ベラルーシ反政権派のリーダー、チハノフスカヤ氏のインタビュー後半は、さらに深く彼女の心の内に迫ります。彼女が大統領選に立候補するきっかけとなった、夫セルゲイ氏の存在。人気ブロガーだったセルゲイ氏は、市民の支持を受けて大統領に立候補を検討していたところ、当局に拘束されました。チハノフスカヤ氏は、夫に代わって1人、立候補を決断しました。知られざる家族への思い、そして将来への決意と祖国への理想を聞きました。
全ては愛する家族を守るため
―夫とはどのようにコンタクトしていますか?弁護士経由のみですか?
チハノフスカヤ氏:ええ、弁護士経由のみです。何かを伝えようとしても、秘密は守られず、面会はカメラで撮影されます。これは、本当は法律違反だそうです。そういう状況なので、彼に伝える言葉選びは慎重になります。以前は長い手紙を書いて、弁護士に渡してもらいました。状況を詳しく書きました。"誰が何をやっているのか"といった一文も今はもう不可能です。"子供たちが元気でやっている"とだけ書いています。"頑張ってね""徐々に全世界が応援してくれている""戦いは引き延ばされていて、とても大変だ"とかですね。
(夫セルゲイ氏とともに)
今や、"政治犯"として拘束されている人に手紙を書いたり、支援のために裁判を傍聴しても、当局から迫害されています。これはもう弾圧マシーンです。ただ、こうした弾圧が行われても、人の心の内にまで手を出せません。それは何をもってしても、根絶することはできません。人々は、負けても闘いを継続していきますので、政権の弾圧システムは疲弊していくのです。
―母であると同時に政治家であるというのは、大変なことではありませんか。
チハノフスカヤ氏:大変です。以前ほど子供に十分な注意を向けてやれていないことで、いつも罪悪感があります。かつては子供たちとばかり過ごしていましたから。"たくさん遊んであげられなかったな"とか、"本を最後まで読んであげられなかったな"とか。でも今は、私は"自分の目標が大事だ"と理解しています。
―お子さんたちもそれを理解していますか。
チハノフスカヤ氏:いいえ。娘はまだ5歳ですから、単に母親が仕事をしているというくらいの理解で、新しい環境にもすぐに順応しました。11歳の長男は分かっています。私の役目を完全に理解しているとは思いませんが、父親が刑務所にいて、彼が自由のため、ベラルーシのために戦っていること。そして、"悪いおじさんのルカシェンコがベラルーシ人を抹殺しようとしている"ということは分かっています。そういうことは全て、彼なりに理解しています。
―あなたの今の役目について話したことはありますか。
チハノフスカヤ氏:息子とは話したことはありません。"ママは何者だと思う?"と聞いたことがありますが、彼は"ママは大統領だ"と答えました。彼は大統領がどういうものなのか完全には理解していないかもしれません。まだ子供ですから。特別にそういう話をしたいとは思いません。子供は子供らしくあるべきです。
―身の安全についてはどう感じていますか。あなたには護衛が2人ついていますし、(毒を盛られるリスクを防ぐために)自分専用の水も持っています。
チハノフスカヤ氏:水に関しては、ちょっと大げさですね。こんな水は誰にでも買えます。普通の水ですよ。リトアニア政府は、私専用の護衛をつけてくれました。それには非常に感謝しています。自分は安全だと思いたいです。ただ、もし誰かが、私を殺そうという目標を立てたとしたら、それを実行するのは可能だと思います。
(護衛に囲まれたチハノフスカヤ氏 2021年6月 ワルシャワにて)
―身の危険を感じる瞬間はこれまであったのですか。
自分の命が狙われているということですか?いいえ。ただそれについては考えないようにしています。ベラルーシでは人々が殺され、殴られ、何の医療支援も受けられないでいるというのに、自分の身の安全についてなど考えていられるでしょうか。そんなこと考えられません。
―お子さんたちの安全はどう考えていますか。
チハノフスカヤ氏:私はまだ、体制に最後の良心のかけらが残っていると信じています。そのような手段が取られないことを強く願っています。彼らが何をしでかすかは誰にも分かりませんが、今のところ、私は落ち着いています。もしそれについて考え始めたら、どんどん自分を追い詰めることになり、座して死を待つだけになってしまうかもしれません。だから考えないほうがいいのです。自分と子供たちを守るためにできる限りのことをするだけです。
―あなたは外国への移住を余儀なくされるなど大きく人生が変わりましたが、それはあなたの性格・人格に何らかの変化をもたらしましたか。
チハノフスカヤ氏:人間が変わったとは思いません。私に備わっていた素質、例えば、優しさや哀れみの心といったものは今も残っています。唯一、おそらく言えるのは…。私はとても人を信用するタイプでした。周りの人たちも私に対して信頼を持って接してくれました。人生で出会った大半の人たちは良い人たちでした。それが今は、無意識のうちに人を疑ってかからなければならなくなりました。"もしかしたらこの人は特別に送り込まれた人かもしれない"とか、"私に何を求めているのだろうか"とか。つまり"何か自分に対して、何か悪意があるのではないか"という感覚が常に付きまとっているのです。そういう慎重さとでもいうものでしょうか。
プロパガンダ的な攻撃に対しては少し強くなったと思います。以前は、とても辛く感じていました。SNSでの私に対する侮辱とか。ただその後、時間が経つにつれ、そういうことは全て特定の目的のもとに行われているもので、自分には全く関係ないと思えるようになってきました。ですから、時々そういうものを目にすることがあっても、あまり深刻に受け止めることはなくなりました。
―以前の日常に戻りたいと思うことはありますか?もうやり尽くした、疲れたから、以前の生活に戻る、と。
チハノフスカヤ氏:そうですね。どんな人間にも能力の限界があります。でもここでは、人は自分の能力以上の仕事をしています。もちろん時々、「もう無理、もうできない」と思うことはあります。責任の重さ、私に投げつけられる政治的な攻撃の重さ…。我々が仲違いしているとか、全てが薄汚い内容です。
でも自分には、元の生活に戻る権利がないこともわかっています。それはできません。ベラルーシの人たちが私を信じてくれました。私もベラルーシの人たちを信じています。私には私のチームもいます。だから、元の生活に戻ることはできません。できるわけないです。どうやったら普通の生活に戻ることなんかできるでしょうか。数千人が"政治犯"として拘束され、その中には自分の夫であり、子供たちの父親もいるのです。子供たちは毎晩、「パパはいつ戻ってくるの?」と聞いてきます。時には自分で自分の襟首をつかんででも、先に進むだけです。とにかく私に選択権はありません。
―あなたが今やっていることは、人生の使命だと思いますか、それとも任務でしょうか。言葉にするのは難しいと思いますが、あなた自身はどう受け止めているのでしょうか。
チハノフスカヤ氏:もちろんそれは、使命に近いものです。ただ「使命」というと何か情熱的に聞こえますよね。ですから私はこの言葉を使いません。でも「任務」というのもまた少し違います。誰かから課題を課せられたわけではありませんから。それはベラルーシ人、一人一人の課題であり、私は今、皆とともに目標に向かって進んでいます。もしかしたら、ひとまとめに表現するならそれは「宿命」と言えるかもしれません。
人生を賭けて実現させたい自由な社会
―あなた自身、ベラルーシの政治・社会にあるべき価値観とはどんなものだと思いますか。
チハノフスカヤ氏:私たちが今経験していることを踏まえると、最も重要なのは、新しいベラルーシでは、人々が安全で自由だと感じられるようになることです。これが最も大事な価値観です。もちろん経済発展や諸外国との関係回復なども大事です。それらは残念ながら現在は欠如しています。たった1人の人間が、政策の全てを左右するようなことがあってはなりません。あらゆる面での国の発展。これを私たちは目指しています。
―短期及び長期的な外交戦略についてお伺いします。外交上の最終的なゴールはどこにあるのでしょうか。そして、もちろんベラルーシの将来像についてもお聞かせください。
チハノフスカヤ氏:ベラルーシに関して言えば、目標は1つ、新たな選挙です。選挙を実現するには、もちろん、体制側の代表と協議しなくてはなりません。ただその代表はルカシェンコ氏以外であるべきです。それは、何かしら人間的な要素を持っている人々であるべきです。確かに、彼の同意なくして実現はできないでしょうが。とにかく協議と新たな選挙が必要です。それがうまくいくためには、とにかく圧力をかけて、かけて、かけまくる、外からもかけ続ける必要があります。それが私たちの戦略です。
ベラルーシの人々を支援しながら、その一方で、公平さを保つために、体制側の誰もが罰を逃れることがないようにしなくてはなりません。犯罪に関するデータを集積したものをどこか安全な場所に保管しなくてはなりません。繰り返しますが、体制は永遠には続きません。どちらにせよ、遅かれ早かれ、全ては変わりゆくのです。もちろん皆、できるだけ早くと思っているでしょうが。誰ひとり、恐怖を抱きながら外を歩かなくてもよくなるように、私は自分の責任を果たすつもりです。
―EUや国際社会はベラルーシにもっとアクションしてくれると期待しますか?
チハノフスカヤ氏:ドイツがルカシェンコの犯罪に対し、裁判を起こすことをお聞きになったと思います。私はこの件に特別な注意を払ってくれるよう、書簡にサインをしました。それが早く行われるように。これは実際のところ、とても重要です。どんな一歩も重要です。このような政治的モーメントでは…お分かりでしょう。今、ルカシェンコは、みんなが我々のことを忘れることを望んでいます。我々が、誰にも必要のない人間だと見せつけたいのです。彼一人ですべてを統治し、人々を最大限、投獄し、みんなを静かにさせる、と。静かにさせるといっても、それは警棒と暴力によってですが。
(マクロン大統領との会合)
そして、「ご覧ください、我が国はすべてうまくいっています」という自分のゲームを再び始めるのです。「どうして制裁などいるのですか?どうして我々に注目するのですか?私はすべてをコントロール下においています」と。そんなふうにならないために、常に国際社会の視界に入っていなければなりません。そのために私の各国への歴訪があり、書簡へのサインがあります。我々が焦点を失わないように。
EUの関心を引く多くのことが世界中で起きています。でもベラルーシで起こっていることは、私たちの痛みです。私たちの義務です。私たちを忘れさせてはなりません。私は、EUがもっと多くのことをしてくれると確信しています。時々、彼らがあまりに慎重すぎるよう、私には感じます。2011年のことと比べましょう。当時、"政治犯"はそれほど多くはありませんでしたが、大規模な制裁が行われました。それが"政治犯"の釈放に大いに助けになりました。今は、刑務所に数千人の"政治犯"がいます。それなのに、たったこれだけの短い制裁書簡であるというのは、とても奇妙な感じです。
(当局に拘束されたジャーナリスト 2021年2月)
正直言って、奇妙に見えます。でも私たちの問題を取り上げ、私たちを忘れないでいてくれる特定の国々や、特定の人々がいます。そういう国々に私が行って、大統領や首相と会談すれば、ベラルーシのことは議題から外れません。今、米国も加わりました。私たちはとにかく成功します。体制はもう長くはないです。もちろん暴力が起きないことを願っています。今、ベラルーシで起きていることや、経済の低迷は、すべて政権のせいです。他の誰のせいでもありません。彼らは制裁によって生じている問題を簡単に解決することができます。権力を維持するために、これほどの犠牲者を出すような、わけのわからない意図を捨てて、交渉の席につくことによってです。彼らは国のこと、国民のことを考えなければなりません。残念ながら、今のところ、彼らが考えているのは、自分たちのことだけです。
EUはもっと早く決断すべきです。官僚主義がはびこり、たくさんの問題があります。でも一方でEUにはとても感謝しています。選挙の結果に対し、迅速に反応してくれました。ルカシェンコの当選は"合法的ではない"と声明を出しました。重要なのは一貫性を維持することです。ロシア語で何というか忘れましたが。あなたは合法的ではありません。あなたと話をすることはできません、と。彼は何者でもなく、どんな書類にもサインをすることはできません。今、クレムリンとの何らかの文書や、国内の法令や命令にサインをしても…。
―今回、本当にありがとうございました。
チハノフスカヤ氏:ええ、ありがとうございます。でも、「私のおかげで奮起できた」等といった感謝の言葉を掛けてもらうことには、今でも慣れていません。一人一人のベラルーシ人が行っている以上のことを自分がしたとは思っていませんから。もしかすると最初の段階においては、主人の代わりとしての自分の行動があったかもしれませんが、あれは自然の成り行きであり、何ら英雄的な行為ではありませんでした。その後、もしかすると何らかの英雄的要素もあったのかもしれません。例えばバリケードに向かったときなどのことですが、マーシャ(マリヤ・コレスニコワ氏)にもヴェロニカ(ヴェロニカ・ツェプカロ氏)にも全く同じ英雄的行為の瞬間はありましたし、そしてピケに参加した一人一人や、デモに参加した一人一人にもそれはありました。ですので、私は「スヴェトラーナ、あなたはベラルーシのためにどれほど多くのことをしてくれたのでしょう」といった言葉を受け入れることができないのです。私は他の人たちと同じ人間なのですから。