“半導体産業は台湾の安保に貢献" 王美花 経済部長に聞く

NHK
2023年1月20日 午前11:42 公開

スマホや家電のほか、AIや自動運転など次世代産業に不可欠な「半導体」。市場規模は10年以内に100兆円を超えるとされ、アメリカや中国が“覇権”を握ろうと開発や生産でしのぎを削っている。そこで今、世界から熱い視線が注がれているのが、「製造力」でリードする台湾だ。

台湾当局は長年、巨費を投じて半導体産業を育成し、世界的な競争力を持つ企業群を根付かせてきた。中でも半導体の受託生産で世界最大手のメーカー「TSMC」は回路の幅が14ナノメートル未満という「先端半導体」の世界シェアでおよそ7割を占め、時価総額はトヨタの1.8倍、およそ54兆円にも上る(2023年1月10日時点)。アメリカのシンクタンクによるとTSMC製の先端半導体はアメリカの最新鋭の戦闘機にも使われているとされ、台湾の高い製造力は今やアメリカの国防の一端をも支えるまでになった。

台湾当局の経済政策の責任者である王美花経済部長に、激化する米中対立の狭間で半導体政策をどうかじ取りしていくか聞いた。

(NHKスペシャル「半導体 大競争時代」ディレクター 佐川豪)
 

・台湾が武力行使を受けると世界の半導体供給に“影響”が

王部長への取材が認められたのは去年(2022年)11月。取材班は台北中心部にある経済部のオフィスに向かった。王部長は40年以上経済部でキャリアを積み、2020年に部長の座に就いた。日本のテレビ局のロングインタビューは初めてとのことだったが、にこやかに我々の前に現れた。

まず最初に、ちょうどひと月前の中国の習近平国家主席の発言をどう受け止めたのか尋ねた。10月の共産党大会で習主席は台湾をめぐって「一国二制度」による統一の方針を改めて強調した上で、「最大の誠意と努力で平和的な統一を堅持するが、決して武力行使を放棄せずあらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と述べ、統一のためには武力行使も辞さない姿勢を示していた。
 

王美花部長:

皆さんご存じの通り、現在台湾の半導体産業は世界で非常に重要な位置を占めています。もし台湾が武力行使を受けるようなことがあれば、東アジアの安定に影響が及ぶだけでなく、半導体の供給にも大きな影響が出るでしょう。

経済とハイテク技術の発展において、台湾の存在が他に取って代わられることはありません。だからこそ、私たちとしても喜んで皆さんと協力したいと思っています。半導体産業は台湾の経済だけでなく安全保障にも大きく貢献しているのです。

台湾は半導体を通して世界と協力しています。半導体の設計を主に担っているのはアメリカのハイテク企業ですが製造は台湾で行われ、その後例えば中国に送られて関連製品に組み込まれます。だからもし台湾が武力行使を受ければ、中国も含めて、世界に重大な影響が及ぶでしょう。台湾海峡の平和は世界にとって重要なのです。

・2022年、激化する米中対立の狭間で

半導体産業での各国間のつながりを意識するよう求める王部長。しかし、台湾情勢をめぐって米中対立は激化している。去年(2022年)8月アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問すると、中国は台湾を取り囲むように実弾での射撃なども伴う大規模な軍事演習を実施するなどして反発。一方、バイデン大統領は、台湾有事の際には台湾防衛のために軍事的に関与する考えも示し、中国をけん制している。 

実は10月、中国で共産党大会が開かれる直前、王部長は訪米しアメリカと台湾のさらなる関係強化を訴えていた。首都ワシントンでは台湾のハイテク技術や製品を集めた産業見本市「台湾エキスポ」が3日間開かれ、王部長は「台湾とアメリカの協力の土台は信頼だ」とあいさつ。その前日にはシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所で「なぜ台湾が重要なのか」と題したトークセッションに登壇し、「台湾の安定と成功なくして世界の経済的繁栄はありえない」と訴えた。
 

王部長:

私がアメリカを訪問した一番の理由は、中国が軍事演習を行って以降、多くの人達が台湾のリスクについて懸念を抱いていたからです。だからこそ多くの友人たちに台湾の重要性を伝えたかったのです。台湾に対する視界を広げて、台湾海峡の平和の重要性を理解してもらう事が目的でした。

この訪米の成果として王部長は、研究開発への新規投資とビジネスでの受注、合わせて300億台湾ドル、1200億円以上の案件がアメリカ側と成立する見込みだと語った。
 

王部長:

今回の訪米は非常に良い経験になりました。公の場や業界の会合で話をしましたが、多くのアメリカメディアが台湾に興味を持っていました。これは重要なことです。世界に台湾をもっと知ってもらう必要があると思いました。

今回の訪米が成功したのもアメリカ政府の支援があったからです。もし台湾が日本でエキスポを開催するとなったら、日本政府からの支援を取り付ける必要があります。機会があれば是非日本に行きたいですね。

・法整備や巨額の補助金 TSMCの製造力を国内に取り込むアメリカ 台湾はどう優位を保つ?

一方、今アメリカは国内での半導体の生産拡大を図っている。去年(2022年)8月に成立した半導体国産化促進法、通称“チップス法”によって、およそ7兆円の補助金を投じて巨大な半導体工場の建設を後押しする構えだ。 

いち早くアリゾナ州で建設が進むのが、台湾メーカーTSMCの巨大工場。来年からは回路の幅が4ナノの先端半導体を、さらに3年後には3ナノの先端半導体の量産開始を予定している。TSMCは長年アップルからスマホやパソコン用の半導体製造を請け負っていて、現在最新機種のスマホには4ナノのCPUが搭載されている。TSMCは日本でも初めての工場をソニーグループなどと共同で熊本県に建設中で、来年末までに量産を始める予定だ。

こうした動きは、先端半導体の生産拠点としての台湾の優位性が失われることにつながらないか。王部長にそう尋ねると、これからも台湾の中で研究開発を続けていくことが優位性を保つカギだという答えが返ってきた。
 

王部長:

台湾には完備された半導体のサプライチェーン(供給網)があり、絶えず台湾内で研究開発を進めています。TSMCも最新の技術は台湾にとどめておくと表明しています。

企業が半導体のような先進的な技術を海外に移転させる場合、台湾当局が審査を行う仕組みがあります。TSMCは全て当局の審査と許可を経てアメリカや日本へ投資を行っているのです。投資先となる国が台湾との良好な同盟関係があることを確認した上での判断です。それにTSMCは海外での投資を進めると同時に、台湾でも投資を行っており今後も投資を継続することを保証しています。

台湾が今の重要な位置を維持するためには、引き続き研究開発を行っていくことが必要です。持続的な研究開発がとても重要なのです。

・1987年にはアメリカ企業との“協力”を始めていたTSMC

TSMCの設立は1987年。当時半導体産業で隆盛を誇っていたのは日本メーカーだった。ところがその後30年で日本メーカーが大きく生産シェアを落とす一方、TSMCは急成長を遂げた。そして台湾当局は、先端半導体を世界に供給する上で台湾が不可欠な存在であり続けることが安全保障に大きく寄与するとまで考えるようになった。

この変化の背景には、台湾の人々が半導体産業の重要性にいち早く気付いていたことがあるのではないだろうか。王部長が最後に語ったのは、TSMCの創業者モリス・チャン氏の功績だった。

王部長:

モリス・チャン氏が台湾でTSMCを設立した際、すでにアメリカの企業との協力が始まっていました。アメリカ企業は頭を使って複雑な半導体を“設計”し、台湾がそれを“製造”しました。

完全な相互補完関係であり、これによって良質な半導体を製造する技術を進歩させてきたのです。つまり、モリス氏は半導体に将来性があることがわかっていました。TSMCが大規模な生産を始めたときから、ハイテク製品に使用できる条件を満たした半導体を作ることができたのです。

政経・国際番組部ディレクター 佐川豪

2006年入局
甲府局、徳島局などを経て2020年から現所属
ヨーロッパや中東でテロや難民問題を取材


NHKスペシャルでは「半導体 大競争時代」というシリーズを展開。第1回は、米中のし烈な大競争と生き残り模索する日本の取り組みを伝える。
 

■NHKスペシャル

半導体 大競争時代 第1回「国家の“命運”をかけた闘い」

初回放送 [総合] 2023年01月22日(日) 夜9:00
再放送 [総合]1月26日(木)午前1:10

【出演】真矢ミキ 劇団ひとり
 

※NHKプラスでも同時配信。見逃し配信は1/29(日) 午後9:49 まで

 
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