物価上昇が止まらない…半世紀ぶりの世界的インフレはなぜ起きたのか

NHK
2022年10月27日 午後0:06 公開

世界各地で上がり続ける物価。記録的なインフレに見舞われている国々では、消費者が悲鳴を上げています。そうした中で欧米各国の中央銀行は急ピッチで利上げに奔走し、景気への悪影響を覚悟で、インフレを抑え込もうとしています。こうした世界規模のインフレはなぜ起きたのでしょうか。物価動向の分析が専門の東京大学大学院の渡辺努教授と解き明かします。

(「キャッチ!世界のトップニュース」で10月3日に放送した内容です)
 

半世紀ぶりの世界的インフレのワケ① パンデミックでサービス消費からモノ消費への転換

渡辺努教授:グローバルにいろんな国で同時発生的にインフレが起きるというのは、最近ではなかった話で、半世紀ぶりぐらいに本格的なインフレが起きている状況だと思います。

渡辺教授:インフレの原因として日本でよく言われるのは(ウクライナでの)”戦争”だと思いますが、”戦争”自体はことしに入ってから始まったことですよね。でもインフレ自体は実は2021年の4月ごろからアメリカやヨーロッパで起きていました。つまり”戦争”がインフレの主因ではないというわけです。考えられるのは何かと言うと、パンデミックだろうと思います。

渡辺教授:いま自分たちの生活を振り返って考えると、サービスというものをあまり消費しなくなっています。新型コロナ拡大前は、毎週、焼き肉屋さんに行って家族で食事をしていました。しかし新型コロナが入ってきた途端に、モノとして牛肉を買ってきて、それを調理して食べる。つまりサービスの消費からモノの消費にシフトしたわけです。このシフトは一過性ではないかと当初は言われていましたが、いまだにどの国でも残っています。需要が増えた分だけモノの値段が上がる、特にサービスに比べて値段が高くなることが起きていて、これが全体のインフレを起こしています
 

半世紀ぶりの世界的インフレのワケ② 労働力不足による「賃金・物価スパイラル」

この状況に労働力不足が追い打ちをかけます

コロナ禍で仕事を離れた労働者の復帰の動きは鈍く、早期退職をしたシニア層も多かったことで、ものづくりを支える人材が足りなくなっているのです。

渡辺努教授:密な環境で仕事をしたり、仕事をするために密な環境の公共交通機関に乗ったり、そういうことが嫌だと思う方も多い。またリタイア直前の方が少し早めにリタイアするというようなことが起きていますので、結果として労働力が足りなくなるのですね。そのために物不足、人手不足が起きているということだと思います。それに輪をかける形で戦争が起きました。こういう最初のショックで物価が上がるということがいま起きていることです。

物価が上がると人々の生活は厳しくなるため、労働者は働いている企業に賃金を上げるよう要求します。

賃上げを行った企業は、上げた分の人件費を商品の価格に上乗せします。

するとまた賃金をあげるよう要求されることになり、こうして物価上昇の循環=スパイラルが起きていくことになります。

渡辺教授:賃金の上昇と価格の上昇がスパイラル的に上がるのが、実はインフレの第2段階です。どうもヨーロッパ、とりわけイギリス辺りは第2段階に入りつつあるのかなと思います。アメリカはまだ…もしかしたら入ったかもしれないですけれど「まだ違う」という人もいるので、少し意見が分かれています。つまり、そういうようなフェーズに今のところあるということですね。

遅すぎた金利引き上げ…しかしさらなる引き締めの可能性も

この“スパイラル”を抑えようと、いま各国の中央銀行は政策金利の引き上げを急ピッチで進めています。

これによって住宅ローンの金利なども上がり、需要が減少して物価が下がると期待される反面、景気が後退し、失業率が高まるという副作用もあります。

それでも金融の引き締めを急ぐ背景には、50年前の苦い経験があります。
 

渡辺教授:先ほど70年代にインフレがありました、半世紀前にありましたという話をしました。そのときは結果的に見ると、中央銀行がインフレを野放しにしてしまったのです。アメリカや日本でも10~20%という高いインフレが結構長い間続いてしまった。その時になってようやく「これはまずい」と、高いインフレを押しとどめようという努力を中央銀行が始めました。しかしその時に、ものすごく大きな需要の引き締めが必要になってしまい、失業者がたくさん出てしまうということが起きたわけです。特に第2段階(賃金・物価スパイラルの状態)までいくようになってしまうと元に戻すのはものすごく大変なので、早いうちに手を打って戻しておきたい。それが大きな教訓になっているのです。

ただ渡辺教授は、結果的には今回も利上げのタイミングが遅かったのではないかと指摘します。
 

渡辺教授:もし去年の夏とかにそういう手だてを打ち始めていれば、こんな大騒ぎにはならなかったのだと思いますね。少し遅かったというのもあります。

小林雄(「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター):アメリカでは0.75%など、利上げが繰り返されていますが、これでインフレが止まっていくと思いますか?

渡辺努教授:今のペースで止まるかどうかは微妙なところだと思います。インフレが8~9%になっていますので、それを抑えるための金利の上昇はかなり急速に引き上げてきてはいますけれども、その金利の引き上げ方は弱すぎるかなと思います。

渡辺教授:ことしの年末までに4~5%まで持っていくというのが一応、アメリカの中央銀行の方針ですけれども、4~5%で本当に間に合うのか。もう1つ高いところまでいかないと、インフレが収まらないのではないかという見方もありますので、もう1回本腰を入れなおして、引き締めをするような局面が来る可能性が高いのかなと思います。

高橋彩(「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター):コロナ禍でのモノの需要の高まりをきっかけに、物価上昇と賃上げのスパイラルが起きていて、これを早く止めなければということなのですね。

小林:このスパイラルで重要になるのが、実は私たち消費者や労働者の「気持ち」なのです。

高橋:気持ちですか?

小林:そうです。この場合は「インフレ予想」と呼ばれますが、人々の頭の中で「きっとこの先も物価が上がる」という気持ち、予想がうまれると、それが賃上げ要求につながり、その結果、実際に物価が上がって、予想が実現するということなのです。

高橋私たちがどう思うかが、物価の動きに影響を与えるということなのですね。