背景に陰謀論? アメリカで過激化する“政治暴力”

NHK
2023年2月9日 午後5:44 公開

「事件の日のことについて、自分が行ったことを誇りに思っている」

2年前、アメリカ連邦議会乱入事件で逮捕された男性の言葉です。

2021年1月6日、アメリカ大統領選挙の当選者を確定させるための手続きが行われていた連邦議会議事堂に、選挙結果に不満を持つトランプ前大統領の支持者らが乱入。これにより、警察官を含む5人が死亡し、これまで約900人が逮捕。民主主義の根幹を揺るがす事件として、全米に衝撃が走りました。

逮捕された男性は、「トランプ前大統領は不正選挙で負けた」「アメリカを支配しているのはロスチャイルド家や世界経済フォーラムだ」といった、根拠のない陰謀論を次々に話しました。しかし、その口調はとても真剣なものでした。

いまアメリカでは、陰謀論に強い影響を受けたとみられる人たちが、政治的な暴力事件を相次いで引き起こしています。
陰謀論が、なぜ政治と結びつき、暴力を引き起こしているのか。その実態を取材しました。

(政経・国際番組部ディレクター 安 世陽)
  

【アメリカ連邦議会に乱入した当事者を直撃】

アメリカ、バージニア州。
海と森に囲まれたとても静かな場所に、その男性は暮らしていました。

ダグラス・スイートさん、60歳。
「秋は2か月ほど休みをとって、ハンティングをするんだ。そうすればスーパーで肉を買う必要はないだろう。魚釣りもよくするよ」。

ダグラス・スイートさん>

なるべく自給自足で暮らしていることを楽しそうに語るスイートさん。
しかし彼は、2年前の事件で逮捕され、罰金500ドルなどの有罪判決を受けました。
 
  

【相次ぐ、政治的動機に基づく暴力事件】

<2021年1月6日 アメリカ連邦議会乱入事件>

おととし(2021年)1月、アメリカ大統領選挙の当選者を確定させるための手続きが行われていた連邦議会議事堂に、選挙結果に不満を持つトランプ前大統領の支持者らが乱入した事件。警察官など5人が死亡しました。

去年(2022年)、アメリカ議会下院の特別委員会では、トランプ氏が大統領選挙の結果を覆そうとさまざまな試みをしたとし、事件への直接の責任があると結論づけています。
 

この事件に影響を及ぼしていたとされているのが、陰謀論です。
メリーランド大学の研究グループでは、少なくとも61人のQアノン信者が事件に参加していたと報告しています。

ーーーーーーー
※注釈:Qアノン。「Q」はインターネットの掲示板に投稿を始めた謎の人物が名乗った名前で、「アノン」は匿名を意味する「アノニマス」の略。Qの主張を信じる人々はQアノンと呼ばれています。

「アメリカの政財界やメディアは“ディープ・ステート(闇の政府)”に牛耳られている」「世界は悪魔を崇拝する小児性愛者によって支配されている」などの陰謀論を掲げています。
ーーーーーーー
 

このほかにも、陰謀論による影響を受けたとされる事件が相次いでいます。

2022年10月末、民主党のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の自宅に男が侵入した事件。
ペロシ下院議長は不在でしたが、夫のポール氏が「知らない男が自宅にいる」と警察に通報。警察官が駆けつけましたが、ポール氏はハンマーで男に殴られ、頭蓋骨骨折の重傷を負いました。

<デビッド・デパピ容疑者>

逮捕されたのは、デビッド・デパピ容疑者。
起訴状によると、容疑者は「ナンシー氏を人質にとるつもりだった」と述べ、政治的動機による犯行だったと報じられています。

専門家は、容疑者が陰謀論から強い影響を受けていたと指摘しています。
 

<ISD OSINTスペシャリスト ケビン・レイズ氏>

「(容疑者のブログに)『Q』というタイトルの記事がありました。これはQアノン陰謀論に関するものだと思われます」

「ユダヤ人や女性に関する内容の記事もありました。それらを総合すると、容疑者は膨大な数の陰謀論や憎悪に満ちた信念に、大きく影響されていたことが分かったのです」

<容疑者のブログ画面(現在は削除)※画像提供:ケビン・レイズ氏>  

【政治への関心高まるなか のめり込んだSNS】

なぜ陰謀論が、暴力的な事件と結びつくのか。答えを知りたいと、私たちは当事者であるスイートさんに話を聞きました。

<娘2人を育てていた頃のスイートさん>

妻と離婚し、大工仕事や、水産業の日雇い労働などをしながら、幼い娘2人を男手一つで育ててきたというスイートさん。

政治に強い関心を抱くようになったのはリーマンショックの頃でした。

アメリカ経済が不安定になるなか、自身も収入が減少。政権に対して強い不満を感じるようになったといいます。

その後、スイートさんの心をつかんだのがトランプ前大統領でした。
 

「私はトランプ氏が善人で、アメリカのために大きな意図を持っていると信じている。だから彼を支持するんだ。彼はすべてのアメリカ人のためにいる」

<政治応援をするスイートさん>

その後、トランプ氏を応援しようと、積極的に政治活動に参加するようになったスイートさん。
次第に、テレビや新聞などの主要メディアを見るのをやめ、SNSだけに没頭するようになったといいます。

<SNSを使うスイートさん>

「(主要メディアは)すべてうそのかたまりで、仕組まれたものだ。子どもたちを洗脳している」

「(ソーシャルメディアを)調べれば、答えは見つかるはずだ。真実はそこにあって、ただ探せばいいだけ。主要メディアは答えを提供しないから、私はそんなことに時間を使わない」  

【なぜ議会に乱入したのか】

そして2年前の1月6日。

スイートさんは、選挙で不正がおこなわれたという思いから、トランプ氏の呼びかけに応じて連邦議会前でのデモに参加。議会の前へと向かいました。

現場に到着すると、既に混乱状態だったというスイートさん。
そのとき目の前に、議会の中へと続くドアがあることに気づきました。
そして、自分の声を聞いてほしいと、議会の中へ侵入したといいます。

<連邦議事堂内で自身を撮影した写真>  

「『入っていいのでしょうか?』と私が尋ねると、神は私に語りかけたんだ。『行け。行け。行け』と」

「この国で起こっていることについて自分の意見を述べようと、下院でも上院でも誰でもいいから話をしようと思ったんだ」  

事件から2年がたったものの、自身の行動は誇らしいと考えているスイートさん。
事件は仕組まれたものだったと主張。自分たちは平和的に抗議をしようとしただけで、暴力に訴えるつもりはなかったといいます。

「私は誰かに嫌われるようなことはしていない。そしてこれからも、そうすることはないだろう」

「もし私がこの国の転換の一端を担えたなら、平和的に何かをすることでそれが助けになるのなら、私は誇りに思います」  

【“より過激な思想に染まる可能性ある” 警鐘を鳴らす専門家】

スイートさんのようにSNSにはまり込むことで、より過激な思想を持つ危険性があると指摘するのが、ジョージワシントン大学のニール・ジョンソン教授です。

<ジョージワシントン大学 ニール・ジョンソン教授>

ネット上の過激グループの動向を研究するジョンソン教授は、フェイスブックやインスタグラムといったSNSなどにある過激グループのページに、ほかのSNSやネット掲示板へのリンクがいくつあるのかを調査。

すると、過激グループが、規制の多い主要SNSから、規制の少ないSNSのテレグラムやネット掲示板に人々を誘導していることが分かったといいます。

<別のプラットフォームへのリンクの割合(ニール・ジョンソン教授のレポートより)>

ジョンソン教授はその誘導先で、人々がより過激な思想に染まる可能性があると指摘します。

「ある過激派グループは、フェイスブック上では非常に穏やかな存在感を示していて、閉鎖されるような投稿もしていませんでした。しかし彼らはGabや4Chanといった別のプラットフォームにリンクさせ、そこに過激な素材を投稿しているのです」

「特に若い人たちがリンクをクリックして別のプラットフォームに引き込まれ、そこでより過激なアイディアを魅力的なかたちで目にすることになります。そしてより過激な考えを持って、メインストリームに戻ってくるのです」  

【“つながりを保つことで父の変化を待ちたい” 娘の思い】

スイートさんの家族は、いま、どんな心境なのか。
連邦議会乱入事件で逮捕されたダグラス・スイートさんの長女、ロビンさん(37歳)です。

<ダグラス・スイートさんの娘のロビンさん>

自身も家庭を持ち、いまは別々の場所で暮らしているロビンさん。

3年前、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動へのデモに参加したことを父・ダグラスさんが知り、政治に対する意見の違いで、関係が悪化したといいます。
 

<BLM運動に参加するロビンさん(手前の女性)>

「父は電話口で怒っていました。私が左翼グループの仲間だと確信していました」

「父は物事に白黒をつけて、『こうでなければ正しくない』『私の考えと違うならあなたは間違っている』と考えている気がします」  

その後、連邦議会乱入事件のニュースで、父の逮捕を知ったロビンさん。
当初は何が起こっているのか理解できず、恐怖心や恥ずかしさを覚えました。

しかし、父のすべてを否定せず、それでも家族として愛することで、次第に考えを改めてくれるのではないかと信じているといいます。
 

「父は本当に誤解しているのだと思います。自分の信じるものに従っていますが、それは良心からのものです」

「もし私たちが一緒にいたらこう言います。『政治や宗教の話はやめよう。人生や未来、よい話だけでいい』。本当にそう思います。彼が別の視点から物事を見ることができるようになることを、ただ願っています」  

【取材後記】

SNSなどが広く浸透したいまの社会では、スイートさんのように、当初は政治的な関心を抱きながら、いつの間にか陰謀論の情報を受け入れてしまう人は他にも大勢いると、専門家も指摘していました。

当然ですが、スイートさんが行ったことは、決して許されることではありません。

しかし、そうした言説を受け入れた当事者たちへの取材を通じて感じたのは、彼らを頭ごなしに否定してはいけないということでした。「自分が否定されているのは、彼らにとって不都合なことだからだ」と思わせてしまい、よけいに陰謀論を信じ込ませてしまうからです。

陰謀論を受け入れた人物が過激な思想に染まるのをどうすれば防ぐことができるか、難しい課題ですが、ロビンさんのように、少なくとも大切な人を孤独に追いやらないことは、その答えのヒントなのかもしれないと感じました。
 
 

安 世陽

2015年入局
新潟局を経て現在は「国際報道2023」などを担当