【徹底分析】ロシア軍 南部ヘルソン"撤退"でプーチン政権への打撃は 石川一洋解説

NHK
2022年11月18日 午後7:52 公開

旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接、話したこともある石川一洋専門解説委員がロシアを読み解きます。


(この動画は6分20秒あります、2022年11月15日に放送したものです)

ウクライナ南部ヘルソン州をめぐり、ロシア国防省は11日、州都ヘルソンを含む地域から軍の部隊を撤退させたと発表し、ウクライナのゼレンスキー大統領は12日、これまでに州内の60か所以上の集落を奪還したと明らかにしました。

油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):ヘルソン州都などドニプロ川西岸からロシア軍が撤退し、ロシア国内では「大きな敗北」として動揺も広がっているということなのですが、どこに注目しましたか?

石川一洋専門解説委員:私が注目したのは撤退の発表の仕方です。特別軍事作戦のスロビキン総司令官がショイグ国防相に報告し、国防相が撤退を命令したと映像で公開したことです。

石川専門解説委員:人員の損失を避けて、兵力の維持を図る戦術的な撤退と強調されています。SNSで何の装備や準備もない動員兵が最前線で戦死していると批判されていることも影響しているでしょう。実際に決定したのは間違いなくプーチン大統領です。しかし軍の決定であることを前面に出して、大統領への政治的な打撃をできるだけ抑えようという意図が表れています。

油井:ロシア国内ではどう受け止められているのでしょうか?。

石川専門解説員:ウクライナへの軍事侵攻の思想的なバックボーンともいえる極右愛国主義の思想家ドゥーギン氏は自らのブログでプーチン大統領を批判しています。

石川専門解説員:ドゥーギン氏は「専制とは何か。為政者にすべての権力を与えることだ。そして為政者は危機的な状況において、われわれすべて、人民、国家、人々を救ってくれる。そのためには不愉快なことも我慢しよう。しかし、もしも救ってくれないとしたら、雨を降らせなかった王のように犠牲となる運命もある。専制には両面がある。成功に際してのあらゆる権力、失敗に際してのすべての責任だ」と述べています。そして撤退の責任は軍ではなくプーチン大統領だとして、プロパガンダでは覆い隠せないとしています。ソビエト崩壊以来の敗北という指摘も出ています。ドゥーギン氏はプーチン大統領が住民投票までして、一方的に併合したヘルソン市をいわば無血で引き渡したことに我慢できないのです。欧米との全面戦争と認識し、イデオロギー的にも国家の統制を強化して、総動員体制に移るべきだと要求しています。

油井:かなり厳しい批判ですが、こうした極右愛国勢力の批判というのは、プーチン体制への打撃となるのでしょうか?。

石川専門解説員:打撃とはなっています。ただプーチン大統領は、国民がこの撤退をどう受け止めるのか、プーチン離れを起こさないこと集中していると思います。強硬派のチェチェンのカディロフ首長やワグネルのオーナー、プリゴジン氏が、これはやむをえない措置だと、いち早く撤退を支持する立場を表明したのも大統領を守るためです。2万人もの兵力を損失なく撤退させたと、撤退作戦の成功を強調する報道もなされています。

石川専門解説員:プーチン体制の内部には、和平を模索すべきだという意見もあるように思えます。ロシア正教の最高幹部でプーチン大統領の個人的な神父ともいわれるチーホン府主教が、注目すべき発言を国営のロシアテレビでしています。

石川専門解説員:チーホン府主教は「最終的に、私たちは神の御心に従った平和を望んでいます。いま誰もが平和を訴えていますがそれは人間の魂の望みなのです」と語りました。チーホン府主教はプーチン氏に対して非常に大きな影響力を持っています。「神の名による和平」というコンセプトを出すことにより、戦意高揚一辺倒のプロパガンダから妥協も含めた和平交渉への国内的な心理的な準備、模索を始めたようにも見えます。戦況がさらに不利になっても体制が揺らがないように準備を始めたのかもしれません。

油井:トルコのアンカラでアメリカのCIAのバーンズ長官とロシア対外情報庁のナルイシキン長官が会談しました。これは今後の停戦への交渉の始まりという見方もありますがどう見ていますか?

石川専門解説員:アメリカは停戦に向けた交渉はしないとしています。ただ2人はお互いの大統領に直結した諜報の責任者です。ナルイシキン氏は軍事侵攻前の安全保障会議で、交渉の継続を訴えてプーチン大統領から公然と叱責されていました。その一方でプーチン大統領に直接コンタクトを出来る、信頼を置かれている側近というのもまた事実です。バーンズ氏は、ロシアの専門家で、在モスクワの大使を務めていた経験があり、プーチン側近のナルイシキン氏とも当然、旧知の仲です。

石川専門解説員:つまりナルイシキン氏を通じてプーチン大統領にロシアが戦争を続けた場合のアメリカの見立て、見通しや対価を伝え、特にロシアが核使用をした場合のアメリカの対応について明確に警告して、核使用を抑止しようとしたと思います。私は2020年2月にナルイシキン長官のインタビューをしたことがありますが、米ロ関係は最低レベルと当時から述べていながら、米ロの諜報機関同士の関係は高く評価していたのを思い出します。もしも今後、戦線がこう着すれば、バーンズ・ナルイシキンの諜報関係のチャンネルが米ロの意思疎通以上の意味を持つかもしれません。