名著114「ヘミングウェイ スペシャル」

NHK
2021年10月11日 午後5:47 公開

プロデューサーAの おもわく。

「死」「暴力」「老い」「孤独」……私たち人間が逃れようとしても決して逃れない厳しい生の条件を見つめ、透明で簡潔な文体を駆使して、人生の悲喜劇を真っ向から描き続けた作家・ヘミングウェイ(1899-1961)。「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」といった作品群は、今も多くの人たちに読み継がれています。今回は、中でもヘミングウェイの魅力が凝縮しているといわれる中短編の傑作「老人と海」「敗れざる者」「移動祝祭日」をセレクトし、「生とは?」「老いとは?」、そして「人間とは?」といった奥深いテーマをあらためて見つめなおします。

第一次世界大戦の戦場で赤十字の運搬車要員として働いた後、新聞記者を経て作家へと転身したヘミングウェイ。死と隣り合わせの戦場で得た体験とジャーナリズムの中で培われた簡潔な文体は、初期短編集や「日はまた昇る」といった傑作を生みだし彼は一躍時代の寵児となりました。その後、過酷な生の現実が炙り出されるようなスペイン内戦参加等を経て、キューバに移住した後も執筆活動を続け、集大成ともいえる代表作「老人と海」を世に送り出します。掲載誌「ライフ」は48時間内に530万部を売り上げ、その後ノーベル文学賞を受賞することに。名実ともに世界的な作家となり栄光の只中にいたヘミングウェイでしたが、事故の後遺症と鬱病を苦に猟銃自殺を遂げました。

そんなヘミングウェイは、生涯を通じて執筆し続けた作品を通して、何を描き出そうとしたのでしょうか。彼自身体験してきた死と隣り合わせの過酷な現実に対して、敢然と立ち向かう人間の姿を描くことで、どんな状況にあっても朽ちることのない人間の尊厳を私たち読者に伝えようとしたのではないかと、アメリカ文学者の都甲幸治さんはいいます。

番組では、ヘミングウェイの代表作3冊に現代の視点から光を当て直し、そこにこめられた【人間論】や【死生観】【小説表現の奥深い可能性】など、現代の私達にも通じる普遍的なテーマを読み解いていきます。

<各回の放送内容>

第1回 大いなる自然との対峙 ~「老人と海」①~

【放送時間】

2021年10月4日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2021年10月6日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2021年10月6日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】都甲幸治(早稲田大学文学学術院教授・アメリカ文学者)

【朗読】寺脇康文(俳優)

【語り】小口貴子

84日間もの不漁にも挫けず一人小船を操って沖へ出る老人サンチャゴ。親の反対があり、いつも手伝ってくれたマノーリン少年の姿はそこにはない。圧倒的な孤独の中で、彼は大いなる自然と向き合い続ける。そこに、大海原の主ともいえる巨大なカジキが現れる。知力と体力の限りを尽くしたカジキとの死闘を支えたのは、常に心の中にあったマノーリン少年の存在だった。第一回は、人間社会とは一切隔絶した大海原の中での老人サンチャゴの闘いを通して、私達文明人が見失ってしまった大自然との向き合い方や、かけがえのない存在との絆の結び方を学ぶ。

第2回 死闘から持ち帰った不屈の魂 ~「老人と海」②~

【放送時間】

2021年10月11日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2021年10月13日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2021年10月13日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】都甲幸治(早稲田大学文学学術院教授・アメリカ文学者)

【朗読】寺脇康文(俳優)

【語り】小口貴子

死闘の末にカジキを仕留めた老人の前に大きな壁が立ちはだかる。血の匂いを嗅ぎつけた鮫たちがカジキを狙って殺到してきたのだ。死力を尽くして鮫たちと闘い続ける老人だったが、やがて力尽きカジキは白骨と化す。それでも老人はその骨を引きずり少年の待つ港へと帰還するのだった。一見無意味ともいえる老人の行為は何を意味しているのか。そこにはヘミングウェイが追い求めた「生の証」があった。第二回は、老人がその闘いを通して少年に伝えたかった真意を読み解き、ヘミングウェイが未来の私たちに託したかったメッセージを明らかにしていく。

第3回 交錯する「生」と「死」 ~「敗れざる者」~

【放送時間】

2021年10月18日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2021年10月20日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2021年10月20日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】都甲幸治(早稲田大学文学学術院教授・アメリカ文学者)

【朗読】寺脇康文(俳優)

【語り】小口貴子

負傷が癒え退院したばかりの闘牛士マヌエルは、興行師の元を訪ね再び闘牛の舞台へ立ちたいと申し入れる。だがあてがわれたのは二軍戦ともいうべき「夜間の部」。出場に反対していた仲間もマヌエルの情熱に押し切られ、これを最後に引退するとの約束と引き換えに共に舞台に立つ。苦戦の中、何度も牛に跳ね上げられ宙を舞い続けるマヌエル。無様な姿を晒しながらも渾身の力を込めた剣で終止符を打つ。生と死が交錯する闘いを終えたマヌエルが、運び込まれた診察室でとった行為とは? 第三回は、闘牛士マヌエルとヘミングウェイの姿を重ねながら、人間は死に最も近づいたときにこそ、その命が輝くというヘミングウェイの死生観を浮かび上がらせる。

第4回 作家ヘミングウェイ誕生の軌跡 ~「移動祝祭日」~

【放送時間】

2021年10月25日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2021年10月27日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2021年10月27日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】都甲幸治(早稲田大学文学学術院教授・アメリカ文学者)

【朗読】寺脇康文(俳優)

【語り】小口貴子

「もし幸運にも若者の頃パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうともパリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」という有名なエピグラフで始まる「移動祝祭日」はヘミングウェイによる青春時代の回顧録だ。ジョイス、フィッツジェラルド、ガートルード・スタインら世界文学史を彩る巨匠たちが集うパリの描写は、彼らとの交流が彼にもたらしたものの豊かさを伝える貴重な証言となっている。とともに、小説修業の様子が各所に散りばめられており、彼の創造力がどのように培われたのかを知ることもできる。第四回は、作家ヘミングウェイ誕生の瞬間に立ち会い、人間が創造力をもつには何が必要なのか、また「青春時代」が人間にとってどんな意味をもつのかを深く考える。

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こぼれ話 「新しいヘミングウェイ像に迫る」

「手でさわって、やつを感じたい。やつはおれの宝物さ、と老人は思った。しかし、それだからさわりたいわけじゃない。おれはやつの心臓にさわったんだ。そう、二度目に銛を押し込んだとときに」(ヘミングウェイ「老人と海」より)。

「老人と海」を再読したのは、去年の7月のこと。高見浩さんによる新訳が出たと聞いて早速手にとったのですが、かつて馴染んだ福田恒存訳とはまるで印象が違っていて驚きました。脳内で具体的なイメージが舞い踊るといったらよいのでしょうか。喚起される映像が鮮烈で、「ああ、訳者によってこんなにも印象が変わるのか」と驚いたのをよく覚えています。もちろん福田訳も、ある格調の高さがあり、名訳だと思うのですが、今の私には、高見訳がぴったりくる…そんな感覚でした。前回読んだときにそれほど印象に残っていなかった、上記引用文にとりわけ心を揺さぶられました。

思い出したのは、時代も場所も全く異なるのですが、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」でした。大いなる自然に限りない畏敬の念をもち、熊たちをこよなく愛しながらも彼らを狩る仕事をしている小十郎。その姿が「老人と海」のサンチアゴと重なったのです。

このシーンは、まさに狩る対象であるカジキと老人が一体化するような恍惚に満ちています。命と命のやりとりをするものの間柄に生まれる「尊厳」。そこに、ある種の神々しさすら感じました。そのとき直観したのです。カジキとは、ヘミングウェイにとっての「言葉」、もっといえば「文学そのもの」ではなかったか? カジキとの熾烈な格闘は、ヘミングウェイが「言葉」と格闘し続けた軌跡そのものではないのか?

こんな素人解釈を披歴してしまうと専門家には笑われそうですが、笑われついでにいうと、後半に襲い来るサメたちは、無理解と悪意によってヘミングウェイ作品を貶め続けてきた批評家や心ない読者たちなのではないか。ちょっとうがちすぎているかもしれませんが、私にはそう思えてなりませんでした。そして、骨だけを持ち帰った老人=ヘミングウェイの姿をみて、その闘いの価値を深く理解する漁民たちやマノーリン少年は、ヘミングウェイがこの作品を宛てようとした真の読者たちなのではないか。言い換えれば、それは未来の読者たち、すなわち私たちなのではないか。再読し終えた後にこの作品の凄みが迫ってきて、「これはヘミングウェイが私たちに宛てた遺言」なのではないかと思えてならなかったのです。

こうなると、いてもたってもいられません。私の解釈はともかくとして、これまでのヘミングウェイ像に縛られない新しい視点から、この作品の心臓部に手をつっこんで、作品の本質をつかみだすようなシリーズが企画できないか。実は、講師の候補にはすでに心当たりがあったのです。

ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」の鮮烈な翻訳で注目を集めたアメリカ文学研究者、都甲幸治さんです。この翻訳や「狂喜の読み屋」といった著作に惚れ込んでいた私は、一度どんなお話をされる方なのかを知りたいと思い、2019年11月1日に開催されたNHK文化センターでのサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」を巡る講座に参加させていただきました。ゼミ形式で、あまりにも面白い内容だったので、当時テキスト編集チームにいたHさんと一緒に、講座後にお食事にお誘いして、詳しいお話しをお聞きすることにしたのです。

最新の現代アメリカ文学に造詣の深い都甲さんですから、私から、解説していただく候補として提案させていただいた作家は、カポーティ―、オースター、ピンチョン、ヴォネガットJr.といったラインナップでした。が、意外にも都甲さんは、「今、ヘミングウェイにとても関心があるんです」と一言。お恥ずかしい話ですが、正直、このときの私の印象は、「ヘミングウェイだとありきたりな内容になってしまうのではないか」というものでした。この時点では、再読前ですから、私が完全にヘミングウェイの価値を見誤っていました。

高見訳に感銘を受けて、いてもたってもいられなくなった私が都甲さんにメールをしたのが奇しくも一年後の11月。お待たせしたにもかかわらず、快くお引き受けいただいたのでした。紙幅のこともありますので、ここでは詳しく振り返りませんが、解釈の新しさ、発見の多さ、既存のヘミングウェイ像の塗り替え…といった都甲さん解説の魅力を視聴者の皆さんも堪能したのではないでしょうか。

最後に付け加えたいのは、司会の伊集院光さんがいつも以上に前のめりで、都甲さんとのトークの響き合いが素晴らしかったこと。「ぼくら読者も、カジキと同じようにヘミングウェイに釣られていますよね」「カジキに、自分を獲る資格があるのかと問われているような気がする」「この本(「移動祝祭日」)を今すぐ絶版にしてほしい。独り占めしたいくらい自分にとって大きな創造のヒントをもらえた」といった数々の素晴らしい言葉が出てきました。その都度、驚きの表情を示しながらも、開眼していく伊集院さんの姿を心から喜んでいらっしゃる都甲さんのお顔も忘れ難いです。

とりわけラスト近く「この三作品、共通していますよね。老人と文学が闘う話でしょ。そしてそれを次の世代に残そうというお話でしょ」と、感動をもって語ってくださった伊集院さんの表情が忘れられません。シリーズ全体にぐぐっと縦糸を貫いた瞬間でしたし、私が高見訳を再読した印象があながち間違っていなかったのではないかと思った瞬間でした。

こういう瞬間を味わえることが、この番組の最大の魅力の一つなのかもしれません。

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<アニメ職人たちの凄技> コラムはこちら

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