から多額の手当ても出ていたといいます。

バスケス医師によると当時病院の給料は非常に安く、キャンペーンに参加した医師の中には給料が一気に2倍になった医師もいたということです。

こうした理由で、多くの医師が不妊手術政策に参加していったのです。

矛先は先住民族へ 犠牲にされるマイノリティー

「不妊手術を受ける女性の頭数を集めろ」

特に標的にされたのが、アンデスやアマゾンに暮らす先住民族の女性たちでした。

ペルーは500年前にスペインの植民地になった後、支配層である白人と、支配される先住民族という構図の社会が長く続きました。

その構図は今でも形を変えて残っていて、「先住民族の女性」という存在は、ペルー社会の中でも最も貧しく、弱い立場に置かれ続けています。

強制不妊手術の被害者たちに話を聞くと、手術を受けるときに医師や看護師から差別的な言葉を投げかけられた女性が多くいました。

<差別を受けた被害者>

「医者は私に向かって『何人子どもがいるんだ?』と尋ねました。私が『5人いる』と答えると、『ああ、道理であんたはウサギみたいな顔をしてるんだな』と言ったんです」

先住民族としての尊厳を踏みにじられた彼女たちの言葉には悔しさや怒りが満ちていました。

こうしたケースはペルーだけではないと、人権問題の専門家は指摘しています。

これまで世界で行われてきたどんな人口抑制策を見ても、富裕層や中間層が対象となった例はほとんどなく、常に少数民族、有色人種、貧困層などマイノリティーの人々がターゲットになってきたというのです。

ようやく認めた「手術の強制」 問われるフジモリ大統領の責任

被害者女性たちが真実の究明と補償を求め続けた結果、ペルー政府は2015年にようやく強制的な不妊手術が行われた事実を認めました。

そして去年2月、被害者たちに補償を認める法律が議会を通過。

ただ補償の進め方について具体的な議論は一向に進んでおらず、いったいいつ補償を受けられるのか、見通しは立っていません。

<フジモリ元大統領の裁判について報じるウェブサイト>

フジモリ元大統領に刑事責任があるかどうかも焦点となっています。

先月、ペルーの裁判所は不妊手術政策を実行した当時のフジモリ大統領と3人の保健大臣らの起訴を認めました。

今後、正式に裁判が始まる見通しで、司法の場で真相が明らかになることが期待されています。

世界で続く「自主的でない」不妊手術 悲劇を繰り返さないために

世界の不妊手術の現状について、国連は2014年に声明を発表。

「強制的な不妊手術はなくなっていない」として、廃絶するよう各国に求めています。

専門家は、暴力的な手術は減っているものの、別のやり方で自発的ではない手術が行われていると警鐘を鳴らしています。

米 テキサス大学オースティン校教授 フィリッパ・レヴィンさん(ジェンダー史などが専門 )

「インドやバングラデシュでは今でもお金や物をちらつかせて不妊手術を受けさせることがあります。例えば2011年にインドのラージャスターン州では、「不妊手術に車を」と名付けられたキャンペーンが実施され、生活に必要な物品をインセンティブとして女性たちに不妊手術を推奨していることが報道されました。こうしたケースは「暴力的」な手術ではないにしても、貧しい女性たちにとっては選択の余地がなく、十分に同意したとは言えないのです」

避妊の手段として世界で最も普及している不妊手術。

自らの意思に基づいて選択し、医師からリスクなどについて十分な説明があればとても有用な手段となります。

しかし、ひとたび国家の人口政策として取り入れられると、「数」がすべてに優先され、人間が人間として扱われないこともあり得ると、ペルーの事例は教えてくれます。

心と体に傷を負い、人生を台無しにされてしまった被害者たちの時間は戻ってくることはありません。悲劇を二度と繰り返さないために、不妊手術が国家による暴力の手段となりうることを忘れてはならないと強く思います。