旧ソビエト時代から長年ロシア取材をし、プーチン大統領に詳しく、側近とも直接、話したこともある石川一洋専門解説委員がロシアを読み解きます。
(この動画は6分10秒あります、2022年9月1日に放送したものです)
油井秀樹(「国際報道2022」キャスター):ロシア軍はウクライナで手一杯という印象があるのですが、この時期に極東で大規模な軍事演習を行う必要性はあるのですか?
石川一洋専門解説委員:このボストークはウクライナ侵攻前から、ことし行うことが計画されていました。 もしこれが中止なり延期なりすれば、ロシア軍に極東で軍事行動を起こす余裕がないことを示してしまいます。ロシアとしてはウクライナを全面支援するアメリカとの対立が深まる中だからこそ、なんとしても演習を行う必要があったと言えます。極東では、まだ日米同盟に対抗する余力があると示したいところでしょう。
石川専門解説委員:ただ前回2018年には30万人が参加したのに対し、今回の参加兵員は5万人と大幅に減少しました。極東の東部軍管区からもウクライナに派遣されて多数の戦死者が出ています。この演習は図らずもロシアの苦しい状況を示しているといえるでしょう。
油井:さらに演習の日程も当初は8月30日から開始の予定でしたが、直前になって9月1日開始と変更になりましたよね。これはどうしてなのでしょうか?
石川専門解説委員:まったく異例です。ボストークは極東で4年に一度必ず実施されるもので、中国など重要な友好国の軍隊も参加します。
石川専門解説委員:1か月前にロシア国防省は8月30日から9月5日まで、極東13か所の演習場で行うと公式に発表しました。それが開始前日8月29日に変更され、9月1日から7日まで演習は7か所に減りました。1か月前に日程が決まり、すでに中国、ベラルーシという重要な友好国の軍隊が到着する中、直前に変更するのは極めて異例です。
油井:アメリカのシンクタンクの発表では、プーチン大統領はショイグ国防相ら軍の指導部への信頼を失い、軍事侵攻の現場指揮官と直接やりとりしていると指摘しています。これ実は石川さんが以前から指摘していたことですが、演習にも影響がでるのでしょうか?
石川専門解説委員:演習には大統領も参加しますが、直前の日程の変更はプーチン大統領とボストークの指揮をとる国防省のショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長ら指導部との間の意思疎通の欠如、大統領の信頼の低下が如実に示されたものといえます。プーチン大統領は来週、極東を訪問して演習とウラジオストクの東方経済フォーラムに参加するとみられています。演習と経済フォーラムは、アメリカや日本に対し「ロシアは軍事面、経済面で決して孤立していない」ということを示す重要な政治的イベントと位置づけています。
油井:今回の演習には中国やインド、シリアなど13か国が参加するとしています。前回に比べて参加する国を増やした狙いはどこにありますか?
石川専門解説委員:前回は中国とモンゴルだけだったのが今回、アジア・アフリカ・中東や旧ソビエトの友好国を招くことで、ロシアの最新兵器に対する信頼を取り戻したいという武器輸出国としての思惑があると思います。背景には、ウクライナの戦場でアメリカの最新兵器がロシアより効果的だと証明されたことがあります。ボストークではドローンなどを使った軍事革新に合わせた演習も行い、ロシア製兵器は実戦的だと示したいのでしょう。
石川専門解説委員:軍事的に意味があるのは中国の参加です。中国は今回、陸、海、空の三軍が参加し、ロシアとの軍事協力を重視していることを示しました。この両国が日米同盟に対してどこまで実質的な軍事作戦の連携を深めるのかが焦点です。
石川専門解説委員:なんといっても気になるのは演習場所は削減されたにもかかわらず、中に北方領土の2か所の演習場があることです。日本政府は抗議しましたが、日本へのあからさまな挑発といえるでしょう。日本海、オホーツク海、北方領土周辺海域でもこれまでにない訓練地域が指定されています。参加するロシア軍の兵員は大幅に少なくなりましたが対日米同盟という観点では中ロがより実戦的な、挑発的な演習を行う可能性があります。
石川専門解説委員:ロシアのメディアは、中ロは日本海やカムチャッカ半島のオホーツク側で敵の艦隊、空軍、そして潜水艦部隊を撃破する共同訓練を行うと伝えています。またロシア太平洋艦隊が島を敵の空挺部隊などから防衛する訓練も含まれると言うことで、これが北方領土での演習と関連するかもしれません。
石川専門解説委員:プーチン大統領はアメリカ中心の国際秩序に反対し「新たな多極的な国際秩序」を中ロ連携を軸に構築しようとする姿勢を来週極東で軍事面でも経済面でも誇示してくるものとみられます。