映画監督・是枝裕和 韓国映画学生との8つの対話“自分の切実な問題こそ世界に届く"

NHK
2022年11月14日 午後2:52 公開

10月13日「国際報道2022」で紹介した韓国映画の躍進を支える映画学校「韓国映画アカデミー(KAFA)」。ポン・ジュノ監督はじめ才能ある映画人を次々と輩出するこの学校に、日本を代表する映画監督・是枝裕和さんも関心を持ち、学校を訪問しました。その時行われたのが、是枝監督とKAFAの学生たちによる特別対談です。映画製作に携わらない人にも必見の濃い対話の連続でした。たっぷりお伝えします。

(ソウル支局ディレクター 長野圭吾)

対談が行われたのは2021年12月、韓国・プサン。

是枝裕和監督は韓国を舞台に製作した最新作『ベイビー・ブローカー』の仕上げのため、韓国に長期滞在中でした。

韓国でもファンの多い是枝監督。

その映画作りの秘密に迫ろうと、卒業を間近に控えたKAFA38期生の3人が中心になって、さまざまな角度からの質問が飛びました。

Q1:日韓の映画現場の違いは?

学生:まず監督の近況について知りたいです。新作映画『ベイビー・ブローカー』は韓国での作業でしたので、コミュニケーションが大変だったと思います。日本の映画現場との違いはどうでしたか?

是枝裕和監督:コミュニケーションはね。いつも通訳さんに入ってもらって極力ことばのストレスがない状況は作りました。カメラマンはだいたい分かるよね。こうするのか、こう振るのか。ことばがなくても大体通じるようになるので、途中からことばはいらなくなりました。

是枝監督:「働き方改革」は韓国でもあることばなのかな?韓国の撮影現場では、1日の労働時間がすごく厳密に決められていて、週で働く時間も決まっている。感覚でいうと1週間に4日くらいしか撮影してないんじゃないかな。3日休みみたいな。こんな体が楽でいいのかなっていうぐらい。もう一つはね、スタッフがみんな若い! 本当にみんな若くて、20代30代がほとんど。それはちょっと驚きでした。若い人が現場で生き生きと働いているのはいいことだし。韓国という国における映画産業自体がまだ若いから、観客も作り手も書く人も、みんな若いエネルギーに満ちている感じはすばらしいなと。

Q2:韓国映画との出会いは?

学生:監督は韓国映画にいつ、どんな作品を見て関心を持つようになったのでしょうか?

是枝監督:僕のデビュー作『幻の光』が1995年公開で、それくらいから韓国映画に触れ始めた。最初に衝撃を受けたのが『ペパーミント・キャンデイー』(イ・チャンドン監督)だった。その後もイ監督の『オアシス』や『シークレット・サンシャイン』を見た。さらにポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』があったけど。僕は『殺人の追憶』を試写室でみたけど、それを見た人が、すごいやつが韓国から出てきたって、みんな口々に言っていてさ。みんな脱帽って感じ。これはすごいなって。今でも覚えているけど。そんな出会い。

Q3:作品の題材 どう見つける?

学生:是枝監督は社会的な問題を映画のテーマに扱ってきましたが、どう探すのですか?『誰も知らない』では、監督が直接経験できないネグレクトされた子どもたちの感情をどうやって想像して具体化させていくのか、その過程が知りたいです。

是枝監督:もちろん周辺の取材はします、いろいろ。でも何か映画の題材になるような社会的なイシューを探しながら、毎日生きているわけではないです。ただ時々、自分の琴線に触れるというか、ひっかかる事件があって。『誰も知らない』に関して言うと、映画では母親にネグレクトを受けていた主人公のお兄ちゃんが、死んでしまった妹をスーツケースに入れて、空港のそばに埋めにいっています。  

『誰も知らない(2004年 是枝裕和監督)

母親に捨てられ、アパートでこどもたちだけで暮らす4人。生活費がなくなり、電気・水も止められる中、妹と弟を懸命に守ろうとする12歳の少年の目線を通して、ネグレクトの現実が描かれる。東京で実際に起きた事件をモチーフにした作品。

実際の事件では山に埋めにいっている。「レッドアロー号」という特急電車に乗って。その「レッドアロー号」というのは、僕が子どもの時に見ていたとてもかっこいい電車で、僕が暮らしていた駅には止まらないんだよ。通過していっちゃう。うわー、これいつか乗りたいなって思っていたの、小学校の時。裁判のプロセスでは、電車に乗ったのは死んだ妹を隠すために山に埋めにいった死体遺棄だ、証拠隠滅だっていう風に扱われたわけ。だけど僕は、ああ違うなと思ったの。これ絶対電車に乗せたかったんだと思ったの。埋めたい、隠したいではなくて、一緒に電車に乗りたかったんじゃないかって、勝手に思ったの。本人に聞いたわけじゃないから分からないよ。でもその電車を見て育った自分には、絶対にそうだという確信があったから。その確信で作ろうと思ったの。だけどそれが事実かどうかは分からない。だからフィクションで作っているんだけど。

学生:

監督は普段、映画の題材を決める時、監督が興味を持っているテーマからスタートしますか。どんな観客に見てもらいたいのか、ターゲットとなる観客のことも念頭に入れてこれらを展開していくかが知りたいです。

是枝監督:テレビで働いていたときに言われたことがあってね。おっかない先輩から。 「視聴者などというものに向かってものを作っても、誰にも届かないから、誰でもいいから、誰か1人。それは両親でもいいし、田舎のおばあちゃんでもいいし、彼女でもいいし、自分の子どもでもいいから、誰か1人に向かって、その人の顔を思い浮かべながら作れ」っていわれたの。「その1人に向かって語りかけたことばが、結果的に多くの人に伝わるから。最初から多くの人に伝えようと思うな」って言われて。それは20代で言われたことばだけど、いまも自分はそうしている。そういうつもりで作っている。それはテレビをやろうが、映画をやろうが、配信のドラマをやろうが変わらない。

Q4:子どもの演技 どう引き出す?

学生:子役の演出についてお聞きしたくて。『誰も知らない』の場合は、子役にセリフがありました。子役に対して、どうディレクションをしていたのか、そのノウハウなどが知りたいです。

是枝監督:『誰も知らない』では、子どもには台本は渡してない。でも自由にしゃべっていいよってことではなくて、僕が耳元でセリフをささやいて「お母さんにこういってごらん」「お兄ちゃんにこう言って」とか、その場で伝えていく感じ。だからセリフを文字じゃなくて音で入れる、耳を使うということを徹底するんですけども。

是枝監督:そのシーンの状況は聞かれれば答える。だけど順撮り(シナリオの冒頭から順を追って撮影)で撮っていくと、なんとなく子どもも状況はつかんでくるんだよね。面白いことに。聞かなくても分かる子はわかっちゃうし。全部の子どもに通用するわけじゃないんですけども、そのやりかたの方が台本与えられて、セリフを覚えてきて、お芝居をするよりも、リラックスして楽しいと思える子が、100人会うと4~5人いる。日本では。

Q5:監督デビューの不安 どう乗り越える?

学生:ここにいる学生たちは監督デビューを目指しています。是枝監督は、初めて長編映画に挑戦した時の不安はなかったですか?いま再びご自身のデビュー作『幻の光』を見て、素晴らしいと思う場面と、こうすべきではなかったと思われる部分などありますか?

是枝監督:もう全部撮り直したい!(笑)デビュー作は本当に、気合いが入り過ぎちゃって。クランクインの前に絵コンテを全カット書いて、色も塗って、秒数まで書いて、設計図つくっちゃったんだよな。それで現場に入った時に、その設計図から離れられなくなっちゃったの、自分が。今見るとすごく窮屈なんだよな。

<是枝監督が『ベイビー・ブローカー』で書いた絵コンテ>

是枝監督:それが失敗だったなと気づいたのは、すごく尊敬している台湾のホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督に見てもらったの。すごく率直に言われたのが「技術的にはすばらしいけど、おまえ撮影する前に全部絵コンテ書いただろう」って。「その役者の芝居をどこから撮るのが正しいか?ということが、なんで芝居を見る前に分かるんだ。それが最初に決まっているというのは、決定的に間違っている」って言われて。その通りだなと。だからアドバイスがあるとすると、設計図を書くことはもちろん大切だし、いろんなパターンを想定しながらシミュレーションした方がいいと思うけれども、現場でそれを超えるものをどう見つけるかということを、監督は俳優とスタッフと一緒に探って、発見していくといいと思うよ。そういう姿勢がいいと思うけど。

Q6:作品を世界に届けるには?

学生:韓国映画はいま世界で注目されています。全世界の人々が共感できる素材やアイテムを考慮しなければならないんじゃないかと悩む時があります。

是枝監督:全世界のことは考えなくてもいいんじゃないの?よくね、動画配信の人たちと話していてもさ、すぐそういうんだよ、世界100か国以上配信とか!でもさ100か国の人に通じるテーマを考えようと思ったってさ、考えようがないと思わない?作りたいものが薄まるだけの気がするんだよね。たぶん自分の経験からいうと、グローバルとかインターナショナルとか考え始めた時点で、作り手はね、何か間違うよ、きっと。だったら自分の手の届く、目に見える世界の中で、一番自分にとって切実な題材を深く掘るという作業の方が、たぶん届くと思うけど。地球の裏側に。

是枝監督:それは必ずしも、身の回りのものだけを題材にしろということではないよ。あなたが地球温暖化のことを切実に考えて、自分の目に見える世界の中で問題意識をもって取り組んでいるのであれば、その問題は決して薄まらずに、たぶん題材として作品に定着できると思う。

Q7:教えて是枝監督 映画現場の悩み

実際にいま映画作りを行っている学生だからこその、撮影現場の悩みも数多くだされました。

学生:現場スタッフを決める時に最も大事にしていることは?

是枝監督:難しいな…あのね、怒鳴らない人!(笑)。僕ずっと、テレビのアシスタントディレクターを、大学卒業した後3年間くらいやっているんですけども、とにかく怒鳴られて。怒られて。蹴られて。それが本当辛くてさ。自分が監督になったら絶対どならない人になろうと思って。自分の部下をぞんざいに扱う人はとにかく嫌なの。

学生:監督の思いと役者の演技があわない時は、どうしたらいい?

是枝監督:あー、難しい質問ですね。ケースバイケースだもんな。自分が思っていたものと違うものが出てきた時に考えることはいくつかあって。一つは自分が狙いとして伝えたことが、正しく伝わらなかった場合は、もう一度ことばを変えながら別の角度から伝えてみる。もう一つ考えられるのは、自分の意図は伝わっているのだが、その役者が下手で表現として出てこないというケース。この時にどうするかだな?なるべくその役者の分量を減らしていくか。でも子どもの場合には時々あるんだけど、その子の中にそのことばがないときにさ、無理やり言わそうとしても無理な場合があるんだよね。それをその子の持っているボキャブラリーの中でセリフを変えてあげる、違うことばにしてあげるか、もしくはそのことばはなしにしちゃって、ことばではない形で演出をし直すということはやります。

学生:自分が作ったキャラクターの感情に間違いがないかについて確信が持てません。監督はどうやってキャラクターや、物語への確信を持つことができるかが知りたいです。

是枝監督:なぜ確信が持てるか?……最初にあるのは問いだと思いますよ。分かりたいという。分からない、何か自分が答えを持っていて、そのメッセージを広めたいと、ものを作る人もいるかもしれないですけども、なぜだか分からない、もっと知りたい。なぜだろうということを考えていく。そして役者と一緒にそれを確認していくという作業の方が面白いと思う。今回の『ベイビー・ブローカー』の中では、ペ・ドゥナさんのやってくれた役というのは非常に難しい役だったんだけど、僕の書いたセリフが彼女の体を通して出てきたときに、とても説得力を持つ。あー、この人こういう人だったな。自分で書いておいてなんだけどさ。そこでようやく、あー着地したな。僕も納得できるという。書かれたものを、確実に肉体化して、監督を確信させてしまう役者というのが存在するのだというのを、今回改めて感じましたけど。

Q8:60代はどんなチャレンジを?

学生:60代をむかえたいま、新しい目標があるか知りたいです。

是枝監督:いま何を考えているかというとね、フランスで1本撮って韓国で1本撮って、ことばの意味の部分は全く分からない国で演出をしているわけよ、2本続けて。だからお芝居をみながら、ことばの意味でないところを見るわけだよね。それはいろんな表情の変化だったり、リズムだったり、2人のやりとりだったらその間合いだったり。意味じゃないところを集中して見る。それ2本やって、日本に戻って、こないだ日本人の役者の演出をした時に、すごく細かいところまで見えた、前よりも。ことばの意味以外の部分が。すごく細かく演出ができて、あれ俺、ちょっと優秀になったかもしれないと思った、この年で。ちょっとうれしかった。

だから60才ですけども、そろそろ普通の社会人だったら定年が見えてくるような年だけどさ、まだ俺成長できるな、監督としては。なので60代は成長の10年にしようと思っています。まだまだ頑張ります。

編集後記

あっという間の2時間の対談でした。

年齢やキャリアは違っても、映画を愛するもの同士の濃密で豊かな時間が流れていきました。

若者たちからの質問をうれしそうに受け止めて、一つ一つ丁寧に答えていく是枝裕和監督。

映画という文化が世界各地でもっと豊かになるように。

若者たちの背中を、そっと押しているように見えました。