名著116「日蓮の手紙」

NHK
2022年1月31日 午後2:28 公開

日本がかつてないほど大きな社会変動に直面した鎌倉時代。宗教界にも大きな革命が進行していました。それまで貴族階級や知識階級の独占物だった仏教を庶民のもとへひきもどし、苦悩に沈む全ての人に救済をもたらそうとした宗教者が続々と登場。その代表格の一人が日蓮(1222-1282)です。

法華経こそ末法の時代を救う最高の経典であることを確信した日蓮は、二度の流罪をはじめとする迫害にも屈せず「法華経の行者」としての生涯を貫きます。法華経に基づき一人ひとりのいのちの絶対的平等性と尊厳性を根幹に据えた日蓮の教えは、その後の日本の文学や思想にも多大な影響を与え続けました。2022年2月には生誕800年を迎え、新たに読み直しも始まっています。そこで、番組では、日蓮の思想や人間像が最も端的に現れているとされる「手紙」にスポットを当て、日蓮の思想の根幹やその現代的な意味について解き明かしていきます。

日蓮は、不幸にも、明治から昭和初期にかけて「国家主義」と結び付けられ、過激な国粋主義のイデオローグとしてのイメージを植え付けられました。しかし、これは一面的な見方です。弟子たちそれぞれの心に寄り添いながら、あるいは励まし、あるいは叱咤し、あるいは悲しみを共にする日蓮直筆の手紙を読むと、知られざる、等身大の日蓮の姿が鮮烈に浮かびあがってきます。宗教者としての覚悟、権力の横暴への冷徹なまなざし、苦悩にあえぐ人々への限りなき慈愛、職場や家族関係で生じた葛藤への細やかなアドバイス……。日蓮の手紙を深く読み解いていくと、「苦悩をどう乗り越えていけばよいのか」「人間が一番に大切にしなければならないものとは何か」等々、私達現代人の心を揺さぶる問いをつきつけられます。仏教思想研究家の植木雅俊さんは、日蓮の手紙の最大の魅力は、「相手に応じて、文体、文章、表現を自在に変えながら、徹底的にその人自身に寄り添うことを考え抜いている」ところだといいます。

新型コロナ禍における人々の分断、身も心も何かに追われ生き方を見失いがちな競争社会……なすすべもない苦悩や悲嘆に直面せざるを得ない現代にあって、「日蓮の手紙」を現代的な視点から読み直しながら、「人々に寄り添うことの大切さ」「苦難に立ち向かう勇気」といったテーマを掘り下げ、「人間はどう生きていけばよいのか」という根源的なテーマを考えていきます。

<各回の放送内容>

第一回 人間・日蓮の実像

【放送時間】

2022年2月7日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年2月9日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年2月9日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】植木雅俊 …仏教思想研究家。著書に「法華経とは何か」「今を生きるための仏教100話」「差別の超克」など。

【朗読】山内圭哉(俳優)

【語り】目黒泉

法華経こそ末法の時代に苦悩にあえぐ庶民たちを救う最高の経典だと確信した日蓮は二度の流罪をはじめとする迫害にも屈せず「法華経の行者」としての生涯を貫く。そんな彼を支えたのは何だったのか? 日蓮の手紙を読むと、彼が法華経の中に見出した神髄がにじみ出ている。一人ひとりのいのちの絶対的平等性と尊厳性を徹底的に擁護し、その可能性を引き出していくことを教えた法華経の人間観や生命観。それは人々を支配しようとする権力にとっては都合が悪く危険なものだった。それを広めていくと必ず迫害を受けるとも経文には記されている。彼は迫害を受ければ受けるほど自身の正しさが証明されると感じ使命感を深めていったのだ。第一回は、日蓮の生涯や人となりを紹介しながら、法華経を根幹にした彼の深い人間観、人生観に迫っていく。

第二回 厳しい現実を生き抜く

【放送時間】

2022年2月14日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年2月16日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年2月16日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】植木雅俊 …仏教思想研究家。著書に「法華経とは何か」「今を生きるための仏教100話」「差別の超克」など。

【朗読】山内圭哉(俳優)

【語り】目黒泉

主君の命令と信仰の葛藤、同僚からの嫉妬や憎悪、親子や兄弟といった家族関係のこじれ等々、人は時になすすべもないような大きな現実の壁に直面する。そんな障害にぶつかったとき人はどうしたらよいのか? 日蓮は、法華経への信仰を重んじながらも、それぞれの状況を事細かに分析して、その人がその立場で最も生かされるような解決法を丁寧に指導する。そこには、宗教者ならではの奥深い人間洞察、社会への深い識見が働いているのだ。第二回は、日蓮の深い人間洞察を通して、職場、家族関係に現れる苦悩や葛藤など厳しい現実を生き抜いていく智慧を学んでいく。

第三回 女性たちの心に寄り添う

【放送時間】

2022年2月21日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年2月23日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年2月23日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】植木雅俊 …仏教思想研究家。著書に「法華経とは何か」「今を生きるための仏教100話」「差別の超克」など。

【朗読】山内圭哉(俳優)

【語り】目黒泉

日蓮は、当時弱い立場にあった女性たち一人ひとりにも深く寄り添っていく。夫や子供を失って悲しみにくれる女性には、大いなる自然の運航を譬えにした心深く届く言葉で励まし、不浄のものとして差別され自己卑下しがちな女性たちに対しては、法華経に説かれる「女人成仏」の原理を丁寧に説明して、女性こそ最も救われるべき存在だと力づける。日蓮の手紙には、弱い立場、差別される立場の人たちに徹底的に寄り添う温かい言葉に溢れているのだ。第三回は、日蓮が女性たちの心に寄り添った手紙を通して、弱い立場の人々に寄り添うことの大切さを考える。

第四回 病や死と向き合う

【放送時間】

2022年2月28日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ

【再放送】

2022年3月2日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ

2022年3月2日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ

※放送時間は変更される場合があります

【指南役】植木雅俊 …仏教思想研究家。著書に「法華経とは何か」「今を生きるための仏教100話」「差別の超克」など。

【朗読】山内圭哉(俳優)

【語り】目黒泉

日蓮ほど、弟子たちの「死の悲しみ」や「病の苦しみ」に向き合った人は稀だ。家族を失って絶望の底にいる人々にはとことんまで一緒に悲しみ、自らの死や病についても端然としてありのままを受け入れていく。その背景には日蓮独自の深い死生観がある。日蓮は生と死が生命の二つのあり方であると考えた。波が生まれたり消えたりしても海そのものがなくならないのと同じように、人間はある時は生きているというあり方をとり、ある時は死というあり方をとるが、その人の「生命本体」は一貫している。この「生死不二」という立場に立つとき、私たちは死というものと本当の意味で向き合うことができるという。第四回は、日蓮の「死生観」を通して、人間は、病や死とどう向き合っていけばよいか、真の意味で人生を全うするとうはどういうことかを考える。

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「日蓮」という名前を聞くと、「四箇の格言」にみられる他宗批判や戦前の「国家主義イデオロギー」に利用されたことなどから、どうしても「戦闘的」「攻撃的」「過激」というイメージがつきまといます。私自身は、高校時代、キリスト教思想家・内村鑑三の主著「代表的日本人」に書かれた日蓮像が初めての出会いだったので、比較的偏見なく日蓮のことを見つめることができていました。それどころか、同じ鎌倉仏教の中でも論述されることが多い親鸞や道元に比べて、日蓮についての言及が少ないことを不思議に思っていました。

もちろん日蓮宗各派やさまざまな宗教団体からの書籍はたくさん出ています。ですが、たとえば、鈴木大拙が「日本的霊性」で禅と念仏を詳しく論じたがごとく、あるいは柳宗悦が晩年自らの美学を浄土仏教と重ねて論じたがごとく、一級の思想家として日蓮を思想的に論じるといったことがあまりなされていない。私の知るところ、思想的な観点から日蓮が本格的に論じられたのは、上記の「代表的日本人」以外では、姉崎正治の「法華経の行者日蓮」くらいではないかと思います。

特に日蓮が書いた手紙には、心惹かれていました。今回番組の中ではフィーチャーしませんでしたが、「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」「御みやづかいを法華経とをぼしめせ、『一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず』とは此れなり」といった文言は、強く心に響いていました。世で言われているような原理主義的な日蓮ではなく、そこには、徹底してひとり一人に寄り添う姿が浮かび上がっていました。

そんな折、「100分de名著」の「法華経」で、仏教思想研究家の植木雅俊さんと一緒にお仕事をする機会に恵まれました。その際に植木さんの著書を数多く読ませていただきました。印象的だったのは「法華経」を論じる際に、日蓮の言葉を数多く引用していることでした。もちろん日蓮は「法華経の行者」ですから、当たり前といえば当たり前なのですが、サンスクリット語による原始仏教や「法華経」「維摩経」の研究を中心にされている植木さんが「なぜ鎌倉仏教の日蓮に?」という思いはありました。

お話をお聞きしてみると、植木さんの中では「釈迦→法華経→日蓮」という流れが、根幹において、はっきりと通底しているようです。その視点はとても魅力的なものでした。植木さん独自の観点についてお聞きしながら、番組で「法華経」を思想的に論じていただくことで新たな魅力を切り拓いていただいたように、日蓮の言葉や行動を、単に宗教的観点にとどまらず、思想的に深めて論じていただけるととても魅力的ではないかという思いがむくむくと湧いてきました。

とはいえ、「日蓮の手紙」は抄訳はあるのですが、分量的に論じるのに必要なだけのボリュームをもった本や、宗派色がつかないプレーンな形で編纂された書籍はほとんど見ありません。そこで、植木さんと何度かお会いしていく中で、「次の研究は、日蓮に本格的に取り組まれてはいかがですか。ぼくは特に日蓮の手紙が素晴らしいと思っているんです」と不遜ながら提案させていただいたのを覚えています。

そんな雑談のことも半分忘れてしまっていた二年半後。「日蓮の手紙の現代語訳がかなりできてきまじたよ」と植木さんからご連絡をいただいたのが、去年の冬頃でした。素人ながらのご提案でもあったし、たくさんの著作を抱えていらっしゃる中でもあったので、まさかこんなに早くに取り組まれるとは……と、植木さんの情熱の深さに圧倒されました。出版社のご了解を得て早速ゲラを拝見しましたが、現代語訳はもちろんのこと、付されている解説の分量と質が半端ではない。しかも、これまで出ている現代語訳や解説書ではわからなかった背景や事実がたくさん書かれている。これは、もはや単なる現代語訳にとどまらない「一級の研究書」だと思い、感動しました。

これだけのベースがあるのであれば、この本に収められていない手紙も含めて、縦横に「日蓮の手紙」を論じていただく基盤が十分にある…と判断し、新たな論点や角度もさらに加えて、日蓮生誕800年にあたる2022年2月に放送する企画を立ち上げたのでした。

番組内容についてここで振り返るのは、屋上屋を重ねることになりそうなのであえてしませんが、植木さんの解説のおかげで、日蓮のネガティブな既存イメージは、ことごとく振り払われたのではないかと思います。

あえてエピソードを一つ付け加えると、私は、今回、植木さんにかなりのむちゃぶりをしてしまいました。それは、「日蓮の死生観についてぜひ解説してほしい」というリクエストです。日蓮の手紙やその思想を読み進めるにつけ、「なぜ日蓮はここまで弟子たちの家族の死や本人の死とここまで寄り添うことができるのか」「なぜ日蓮は相次ぐ迫害に対して、死を恐れず全くひるむことのない行動を行うことができたのか」「日蓮自身が病身の中、何の惑いも苦しみもなく、飄々と自らの死を受け容れているように見えるのはなぜか」といったことがどうしても理解できなかったのです。そこには、何らかの深い死生観があるに違いない。そう思った私は、それを法華経の専門家である植木さんにぜひ解説してほしいとお願いしたのです。

かなりハードルの高いリクエストにもかかわらず、植木さんは「霊山浄土」というキーワードをもとに、見事に明かにしてくださいました。第四回の放送とテキストをみていただけるとご理解いただけるかと思いますが、そこには、日蓮独自の深い死生観がありました。

日蓮は、生と死が生命の二つのあり方であると考えました。波が生まれたり消えたりしても海そのものがなくならないのと同じように、人間はある時は生きているというあり方をとり、ある時は死というあり方をとりますがが、その人の「生命本体」は一貫しています。この「生死不二」という立場に立つとき、私たちは死というものと本当の意味で向き合うことができると日蓮は考えたのではないか。私自身、この日蓮の「死生観」を通して、人間が病や死とどう向き合っていけばよいかを考える上で、大きな示唆を得ることができました。

新型コロナ禍における人々の分断、身も心も何かに追われ生き方を見失いがちな競争社会、そして、暴力と冷酷さで人々を引き裂く戦争……なすすべもない苦悩や悲嘆に直面せざるを得ない現代にあって、「日蓮の手紙」を読むことは、生き抜いていく上での示唆や教訓を得る貴重な機会になると思います。ぜひこの番組をきっかけに、一文でもよいので読んでもらえると、企画者としてこれ以上の幸せはありません。

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