【この番組を企画したきっかけは】　 性暴力の問題は、被害そのものの部分に注目が集まりやすいテーマです。いつ、どこで、加害者はどういう人物で、被害者は何をされたのか。個別のケースを事象として捉え、被害を防ぐために何が必要なのかを考えることは言うまでもなく大切なことです。しかし私は、それと同時に 被害を受けた人たち ひとりひとりにそれぞれの心があり、体があり、“その後”の人生があるということの重みを伝えていきたいと考えていました。 この番組は、そんな私の取材者としての気持ちと、ご自身の体験を通じて社会に性暴力の実相を届け、未来を変える力にしたいと願ってくださった性被害者の皆さんのおかげで 生まれたものだと考えています。 私たちのような取材者と対峙することは、それ自体、心の傷が刺激される体験に相違ありません。取材への協力を決意することは 身を切るような苦しさや 葛藤を伴うことだったと思います。インタビューに答えることも、ご自身が体験してきたことを見つめ直すことも、すべて とても勇気がいることで、ご負担が大きいものだったはずです。 それでもなお、ご自身の体験や思いを語ることで、性暴力が起こらない未来の社会をつくる一助となれば…と取材に応えてくださったすべての皆様に、心から感謝申し上げます。この番組の放送を通じて、痛みを抱えて生きる人たちの言葉に、耳を傾け、思いやりの気持ちを持つ人がひとりでも増えてくれたなら それ以上のことはないと思っています。 【取材をする中で印象に残った言葉】 主人公の一人、エミリさん（仮名）が受けた性暴力の被害は、刑事事件や民事訴訟になっていません。これは、彼女がなにも対処してこなかった結果ではありません。何度か警察に相談に行っても“時間が経ちすぎている”ことや“証拠がない”ことを理由に被害届を書かせてもらうことができず、弁護士に相談しても“あなたにも落ち度がある”などと言われ、適切な相談機関や支援の手につながることからさえも疎外されてしまったという経緯があるといいます。残念ながらいまの社会では、性暴力被害者の側がこのような苦境に立たされることが少なくありません。 どこにも被害を受け止めてもらうことができなかったことで、エミリさんは“被害に遭ったのは自分のせい”と思ったり、自分は“社会のなかでどうでもいい存在”だと感じたりするようになっていったといいます。 そんなエミリさんと町を歩いているときに、小さな子どもたちを見かける機会が何度かありました。 その時に彼女が漏らしたのは、「あの子たちがこの先に被害者にも加害者にもならないといいなあ」 そして、「私にもあんな風に無邪気に過ごしていたころがあったのにと思うと、つらくなる」という言葉。性暴力のもたらす痛みや苦しみを知っているからこそ、子どもたちの未来を思いやることができるエミリさん。しかしその一方で、彼女自身が受けた心の傷は底が見えないほどに深く、いつか前を向ける日が来たとしても きっと“なかったこと”にはできません。直接の加害者や、彼女がひとりで抱えているものに寄り添おうとしてこなかった人たちは、彼女に人生を覆いつくすほどの影をもたらしたことを、ちゃんと自覚しているだろうか…。やるせなさで胸がいっぱいになりました。 この番組は、広く社会に性暴力の実態を伝えるため 被害やその後の苦しみについて具体的な表現を伴います。フラッシュバック等症状のある方は あらかじめご留意ください。気持ちが苦しくなってまった場合は、どうか少し休む時間をお取りください。あるいは、安心・信頼できる人と一緒に過ごすのもよいと思います。ご自身の被害について相談したいことが湧きおこってきた場合は、電話で＃８８９１におかけください。あなたがいる場所から、最寄りの「性暴力ワンストップ支援センター」につながります。被害に遭った方ご本人だけでなく、家族や友人など周りの人からの相談も受け付けています。 そして、ＮＨＫでは「みんなでプラス　“性暴力”を考える」という特集サイトで、性暴力の問題について記事や動画で発信しています。（更新は毎週金曜日です） 「被害の実態をもっと知ってほしい」「性暴力とどう向き合えばいいのか考えたい」など、悩みや思いを直接 書くことができる匿名のコメント欄や、メールフォームも設けています。みなさんからの声は、取材班が一つ一つ目を通し、取材につなげていますので、もしよければ ご覧ください。 https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0014/ （番組ディレクター）