名著132「覇王の家」司馬遼太郎

NHK
2023年8月3日 午後7:15 公開

織田信長、豊臣秀吉と並んで「戦国の三英傑」と呼ばれる徳川家康。この巨人と作家・司馬遼太郎が真っ向から対峙して書き上げたのが「覇王の家」です。常識にとらわれない司馬の人物観察眼、歴史への洞察力は、これまであまり注目されなかった家康の意外な性格、家康を育んだ土地柄、決断の裏側に潜む価値感などを炙り出していきます。折しも大河ドラマ「どうする家康」が後半のクライマックスを迎え始める8月、「100分de名著」では、「覇王の家」に新たな視点から光を当て、価値観が大きく揺らぎつつある現代を生きるヒントを徳川家康の生涯から学んでいきます。

天文11年、三河国岡崎。周囲を強敵に囲まれた小さな大名家に、ひとりの男の子が誕生しました。竹千代と名付けられた少年は、家を守るために幼い頃から人質生活を余儀なくされます。元服を機に故郷への帰還を果たした彼は、すぐに強敵・織田信長との決戦に巻き込まれていきます。その後「家康」と名乗ることになる彼は、「三方ヶ原の戦」「妻・築山殿と長男・信康の殺害」「決死の伊賀越え」「小牧長久手の戦」等の数々の困難を乗り越え、貴重な経験を糧にしながら、やがて天下を統一を果たし、265年もの太平の土台を築き上げる人物へ成長していきます。

徳川家康や彼と対立する人々が、天下統一を目指してしのぎを削る姿には、「人間関係の築き方」「組織興亡の分かれ道」「失敗から学ぶべきこと」等々…今を生き抜く上で貴重な教訓にあふれています。また、興亡を分けるのは、天の利、地の利、時の利など、さまざまな要因を見定めることが重要だということも教えてくれます。作家の安部龍太郎さんは、徳川家康の光と影を描ききった「覇王の家」は、人間学や組織論、歴史や情勢への洞察などのヒントの宝庫であり、混迷を深める現代社会にこそ読み返されるべき名著だといいます。

個性あふれる登場人物たちが、それぞれの野望を胸に抱きながら、知略、情念、愛憎をからみあわせながら、せめぎあう歴史を描いた「覇王の家」を、現代社会と重ね合わせながら読み解き、厳しい現実を生き抜く知恵を学んでいきます。

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<各回の放送内容>

第1回 「三河かたぎ」が生んだ能力

【放送時間】

2023年8月7日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2023年8月8日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2023年8月14日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】安部龍太郎…作家。「等伯」で直木賞受賞。ライフワークである小説「家康」に取り組んでいる。

【朗読】小手伸也…(俳優。大河ドラマ「どうする家康」で大久保忠世役を演じる)

【語り】加藤有生子

家康が歴史の表舞台へと躍り出ることができたのはなぜか。司馬は「たったひとつ、かれが三河に生まれた」ことだと述べる。三河には中世的な深い人間的紐帯が色濃く残っていた。若き日、人質になる事を余儀なくされた家康。「苦難を共にする」という思いが、残された家臣団の更なる団結を生んだ。信玄のような戦術的天才も、信長のような俊敏な外交感覚もなかった家康だったが、こうした紐帯がベースになって部下に対する統率力を磨いていく。第一回は、三河かたぎや若き日の苦難が家康の能力をどう育てていったのかを、司馬の洞察を元に探っていく。

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第2回 「律儀さ」が世を動かす

【放送時間】

2023年8月14日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2023年8月15日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2023年8月21日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】安部龍太郎…作家。「等伯」で直木賞受賞。ライフワークである小説「家康」に取り組んでいる。

【朗読】小手伸也…(俳優。大河ドラマ「どうする家康」で大久保忠世役を演じる)

【語り】加藤有生子

「家康は信長の下請会社の社長にあたる」と喝破する司馬。下請会社を維持するためには徹底的に律儀であることを必要とする。たとえ妻や息子を殺されようとも、命がけともいえる律義さを貫いた家康。だがその律儀さは信長を動かし、戦国社会での世評にも家康という存在を刻み付けていく。「本能寺の変」での信長の死は家康の運命を大きく揺さぶるが、その後どんな天下を目指していくかを家康に練らせることになる。第二回は、奇跡に近い努力を要したと司馬から評された家康の律義さの内実に迫るとともに、信長、秀吉と対比しながら、家康がどんな天下を目指そうとしたかに迫る。

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第3回  人生最大の戦果はこうして生まれた

【放送時間】

2023年8月21日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2023年8月22日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2023年8月28日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】安部龍太郎…作家。「等伯」で直木賞受賞。ライフワークである小説「家康」に取り組んでいる。

【朗読】小手伸也…(俳優。大河ドラマ「どうする家康」で大久保忠世役を演じる)

【語り】加藤有生子

家康の名を戦国の世に轟かせた「小牧長久手の戦い」での大勝。10万という秀吉勢に対して、対する家康軍は1万5千。圧倒的不利の中家康が勝つことができた背景には、家康の「情報戦の巧みさ」「知的柔軟さ」があった。信玄亡き後、家康は甲信を併呑するが武田軍の人材を寛容に迎えいれる。また敵だったにもかかわらず信玄の戦法を心から崇拝し愚直なまでにコピーして活かす柔軟さ。情報戦の巧みさもあいまって家康は見事に劣勢を打開していく。そして、人生最大ともいえるこの戦果は、その後の家康の切り札となるのだ。第三回は、天下に轟いた家康の底力の秘密に迫っていく。

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第4回  後世の基盤をどう築いたか

【放送時間】

2023年8月28日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2023年8月29日(火)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2023年9月4日(月)午後1時5分~1時30分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】安部龍太郎…作家。「等伯」で直木賞受賞。ライフワークである小説「家康」に取り組んでいる。

【朗読】小手伸也…(俳優。大河ドラマ「どうする家康」で大久保忠世役を演じる)

【語り】加藤有生子

「覇王の家」では意外にもクライマックスともいえる「関ヶ原の戦い」「大阪冬の陣・夏の陣」が一切書かれない。安部龍太郎さんによれば「一度書いたものは二度書かない」という司馬の作家倫理によるものだという。代わりに司馬が注力するのは、最晩年の家康が後世の盤石な基盤づくりのための秘法を側近たちに告げるシーン。「譜代を冷遇し外様を優遇する」という一見不可解な策には家康ならではの企みがあった。安部さんはそこに書かれたかもしれない「家康の未来へのビジョン」を作家的想像力で補う。第四回は、司馬が書かなかったことや、逆に周到に描いたラストシーンを通して、家康がどんな国家像やビジョンをもっていたかを読み解いていく。

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司馬遼太郎「覇王の家」をこのタイミングで取り上げたのは、もちろん今年の大河ドラマが「どうする家康」だったからだ。このことをもって「タイアップだ」「番組宣伝に堕したのか」等といった揶揄の声がたくさん飛んでくる。そこでプロデューサーの立ち位置を申し述べておきたい。

タイアップの辞書的な意味にはこうある。「複数の企業や集団が、売上や利益、知名度を上げることを目的として提携すること」。ありていにいえば、互いにおべっかを使い合い、「提灯持ち」をし合うということだ。

……そういう意味だとすれば、今回の企画の意図は、「タイアップ」とはまるで異なる。意図としてはこうだ。大河ドラマによって、今年は、「家康の生涯」というものに国民的な関心が集まる年になる。いってみれば、家康の評価というものが、歴史家や作家、立場の違いによって、こんなにも変わるものなのか…ということを示せる絶好の機会ではないか。家康に関する関連書籍も大量に流通するこの機会をとらえて、日本を代表する歴史小説家・司馬遼太郎が「家康」という存在をどうとらえたかを徹底的に掘り下げてみたい。そのことによって、歴史を論じたり解釈したりすることが、極めて「批評的な営み」なのだということを示すことができると思ったのだ。

もちろん大河ドラマ制作チームへの限りないリスペクトを私はもっている。なんらかのフックをかけて、互いを見比べて面白がってほしいという思いもあった。……というわけで、ディレクターとも相談しながら、「どうする家康」で大久保忠世を演じる小手伸也さんを朗読者として抜擢するに至ったわけだ。

「100分de名著」をご覧になって驚かれた方も多いと思うが、「どうする家康」と「覇王の家」では、歴史解釈がまるで異なっている。採用する歴史資料(それは年を経るごとに更新されていく)や解釈する人物によって、歴史の見方ががこうも変わるのかと面白がってくれた視聴者も多いのではないか。そういう意図をもって私は、これまで「青天を衝け」放送のタイミングで渋沢栄一「論語と算盤」、「西郷どん」放送のタイミングで西郷隆盛「南洲翁遺訓」を取り上げてきた。いずれも、大河ドラマとの解釈の違いがくっきり浮き彫りになり、私にとっても発見の連続で、非常に印象の深いシリーズになったと記憶している。

実は意図はもう一つあった。折しも今年は司馬遼太郎生誕100年。そして、8月は戦争のことを深く考える月でもある。司馬遼太郎ほど、戦争のことを考え続けた作家は稀有ではないか。それは番組でも紹介した次の一節からもわかるだろう。

「敗戦の日の実感は

―なぜこんなばかな戦争をする国にうまれたのか。

ということでした。

―むかしの日本人は、すこしはましだったのではないか。

でなければ民族がここまでつづいてきたはずがない。

しかし、私には、“むかしの日本人”というものが、

よくわからなかったのです。

だから、私の作品は、1945年8月の自分自身に対し、

少しずつ手紙を出してきたようなものだ、ということです」

もっといえば、司馬は、二度とこんな愚かな戦争を繰り返さないために、かつての日本人たちの姿から、戦争を抑止する方法を学ぶことができるのではないか……と考えていたのではないだろうか。

講師として出演していただきたい候補は、最初から私の頭の中にあった。ご自身のライフワークとして、小説「家康」を書き続けている作家の安部龍太郎さんだ。まず「法華経」シリーズ第四回のゲストとして出演してくださった際の豊かな語りに惚れ込んだ。更には、小説「家康」で、最新の資料をもとに、これまでにない大胆な家康像を打ち出し、既存の見方を塗り替えるような歴史観を提示されている。安部さんであれば、上記のような「戦争論」も含めて、司馬遼太郎の奥深い思想を掬い上げてくれるのではないか。

もう一ついうと、安部さんの解釈は、司馬遼太郎の解釈と大きく異なるところも多々ある。そうでありながら、司馬への限りないリスペクトを抱いてもいらっしゃる。そのつかず離れずの絶妙な距離感から、司馬遼太郎の歴史観を冷静に、かつ奥深く読み解いてもらうことができるのではないか。その期待は120%以上充たされたと、深く感謝している。

安部さんの解説の最大の魅力は、司馬が「三河かたぎ」という気質に注目した点にフォーカスしたところだ。それは家康という人物の評価に適用されたにとどまらない。家康とともに、江戸幕府の最初の基盤を築いた人々の多くが三河人だ。中世的な、家臣同士の強く濃い紐帯を特徴とする三河人たちは、危機に際しては鉄の結束を示す。これが「チーム家康」の強さの秘密だ。だが、その一方で、この集団は極めて同質性が高く、少しでも異論を唱える人に厳しい。強さと裏腹に、異論を赦さない同調圧力、排他性が極めて強いのだ。

危機にあって守りに強いが、新しいものを取り入れ柔軟に変化していくという側面が極めて弱い。それが鎖国政策や排外的な諸政策につながったのではないかというのが安部さんの見立てだ。その上で、安部さんは「司馬さんは、家康という人物を使って、『日本そのもの』を描こうとしたのではないか」という深い実感を語られていた。まことに慧眼である。

江戸幕府は、260年もの太平の世を築いた一方で、大航海時代というグローバルに人、物、金が動いた時代に、まるで孤島のように、新しい文物や技術、思想などをかたくなに排除してきた。その功罪を、草創期に遡って検証してみたい……そんなところに「覇王の家」のねらいがあったのではないか。

そして、現代人の私たちも、企業経営や労働慣習、人付き合いに至るまで、その影響を被っているところが多々あることを強く感じる。「覇王の家」を読み直すことは、まさに私たちの「来し方行く末」を深く考えるためにも、貴重な示唆に溢れているのだ。

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