50年以上にわたり内戦が続き、多くの武装組織が誕生してきた南米コロンビアでは今、“元戦闘員の社会復帰”をどう進めるのかが課題となっています。注目されているのは、かつて「南米最大のゲリラ組織」として知られた「FARC(ファルク)」のケースです。
2016年に政府と歴史的な和平合意を結び、翌年に武装解除。和平を実現させた当時の大統領はノーベル平和賞を受賞しました。しかし元ゲリラ戦闘員を社会に受け入れるべきか、国民の意見は二分され、およそ5年経った今も社会復帰はほとんど進んでいません。それどころか、武器を捨てた後に、300人以上が何者かに暗殺される事態が起きています。
和平プロセスが頓挫すれば再び内戦に逆戻りしてしまう危険もある中、苦境を乗り越えることができるのか。コロンビアは重要な岐路に立っています。
(政経・国際番組部ディレクター 下方邦夫)
社会変革の戦いから“平和のコーヒー”作りに転換 イタリアへ輸出も実現したコーヒー農園
世界第3位のコーヒー豆の生産量を誇り、一大産地と知られるコロンビアには数多くのコーヒー農園があります。
私たちが広大な農園の一つを訪ねると、FARCの元メンバーたちが出迎えてくれました。実はここで働いているのはほとんどが元ゲリラ戦闘員なのです。
5年前に武装解除したあと共同でコーヒー農園を立ち上げ、今では約100人の従業員が働いています。イタリアへの輸出も実現するまでになった彼らは、いわば“社会復帰の成功例”です。
<コーヒー農園で働く元戦闘員 ロマリオ・マルティネスさん>
「これまでは不公正な社会を変えるため武力で戦いを挑んできましたが、武器を置いた今は、良質な商品を作ることで地域に貢献したいと考えています」
世界を驚かせたノーベル平和賞 元戦闘員の社会復帰プログラムが開始
コロンビアではかつて一部のエリートや大土地所有者が富を独占し、貧富の格差が深刻な問題となっていました。
飢えに苦しむ貧しい農民たちを中心として1964年に結成されたのが左翼ゲリラ組織のFARCです。
格差の是正や土地の分配などを掲げて政府に対して武装闘争を始め、多くの農民たちがFARCの理念に共感して戦闘員として加わりました。
その結果、一時は国土の3分の1を支配するまでに勢力を拡大したのです。
<和平合意の式典>
しかし2016年、FARCとコロンビア政府は歴史的な和平合意を結び、内戦が終結。
世界を驚かせました。
ノーベル平和賞を受賞した当時のサントス大統領に、平和な社会を実現してくれるのではとの期待が国内外に広がりました。
翌2017年、持っていた武器を国連に引き渡し武装解除を完了した約1万3000人のFARC戦闘員は、国際社会の支援を受けながら、職業訓練プログラムに参加します。
ただ長年ジャングルで生活してきた元戦闘員たちは学校を卒業していない人も多く、読み書きを一から覚える人もいるなど、およそ5年間、社会復帰に向けた努力が続けられてきました。
FARCは内戦中に多くのテロ行為も犯してきました。それらは決して許されるべきものではありませんが、社会復帰策が成功しないと再び治安が悪化し、社会に亀裂が入る恐れがあるため、コロンビア政府と国連は元戦闘員の社会復帰を重要な政策と位置づけてきたのです。
「人間として扱われない」町で就職を目指す元戦闘員たちの苦悩
ところが当初の期待とは裏腹に、社会復帰はほとんど進んでいないのが実情です。
コロンビア北部に約300人の元戦闘員と家族が集まって暮らす居住区があります。
<元戦闘員が暮らす居住区>
そこで話を聞かせてくれたアルド・アリエタさん(42)は、荒廃した貧しい農村出身で、10代の頃にFARCに勧誘されてメンバーとなりました。
山間部を移動しながら20年以上暮らしてきたため、就職経験はありません。
アリエタさんは5年の間に、溶接と電気工事を専門に学び、市民社会で働くための技術を一から身につけてきました。
ところが町で職を探しても「元ゲリラ戦闘員はうちでは雇えない」などと断られ続けているといいます。
<アリエタさん(左)と妻>
こうした状況にアリエタさんは「どれだけ努力してもまるで人間でないかのように扱われます。元戦闘員だと隠して生きるしかないのかもしれません」と、和平合意の時に平和な日常が訪れると希望に満ちていたころとの違いを嘆いていました。
そもそも、この居住区は、あくまでも社会復帰までの一時的なものとしてつくられました。
しかしアリエタさんをはじめとする元戦闘員の多くは、町での暮らしをあきらめ、この居住区で一生を過ごすことを考え始めているといいます。
政府の調べでは約1万3000人の元戦闘員のうち、現在までに正規の職を得ることができたのはわずか700人ほどにとどまっています。
元ゲリラを受け入れるべきか?内戦中の痛みを抱え二分する国民世論
なぜ元ゲリラ戦闘員は社会に受け入れられないのか。
それは市民の間に、内戦中のつらく苦しい記憶が今も生々しく残っているからです。
コロンビアではこの半世紀、FARC、政府軍、右派の民兵組織などが入り乱れて戦い、敵と疑われた無実の市民が虐殺される事件も起こりました。
最新の報告によると、一連の内戦で45万人以上が亡くなったとされています。
そのうち、右派の民兵組織による犠牲は約20万人、FARCによるものは約10万人、政府軍・警察によるものは約5万人となっています。(和平合意によって設置された独立機関「真実究明委員会」7月発表)。
当初は農民たちの支持を受けて格差是正を目指したFARCでしたが、次第に資金源として要人の誘拐や麻薬ビジネスにも手を染めるようになっていき、国民からの反発が強くなっていったのです。
そのため、街で市民に話を聞くと「FARCが平和に生きる決断をしたのなら、社会復帰するチャンスを与えるべきだ」と話す人がいる一方「FARCはこの国に多大な損害を与えてきた。内戦で愛する人を失った人は多く、簡単には受け入れられない」と複雑な思いを語る人もいました。
国民の意見は二分されていて、社会復帰の高いハードルとなっています。
武装解除したのに…止まらない元戦闘員の暗殺 341人が犠牲に
さらに深刻な問題となっているのが元FARCの戦闘員に対する暴力です。
和平合意後に341人、ことしに入ってすでに35人が暗殺されています(2022年10月現在)。
南西部カウカ県に暮らしていた元戦闘員のマヌエル・アロンソさん(当時54歳)は、2年前に家具工房で働き始めた矢先、何者かに命を狙われました。
犯人はわかっていませんが、拷問のあとがあったとされています。
<マヌエル・アロンソさんの殺害について報じる新聞>
コロンビアでは今も、地方の農村部を中心に複数の武装組織が活動を続けていて、かつてFARCと対立していた組織が復讐のために、丸腰になった元戦闘員を狙うケースがあるといいます。
アロンソさんの近所に住むという元戦闘員の家族も、突然襲われて殺されるリスクにおびえながら生活している、家の外に出るのすら怖いと話していました。
和平反対派が大統領に 政権交代で暗礁に乗り上げた和平プロセス
2018年に起きた政権交代も、悲劇の背景の一つとなっています。
和平合意を実現したサントス大統領の政権が終わり、一貫して合意反対を唱えていたドゥケ氏が大統領に就任しました。
<ドゥケ大統領(当時)>
実際には和平合意の見直しは行われなかったものの、元戦闘員への警護など合意されたはずの安全対策が十分に実行されなくなったと指摘されているのです。
コロンビアの憲法裁判所はことし1月「元戦闘員の安全が保証されていないことは違憲状態である」として政府に和平合意を守るよう勧告を出しました。
<元FARC幹部(現・合法政党コムネス党) セルヒオ・マリン氏>
「当初は和平合意によって平和と和解がもたらされると考えていました。しかし政府は和平合意を守る意思を持たず予算も不足し、元戦闘員の安全が保証されなくなってしまいました。私たちが望んでいたのとは逆の結果です」
市民に直接謝罪したい 元幹部たちは被害者と面会
FARCの元戦闘員たちを待ち受けていた「市民からの拒否感」と「襲撃への恐怖」という社会復帰への2つの大きな壁。
一部の元戦闘員は政府への不信感から再武装を宣言し、ジャングルへと姿を消しました。
しかし大多数の元戦闘員たちは、今も和平合意に従いながら、かつての対立組織との対話や、内戦で行方不明になった人の捜索活動など、市民社会に受け入れられるための模索を続けています。
この5年間、コロンビア各地を回って、内戦の犠牲者にも謝罪を行ってきました。
ことし6月に開かれた対話集会では、FARCの元幹部たちが、かつて家族を誘拐された市民たちと直接向き合ったのです。
対話集会でFARCの元幹部たちは「私たちの行ったことは人道に対する罪でした。あなたたちに取り返しのつかない被害をもたらしました」などと、一人一人に謝罪の言葉を述べました。
FARCからの謝罪の言葉を聞いた、20年前に父親を誘拐され殺されたという女性は、“憎しみ”と“許し”との間で葛藤する胸の内を涙ながらに語りました。
「私の父親が誘拐された日から、私たちの家族はバラバラになりました。それ以来、家族が再び元の姿になることはありませんでした。あなたたちが家族を崩壊させたのです。でも、もう過去のことです。あなたたちを許さなければいけません。私たちは前に進まなければいけません。それは、二度とこんなことを繰り返さないためです」
「元ゲリラ」の大統領が誕生 再び和平が動き出す
ことし8月、新たな転機となるかもしれない出来事がありました。
コロンビアで新たな大統領が誕生したのです。
FARCとは別の左翼ゲリラに所属し、30年前まで反政府の闘争をしていたグスタボ・ペトロ氏です。
しかもペトロ氏自身も、武器を捨てて“社会復帰”し、政治家へと転身、首都ボゴタ市長や上院議員を経て大統領にまで上りつめたという人物なのです。
<ペトロ新大統領>
ペトロ新大統領は前政権の方針を転換し、再び和平合意を忠実に守ることを公約としています。
就任演説では「コロンビアで続いてきた終わりのない戦争に、きっぱりと終止符を打たなければいけない。私たちは和平合意を滞りなく履行する」と力強く宣言しました。
和平の行方を監視してきたNPOの「インデパス」 レオナルド・ゴンサレスさんは、いま市民たちに変化の兆しが見えてきたといいます。
「内戦に苦しんできたコロンビア社会の人々は、元戦闘員も平和のために努力する同じ人間であることに気付いています。長年起きてきたことを二度と繰り返さないために、簡単ではないけれども彼らに手をさしのべる必要があると考え始めているのです」
ペトロ新大統領のもとで、内戦がもたらした亀裂を乗り越えようという機運が市民の間で高まるのではと話していました。
「コロンビアが世界の参考になる可能性も」国際社会が注目する和平プロセス
いま世界ではコロンビア以外にも約20か国で、国連がDDR(戦闘員の武装解除・動員解除・社会復帰)のプログラムを進めています。
国連やNGOの職員として、アフガニスタンやシエラレオネなどでこうした取り組みに携わってきた瀬谷ルミ子さんは、コロンビアのケースが他の地域にとっても参考になるのではないかと話します。
<認定NPO法人「REALs」理事長 瀬谷ルミ子さん>
「コロンビアは世界的に見ても、50年以上という長期の内戦を経験してきました。しかも非人道的と言える犯罪をしてきたゲリラ組織の社会復帰なので、たくさんの壁があって当然です。取り組みが成功するためには、加害者であるFARCだけでなく被害者にもしっかりと手厚い支援をし、『再び同じような犠牲を生まないために必要なプロセスなのだ』ということを社会全体で共有することがとても大切です。もしコロンビアで一定の成果が出せたということになれば、同じような武装勢力を抱えている他の地域にとっても参考になる部分が大いにあると思います」
コロンビア社会がこの問題をどのように乗り越え、平和な社会を築くのか、これからも取材を続け注目していきたいと思います。