名著119「ニコマコス倫理学」アリストテレス

NHK
2022年4月28日 午前11:58 公開

天文学、生物学、詩学、政治学、論理学、形而上学などあらゆる分野の学問の基礎を確立し、「万学の祖」と呼ばれる古代ギリシアの哲学者アリストテレス(前384- 前322)。そんな彼が「倫理学」という学問を史上初めて体系化し、その後の「倫理学」の「原点」となったともいえる名著が「ニコマコス倫理学」です。新生活がスタートしてまもない五月。「五月病」など職場や学校に適応できず人生に悩む人が多いこの時期に、「幸福」や「生き方」を深く考察するこの著作をわかりやすく読み解くことで、現代に通じるメッセージを掘り起こします。

アリストテレスは、幸福が人間がもっている本来の固有の能力を発揮することにあり、その能力を十全に発揮するためには、外的な幸運を生かすための内的な力である「徳(アレテ―)」を身につける必要があると考えました。この「徳」は一定の行動を何度も繰り返し習慣化することで、「性格」として身につけることができるといいます。いわば、彼の倫理学は、義務や禁止などの堅苦しいルールを学ぶ学問ではなく、人間が幸福になるための知の体系なのです。

ただし、この書物は単に偉大な哲学者の豊かな思索の跡を読者にたどらせてくれるだけではありません。現代において私たち一人ひとりが「よく生きる」「充実して生きる」ことを目指す際に活用できる豊かな洞察が散りばめられた書物でもあります。哲学研究者の山本芳久さんによれば、千年単位で受け継がれてきたこの名著のエッセンスを読み解いていくと、単に倫理の知識を学ぶにととまらず、読者の一人ひとりがそれぞれの人生において活用していくことのできる生きた知恵を学ぶことができるといいます。

番組では、山本芳久さんを指南役として招き、ギリシア哲学の名著「ニコマコス倫理学」を分り易く解説。アリストテレスの倫理学を現代につなげて解釈するとともに、そこにこめられた【幸福論】や【生き方論】、【友情論】などを学んでいく。

<各回の放送内容>

第1回 倫理学とは何か

【放送時間】

2022年5月2日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年5月3日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年5月9日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】山本芳久(東京大学大学院教授)…「トマス・アクィナス 理性と神秘」でサントリー学芸賞受賞。

【朗読】小林聡美(俳優)

【語り】小坂由里子

【声】羽室満

「ニコマコス倫理学」は、哲学史上初めて「倫理学」を体系化した書物である。「倫理学」と訳されているギリシア語は、語源的には、「人柄に関わる事柄」という意味である。どのような人柄を形成すれば幸福な人生、充実した人生を送ることができるのかを考察するのがアリストテレスの倫理学なのである。第一回は、「倫理学」とはどのような学問なのか、「倫理学」を学ぶことにはどのような意味があるのかを、「理論的学」と「実践的学」の区別というアリストテレスの学問論に基づいて明らかにする。

第2回 幸福とは何か

【放送時間】

2022年5月9日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年5月10日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年5月16日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】山本芳久(東京大学大学院教授)…「トマス・アクィナス 理性と神秘」でサントリー学芸賞受賞。

【朗読】小林聡美(俳優)

【語り】小坂由里子

アリストテレスの倫理学は、「幸福」という古今東西の誰もが深く願うテーマを軸に展開している。だからこそ、二千数百年の時を超えて現代においても深く影響を与え続けているのだ。「幸福になりたい」という願望は誰もが抱くものだが、実際に「幸福」になるのは容易なことではない。真に幸福になるための地道で手堅い道筋を示しているのが『ニコマコス倫理学』なのである。第二回は、「義務」や「禁止」といった概念を軸にした堅苦しい倫理学(義務論的倫理学)ではなく、幸福な人生の実現へと読者を導いてくれる実践的な指南の書として『ニコマコス倫理学』の全体像に迫りつつ、「社会的生活」と「観想的生活」という、幸福な人生の二つの類型について明らかにしていく。

第3回 「徳」と「悪徳」

【放送時間】

2022年5月16日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年5月17日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年5月23日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】山本芳久(東京大学大学院教授)…「トマス・アクィナス 理性と神秘」でサントリー学芸賞受賞。

【朗読】小林聡美(俳優)

【語り】小坂由里子

アリストテレスの説く「幸福」は、単なる「幸運」とは大きく異なっている。幸運にも高額の宝くじに当選した人の中にも、堅実な人生の軌道から逸れ、「不幸」な人生を送ってしまう人もいる。「幸福」になるためには、外的な幸運を真に生かすための内的な力が必要なのだ。その力のことを、アリストテレスは「徳(アレテー)」と呼び、それが一定の行動を何度も繰り返し習慣化することで、「性格」として身についていくという。第三回は、勇気、節制、正義、賢慮といった、現代でもそのまま活用することができる様々な「徳」と、それに対立する「悪徳」を分類しつつ、「徳」を身につける方途を探っていく。

第4回 「友愛」とは何か

【放送時間】

2022年5月23日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年5月24日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年5月30日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

2022年5月30日(月)午後10時25分~10時50分

2022年5月31日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年6月6日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】山本芳久(東京大学大学院教授)…「トマス・アクィナス 理性と神秘」でサントリー学芸賞受賞。

【朗読】小林聡美(俳優)

【語り】小坂由里子

人間は「社会的動物」であり、人間と人間との深いつながりなしには、幸福な人生は考えにくい。そのような人間同士の相互的な絆のことを、アリストテレスは「友愛(フィリア)」と呼んでいる。「人柄のよさに基づいた友愛」「快楽に基づいた友愛」「有用性に基づいた友愛」という友愛の三分類や、「友愛は、愛されることよりも、愛することにその本質がある」という愛の本質についての分析、自己愛と友愛の関係などなど、『ニコマコス倫理学』の友愛論は、「愛」について考察するための豊かな素材に満ちている。第四回は、人類の思想史のなかで最も有名な友情論と言っても過言でないアリストテレスの友愛論を紹介して、人間にとって、真の「友情」とは何か、真の「愛」とは何かに迫っていく。

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講師の山本芳久さんと出会ったのは、たしか「ナルニア国物語」を巡って批評家の若松英輔さんと対談されたトークイベントの会場だったと記憶します。「ナルニア国物語」は、心躍る冒険ファンタジーといった印象しかもっていなかったのですが、キリスト教に関する幅広い知識をもったお二人の読み解きにかかると、実に深い意味が露わになってきて驚愕したのをよく覚えています。

もちろん山本さんのお名前は、サントリー学芸賞を受賞した「トマス・アクィナス――理性と神秘」という著作で、以前からよく知っていました。世界史の授業で、名前と「神学大全」という代表作の名前くらいしか知らなかった、この神学者の思想の核心を、実に現代的な視点から読み解いた本で、「トマス・アクィナスって、こんなに面白い思想家なんだ」と唸らせられました。そのときに、山本さんによるトマス・アクィナス解説……というアイデアも頭をよぎりました。

とはいえ、「100分de名著」では、まだ「新約聖書」ですら取り上げていません。トマス・アクィナス「神学大全」は、十分に機が熟してから取り上げようと、一旦保留することにしたのでした。

それから数年後、ご縁があって山本さんと再会することになります。やはり、きっかけをいただいたのは若松英輔さんでした。山本芳久さんによるアリストテレス講座を傍聴したところ、初心者にもすっと心に入ってくる実に巧みな構成だというのです。トマス・アクィナスの専門家がアリストテレスの講座?と一瞬とまどいましたが、少し考えると、それは当然のことでした。トマス・アクィナスは稀代のアリストテレス主義者であり、彼の理論は圧倒的にアリストテレスに影響を受けたものなのですから。一度、山本さんのお話だけでも聞いてみませんか、とのお誘いを受け、オンラインでお目にかかることになりました。

大学の授業等でも使っているという図表などを元に、「ニコマコス倫理学」についての短い講義をしていただいたのですが、これが実に面白い。一言でいうと、自分がもっていた既存の「倫理学」のイメージが、がらがらと崩れ落ちていったのです。守らなければならない義務や規範を強制する倫理学ではなく、自分が潜在的にもっている能力を十全に発揮することで「幸福」になっていくことを目指す倫理学。そう、これは、わかりやすい言葉でいうと、一般に「自己啓発書」といわれるものの元祖ではないかとの印象をもちました。

「自己啓発書」といっても、ピンからキリまであり、中には薄っぺらい内容のものも多々ありますが、アブラハム・マズロー「人間性の心理学」やスティーブン・コヴィー「7つの習慣」といった既に古典ともいわれる書物には、古来から人類が積み重ねてきた叡知が活かされていて読み応えがあります。山本さんに導かれて、あらためて「ニコマコス倫理学」を読み返しながら、実は、こうした書物の起源にあるのが、「ニコマコス倫理学」なのではないかと思うようになりました(アリストテレスに言及されることは少ないのですが、最も影響を受けたものには、影響が深すぎて言及しにくいといわれることも多いです)。凡百のビジネス書を読むよりも、原点ともいえる「ニコマコス倫理学」の深さに触れたほうがはるかに人生の支えになるのではないかとも思えたのです。

「五月病」という言葉が言われるようになって久しいですが、新生活がスタートして少し落ち着いてきた五月という月は、学校や職場にうまく適応できずに悩む人が増える時期といわれます。以前から、この時期に、そういう悩みに対してヒントになる本を取り上げていたいと願っていました。山本さんのおかげで、それにぴったりの本に出合えたといってもいいかもしれません。

解説内容の素晴らしさは、ご覧になった皆さんに対してあえて繰り返すまでもないと思いますが、今回も、講師と伊集院光さんのトークの中で起こった、豊かな化学変化について最後に言及させていただきたいと思います。

それは、第四回「『友愛』とは何か」において、「友愛の三類型」についての解説を受けて起こった出来事でした。司会の伊集院光さんから、おもむろに落語の登場人物「与太郎」の話が飛び出したのです。人類最古の「友愛論」「友情論」として知られるアリストテレスの有名な議論なのですが、友愛は、「快楽に基づいた友愛」「有用性に基づいた友愛」「人柄に基づいた友愛」という三つの類型に分けられるといいます。ただ、アリストテレスは、「このタイプの友愛はダメだからやめなさい」とは決していいません。友愛には、この三つの成分が混ざり合っているので、どれも否定できないが、「人柄のよさに基づいた友愛」の割合が多いほど、その人間関係や豊かになるし、持続的にもなる。いわば、それが「幸福」のベースにもなっていくという議論でした。

この議論と落語の「与太郎」が一体どう結びつくのか……どきどきしながら聞き入っていました。伊集院さんは、大意として以下のようなお話をしてくれました。

落語に出てくる「与太郎」は、ぼんやり者で、何をやっても失敗ばかりする。そういった性格から、与太郎の登場する噺は滑稽物が多い。いわば「間抜け者」「使えない、気のきかない者」の代名詞だ。ところが、「与太郎」がいなくないとなんだか寂しくなる。あれほど、普段は使えない存在だと思われていた「与太郎」なのに、実は彼がいることで場がなごんだり、笑いが絶えなかったりする。彼がいなくなった瞬間に、場がぎすぎすしたり、つまらなくなったする。彼がもたらすものこそが「人柄のよさに基づく友愛」なのではないか……と。

この話を聞きながら、今の私たちの社会は、どこか、この「与太郎」的なものをないがしろにしてしまっているのではないかと痛感しました。効率性や目先の利益だけ(つまり「有用性」や「快楽」ですね)を基準に、職場のチーム体制や人間関係を整理してしまう。その結果、そのチームや人間関係は、どこかぎすぎすしてしまい、面白みも全くなくなってしまう。創造性すら失われてしまう。こうしたことは、新自由主義的な論理が席捲する現代社会ではいたるところで起こっていることでしょう。私たちの職場も例外とは決していいきれません。

伊集院さんは、重ねてこうも話してくれました。「草野球や高校野球で本当に強いチームって実は「与太郎」的存在がちゃんといるチームなんだよね。なんかこいつがいるだけで場が和むとか、こいつのためなら頑張っていこうかなと思えるやつがいるチームの方が、実は底力は強い」と。そういいながら、自分自身の体験として、そういう人物がやめてしまうことで、自分のチームの活力が失われていった経緯をしみじみと語られていました。

私自身、アリストテレスの理論やこの伊集院さんの話から、チーム作りの極意を学びました。「与太郎」「人柄のよさに基づく友愛」は、いわば、よいチームが作れてるかどうかの「ものさし」だと思います。目先の利益だけを追求して、目立たないがムードメーカーとして機能している人財を見逃していないだろうか、効率性だけにとらわれて、上からの一方的な体制改革に邁進してしまい、現場を混乱に陥れていないだろうか。反省しきりです。「ニコマコス倫理学」は、今後も、チーム運営に行き詰まったときに、鏡のように自分の姿を映し出してくれる名著だとしみじみ思っています。

こうした素晴らしい古典とその読み方を教えてくれた山本芳文さんと伊集院光さんに深く感謝するとともに、二千数百年前から響き渡ってくるアリストテレスの声に、これからも耳を傾けていきたい、そう深く思いました。

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