旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接に話しをしたこともある石川一洋専門解説委員。プーチン氏の頭脳とも呼ばれるドゥーギン氏を実際に取材したこともあります。ドゥーギン氏とはどんな人物でプーチン大統領にとってどういう立ち位置だったのか、また娘の殺害について読み解きます。
(この動画は5分40秒あります、2022年8月22日に放送したものです)
ドゥーギン氏の娘殺害は誰が?なぜ?どのようにおきたのか
油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):事件はどのようにおきたのでしょうか。
石川一洋専門解説委員:ドゥーギン氏と娘のダリアさんは、モスクワ郊外で開催された「伝統」というロシアの愛国主義を前面に出した音楽文化フェスティバルに参加し、その帰り道でした。ロシアのメディアは「ドゥーギン氏も娘の車に同乗するはずだったが直前に別の車で帰ることにした」としています。父親のドゥーギン氏が狙いだったのではとの見方も出ています。娘の爆殺現場で呆然とするドゥーギン氏の映像もテレグラムなどSNSで拡散し、非常に社会的な影響が大きな事件となっています。
油井:焦点は誰の犯行かということだと思いますが?
石川専門解説委員:先ほどロシアの連邦保安局FSBが「暗殺の背後にはウクライナの治安機関があり、実行犯はウクライナ国籍の女性で犯行後エストニアに逃亡した」と発表しました。ロシアの愛国主義勢力では、ウクライナに容赦なく報復すべきだという声が上がっています。FSBが公式にウクライナだとしたことによって、今後攻撃の拡大に利用される懸念も深まっています。ただそれだけに果たして本当にウクライナが関与したのか、私には疑問です。ウクライナにとって全く利益にならないからです。
"プーチン大統領の頭脳"ドゥーギン氏とはどんな思想家なのか
油井:ドゥーギン氏は"プーチン大統領の頭脳"ともいわれていますが、どのような思想家なのでしょうか?
石川専門解説委員:ひと言で言うとロシアの独自性を追求する反欧米の思想家です。2012年プーチン氏が大統領に復帰するとき、ロシアの大都市では親欧米のリベラルな人々を中心に大規模な反プーチンデモが起きたのですが、ドゥーギン氏は愛国主義と反リベラリズムの立場からプーチン支持の社会運動をおこしました。リベラルは欧米に操られる外国のスパイ第五列だという批判を繰り返したのです。
石川専門解説委員:私が取材した当時、ドゥーギン氏は「プーチンはロシアの主権の最後の保証・担保だ。しかし出来の悪い担保だ。欧米はプーチン政権を転覆させようとしている。プーチンはロシアの守り手だが出来の悪い守り手だ。リベラリズムの二股をかけようとしている。愛国主義とリベラリズムという両立不可能な路線だがいまだにその二股を続けている」とプーチン氏も優柔不断だと批判していました。
油井:プーチン大統領にも批判的ですね。
石川専門解説委員:ドゥーギン氏は、プーチン大統領に圧力をかけて、リベラリズムを切り離せさなければならないと強調していました。ドゥーギン氏はプーチン大統領と直接面会する側近ではありません。ドゥーギン氏は、ロシアはヨーロッパとアジアにつながるユーラシア国家であり、アメリカによるグローバリズムやリベラリズムはロシアにとって害毒だとして、反欧米のロシアの独自性を強調するネオユーラシア主義の代表的な思想家です。しかもそれを政治運動として現実の政治に影響力を及ぼしてきました。社会的影響力は大きい思想家ですが、共産主義なきソビエト連邦の復活を目標として、欧米との協調よりもむしろ対立が深まったほうがロシアは本来の姿になる、徹底した反グローバリズム国際協調の敵対者といえます。
油井:今後のプーチン大統領の動きにはどのような影響が考えられるでしょうか。
石川専門解説委員:ドゥーギン氏は外からプーチン大統領に影響を与えてきて、2014年のウクライナ危機以後、いわばプーチン大統領自身がどんどんドゥーギン化していったともいえるでしょう。
石川専門解説委員:今回の“プーチンの戦争”、ウクライナへの軍事侵略でも、ドゥーギン氏は「真のロシア人であるかないかをそれぞれが選択する思想的な戦いだ」としてロシア、ウクライナ、ベラルーシのスラブ連邦を作ることを戦争目的とすべきだとまで述べています。
石川専門解説委員:ただクレムリンにとっては、ドゥーギン氏らの極右愛国勢力は支持勢力であるとともに制御できなくなるという危険性もはらんでいます。プーチン大統領がもしも何らかの形で停戦交渉に踏み切る場合、ドゥーギン氏が反対勢力の中心となる可能性もあります。プーチン氏にとって管理不能なやっかいな思想家という側面もあります。